第4話 音信。


葵は、戸惑った。


あの男からの連絡を待っていたそのサイトに、【はじめまして】とタイトルがあった。


開いてみると、送り主はあの男の妻だった。



【急な連絡をお許し下さい。

このアカウントの持ち主は窪田と言います。

私はその妻です。

怒ってもいませんし、なにかして欲しいわけでもありませんので、怖がらないで下さいね。

一度お会いできたらと思っています。

怖かったら人目につく場所で構わないので、少しの間でもお願いできませんか?】



葵は混乱した。

その男とは何度か会って話をしたが、男の個人情報などは聞かなかった。

それは、関係性が特殊であったから、葵は葵なりに気を使った。


奥さんかぁ、、ああ、前に子供がいたって言ってたな。


でも、なぜ彼の妻がわたしに会いに来るんだろう。


メッセージの向こうの彼女は、自分に会いたいと言っている。

どうしようか、会って何を話すんだろうか。

何か問題が起きたりして、これ以上親に迷惑をかけたくない。



でも葵は、この予想のつかなかった出来事から、なんとなくこのまま放っておくわけにはいかない気がした。


メッセージを送られたのは、3日前になっている。

もしかしたらもう返事は来ないかもしれないが、とりあえず返事を書くことにした。



【今日あなたのメッセージを読みました。

わたしは葵といいます。

会うならカフェみたいな人のいるところでもいいですか?】


メッセージを送信した。

返事はくるのだろうか。



次の日、学校から帰宅してサイトを確認したが、返事は来ていなかった。


わたしみたいな子供と会って話すって何を話すんだろう。

よくあるドラマみたいに、この泥棒猫!って言われるのかな。

言われたら何もしてないんですって、落ち着いて説明しないと。


あの人はとても優しかったから。

あの人に誤解のないように、ちゃんと伝えないと。



母とはあれ以来、微妙な距離を保っている。

わたしの動向を気にかけていることはなんとなく伝わる。

わたしも心配をかけないように夏休みも大人しくしていたし、二学期が始まった今、学校が終われば直帰している。

週末もコンビニに行くぐらいで、大体は家にいる。


少し傾けば倒れてしまうようなそんな関係でも、今はその状態でいるしかない。

葵はまだ、母に何を話していいかわからなかった。


家の中で母と会っても、ぎこちない空気をできる限り出さないように、気を使って普段の自分を演じている。

そして、母もまた一見普段の母にしか見えないが、どうするべきか様子をみているようだった。


親子であり、女性同士でもある関係。

その近くて遠い関係性が、お互いの距離感を迷わせていた。



次の日、学校から帰宅してサイトを確認すると、返事が来ていた。


【お返事ありがとう。

ではあなたの都合のいい場所と時間を教えてもらえれば、合わせます】


と、書かれていた。


葵は、すぐに時間と場所の連絡をした。

緊張はするが、文体から悪い印象は受けなかったので、会うことに抵抗はあまりなかった。

ただ、あの男が今どうしているのか知りたかったし、あの男が妻として選んだ女性が、どんな人かも興味はあった。



母に、明日は帰宅が遅くなるかもしれないと話した。

少し心配そうな顔をしたので、帰りに女友達の買い物に付き合うだけだからと話した。


『心配なら電話して、ちゃんと出るから。

もうそんなことしないから』


と話すと、母は表情が少し柔らかくなって、微かに微笑みながら頷いた。



次の日は、30分ほど早めに待ち合わせに向かう。

自分が待たれる立場よりも、待つ立場の方がいいと、葵は思った。


私服で行こうか迷ったが、制服のまま待ち合わせ場所に向かう。

なんとなく、小細工をしたくなかった。



繁華街から少しはずれにあるこの店は、平日の昼間なのに意外と人が多かった。

かと言って混んでいる訳ではないが、店員は少し忙しそうに動き回っている。


店員が水を持って注文を聞きに来た。

こんなときって先に注文していいのかな?

それもよくわからないままに、アイスティーを注文した。


大人の女性と待ち合わせをするのが初めてなので、どう挨拶すればいいのか、立ち上がってお辞儀とかした方がいいのか、座ったまま会釈するとかがいいのかよくわからなかった。


挨拶もこんにちは?初めまして?

なにをどうすればいいのか、葵は頭を巡らせていた。



『葵さん?』



あの男の妻は、待ち合わせの5分前に現れた。

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