宇宙の粒
ゑ原
第1話
〈遥か昔、恐竜を滅ぼす隕石が落ちてきた時。
隕石には、1000人の宇宙人が乗っていた。
宇宙人は、超能力が使えたと言われている。
その超能力の使える宇宙人を、今から「隕石の人」と呼ぼう。
隕石の人が地球に降り立ってしばらくしてから、我々人間が誕生した。
隕石の人は、人間と共に発展を遂げていき、超能力の使える人間も生まれた。
隕石の人は心の成長が早く、精神年齢は人間の倍もあった。
しかし、隕石の人は人間を裏切った。
隕石の人だけの国家を造り、発展させようとしたのだ。
隕石の人は超能力を使える。それに加えて人間の技術があれば、ヒトは滅びてしまう。
人間は、自分達を守るために戦った。
隕石の人は、知識が無かったために次々と倒れていった。
残った隕石の人は、『原色』と呼ばれる6人だった。
逃げるように隠れた隕石の人は、子孫を残し、現代を生きていると言われている。〉
真帆路は、ゆっくりと本を閉じて呟いた。
「宇宙人なんて、本当にいるのか?」
中学一年生の夏が、終わろうとしていた。
開けっ放しの窓から、静かな虫の声が流れてくる。
とうとうと過ぎ去っていく日々に、真帆路は少しだけ偏りを感じていた。
心の中にある柱の一つがぽっきりと折れてしまったような、不思議な虚無感。寂しくはない。ただ、大切なものが無くなってしまったような気がするようだった。
そんな事を考えながら天井を見つめていると、真帆路はいつの間にか眠ってしまっていた。
風が吹かなければ、帆が張ることはない。
帆が張らなければ、船が進むことはない。
船が進まなければ、目標はいつか消えてしまう。
目標が消えてしまったら、空を見上げようとは思わない。
空を見上げなければ、星々に隠れた北極星は見つからない。
何かを探そう、見つめようと思わない限り、何も出来ないまま埋もれてゆく。
目指した場所。日々の幸せ。誰かの声すらも。
見えなくなって残るのは、哀しい闇だけだ。
夢の中で、真帆路は、自分の教室にいた。
いつも通り、女子はグループになって楽しそうにしているし、男子はスリッパを投げ合って遊んでいる。
窓に一番近い席で、真帆路は机の中から本を取り出そうとした。
「真帆路」
呼ばれて、真帆路は顔を上げる。
目の前には一人の少年が立っている。楓のような瞳の少年だった。
「僕…もうすぐ、いなくなるんだよね」
「え?」
真帆路が驚いたように声を出した。
教室は先程と変わらずざわざわと騒がしいのに、その少年の声は凛と響いた。
「そんな…急に?」
「………」
「どこに引っ越すんだ?」
「………」
少年は、何も言わずに、真帆路に背を向けた。
「え、おい!待てよ!せ…」
「……誠明……?」
誠明。真帆路の親友。
1週間前にした会話だった。
そうだ。あの時誠明を呼び止めようとした途端、電気が走ったみたいに誠明は「消えた」。
真帆路は起き上がって、洗面所に向かった。
顔を洗って、着替えて、朝食を食べている間も、真帆路は誠明のことを考えていた。
真帆路が最後に腕を掴んだ時、誠明は苦しそうな顔をしていた気がする。
最初から全て、分かっていたみたいに…。
「いってきます」
学校に向かって歩いている間、真帆路はメモ帳に夢の中のことを書き始めた。
誠明に会った最後の日の記憶には、疑問がたくさん残っていた。
何故今まで誠明のことを忘れてしまっていたのか。
学校に着いて、下駄箱で靴を脱ぐ。
「海智、はよ」
クラスメイトの鈴谷昂浠が、隣に並んでスリッパを取り出した。
「おはよ、鈴谷。…あのさ、月見里誠明って知ってる?」
「あ?この間引っ越した奴だろ?てかさ、聞いてくれよ。俺、スタメンに選ばれたんだよ!しかも、あと三つで全国!すごくね?」
真帆路はほとんど聞こえていなかった。
