ひとつ傘の下で

きせのん

帰り道

「ねえ、帰ろー」

 声の主は私の後ろだけれど、どんな顔をしているかなんて見なくても分かる。それくらいに私たちは、たった数ヶ月で仲良くなった。


「ねえ杏奈、」

「んー?」

 楽しそうに隣で話すこの子は、中川紗良。高校に入って出会った、私の一番の友達。

「今度千早駅のとこにチーズケーキ屋さんできるらしいからさ、行こ」

「えっほんと?!行こう、いつ?」

 そうやって話しながら昇降口まで歩いていく。


 私たちは席が近かったというだけの理由で話し始めて、そうしたら驚くほどに気が合った。

 好きなスイーツも同じだし、見ているアニメなんかもほとんど同じ。紗良が薦めるアニメは、私も見ているか気にはなっていたものばかり。

 顔や性格はあんまり似ていないけれど、実は双子だった、なんて言われても驚かない。むしろそうであってほしい。


「んーとね、じゃあ再来週の土曜日とかどう?」

「12日?あ、いいよ行ける」

「決まりー!」

 答えて、塾のサイトからマイページを開いて振り替えをする。

 振り替えた分次の日は少し大変だけど、紗良と遊びに行けることを考えたら問題じゃない。


「「あっつ」」

 外へ出ると猛烈な暑さが襲ってくる。もはや「ハモった!」とか言う元気も奪われてしまった。

「「あっっつ……」」

 もう日は短くなりはじめたというのに、気温はまだまだ上がっていく。許せない。

 ぞろぞろと歩くみんなの列を抜けて、左へ続く細い流れに乗る。

 紗良や多くの学生は電車かバスだけれど、私の家は少しアクセスが悪いため自転車で通学している。

 とは言っても電動アシストだけど。それでも、外にいるだけで汗が出るような気候なのだから涼しいはずもない。


 自転車を押しつつ校門へ向かう。

 横を歩く紗良が、手にした日傘を少し上に上げて二人の真ん中くらいで持っている。

 自転車だから、と日傘を持っていない私も守ってくれているみたいだ。

 だけど、日がちょっと斜めになっているせいで私には結構当たっている。

 だからあんまり意味はないのだけれど、それでもその心遣いが嬉しい。


 そういうところが嬉しくて、方向は少し違うのに私も駅まで着いて行ってしまう。

 また駅まで続く人の流れに乗って、他愛ない話をしながら(体感だけど半分は「あつい」だった)歩く。

「あー暑い。この時間だけ帰る人多いじゃん、会社みたいに分散登下校とかできないのかな?」

「じゃあいいけど紗良、あと50分早起きできるの?」

「いや、1年生は1時間分遅らせる」

「じゃあ3年生になったら——」

「そしたら1年生に早く来てもらう!」

「ふふ、そんな身勝手な」


 駅の入口までたどり着いたところで「じゃあねー」と手を振って別れる。周囲の人々がいなくなった分涼しくなったはずなのに、むしろ夏の暑さを強く感じる気がした。


 自転車を漕ぎながらさっきの会話を思い出そうとしてみるけど、割と何も覚えていない。

 紗良となら無限に話せる気がするけど、無限に話しても覚えている量はほとんど0だと思う。

 まあ雑談なんてそんなものだろうし、それでいいんだって思っていこう。



 次の日はずっと小雨の予報だった。

 しょうがないから普段よりも時間をかけてバスと電車で登校する。


「ねえ、帰ろー」

 いつもと同じように並んで歩いて行き、靴を履き替える。一つ違うのは、今日は私も傘を持っているということだ。

「ねえ紗良」

 傘を差そうとしているところに喋りかける。

「んー?」

「今日はさ、私が傘入れてあげるよ。いつもやってもらってるし」

「え、でも——」

「私のすごい大きいし!」

「じゃあ、そんなに言うなら」

 だいぶ無理矢理感があったけど、まあいいや。


 紗良の前に出て傘を開く。真新しい空色の傘が広がって、灰色の空を追い返してくれるような気がした。

「わ、ほんとにおっきいね」

「でしょー」

 いつも私ばっかり入れてもらってるからお返ししたくて、大きめの傘にしたからね。お母さんにはこんな大きいのいる?って言われたけど、カバン濡らしたくないから!とか言って買ってもらったんだ。

 そうやって伝えると嬉しそうにはにかむ。


 2人の真ん中くらい、少し上のところに傘を持って歩いていく。

 ふと周りに耳を傾けてみて、あることに気が付いた。なんとなくだけれど、いつもよりも静かな気がする。

 雨はそんなに強いわけじゃないから、かき消されてるということではないと思う。

 普段よりも傘の分空いている距離も少しは関係してたりするのだろうか。なんて思ったけど、例え別々の傘の下でも私と紗良はいつも通り話し続ける。

 やっぱり気のせいかも。


「ね杏奈、工事現場の周りの壁って平らで広いじゃん」

「うん、そうだね」

「ここに企業の広告募集したら儲からないかな?」

「え確かに、天才じゃん」

「でしょ?そう思うわ」

 そう言って杏奈の方を見た時、左腕が雨に濡れているのが分かった。

 無理を言っといてこれは申し訳ない、少し傘を向こうにやる。

 すると紗良がこちらへ傘を押し返してきた。

「え?」

「え?じゃないよ、杏奈がもっと濡れちゃうじゃん」

 私の右腕が濡れているのには気付かれてたらしい。

「いやいや、私が無理言って入れてるんだし」

「いやいや、ちゃんと入りなよ」

「紗良こそ—」

「分かった、2人で同じくらいずつ濡れよう」

「それじゃあ結局濡れちゃうじゃん」


 真面目な口調で濡れる提案をしているのがおかしくて、私たちは笑いあった。

「—まあ、たまにはそういうのもいいかもね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとつ傘の下で きせのん @Xenos

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る