忘れていたのは、真帆路だけだったのだ。
一限目は国語、二限目は体育、三限目は理科。
三限目の休み時間に、雨が降り始めた。
「ヤバッ、傘持ってない…」
「うわ、部活中止になるかな?」
「頼む頼む…放課後までに止め…」
「マジついてないわ~」
四限目が始まると、本格的に降って来た。
大きなホースで水をかけられ続けているみたいだ。
真帆路は、図書委員の当番で図書室に行った。
暑苦しい教室とは全く逆の、ひんやりした静けさが真帆路を迎えた。
雨の日の図書室には、あまり人が来ない。
黙ってまた本を開くと、ぶつんと大きな音がして電気が消えた。
廊下で、慌ただしい足音が散っている。
職員室の前で、先生たちが話し合っているようだった。
「………でしょうか」
「ま…なく…………ね」
「生徒たちには……」
扉の開く音が聞こえて、校長の淡々とした声がした。
真帆路は、思わず耳をそばだてた。
「生徒たちは帰らせましょう。それと、学校を二週間ほど閉めましょう。生徒や保護者の方には、学校に不調があると言っておくこと。決して、……と…した……が、…などと言っては……んよ」
最後の方は聞き取れなかったけれど、学校に何かあったらしい。
真帆路はそっと図書室から準備室に行き、裏から廊下に出た。職員室からは見えない。
こっそり階段を上り、渡り廊下を歩いている途中で、電気が戻った。
真帆路が自分の席に座るのと、担任の橋本先生が教室に入ってくるのはほとんど同時だった。
「おーい、皆聞けー。学校に不具合が見つかったんで、二週間休みになった。今から帰るから、すぐ準備しろー」
「ラッキー」
「ねえ、一緒にゲームしよ」
再び騒がしくなった教室。
「勉強もしろよー」
橋本は苦笑いしながら言った。
挨拶をして、生徒が全員いなくなった時、普段穏やかな橋本の顔がふっと険しくなったことは、誰も、知らない。
真帆路が図書室の鍵を閉めて下駄箱に来ると、昂浠が座り込んでいた。
酷く顔色が悪い。
「す、鈴谷…?どうした?具合でも悪いのか…?」
「……いだ」
「ん?」
「俺のせいだ」
「何が」
「…俺が、『取り引き』した」
「は?」
「図書館で見つけたんだ。宇宙人と、契約がっ…できるって…。俺…どうしてもスタメンになりたかったから…」
「使ったのか…?」
「ああ…成功するなんて思わなかったから…。っ、さっき雨が降り始めた時、声が聞こえたんだ…『願いは叶えた』って…『君の大切な物をもらう』って…」
「……そうだよ」
突然した声に驚いてそっちを向くと、橋本が立っていた。
「橋本先生……?」
「鈴谷くん、君の大切な物と引き換えだ」
橋本は、冷たく口角を上げた。
「ひっ……ひ……」
「そんな怖がらなくても。まあ、俺の事も忘れるわけだし、最後にこれだけ教えてあげるよ」
橋本は昂浠の額に手をかざした。
「一回の願いは、一年分の記憶と引き換えだ。君は、五年分の記憶を失う」
昂浠の頭から、何かが抜け出してきた。
沢山の色がゆらゆらと浮かぶと、空の彼方へ飛んでいった。
昂浠は横に崩れて、橋本先生はため息を吐いた。
「まったく、何に怯えてるんだか。自分の責任なんだがな」
橋本は、真帆路の方を見た。
クンシランのような色をした、濁った瞳。
余裕そうな表情を浮かべて笑っている。いや、そう見えただけなのかもしれない。
「…お前も、愚かだな」
橋本の瞳が、少し、揺れた。
薄っすらと、アリウムのような色が重なった。
深みを帯びた寒々しいアリウムの瞳は真帆路を捉えず、窓の外へ向いた。
「哀しいものだな。何かを手に入れる為に、自分が生きた証を差し出すとは」
雨に照らされて光が零れる。
橋本はいつものように仮面を被った。
「鈴谷くんは、もうじき目を覚ますよ。待っていてあげなよ」
「……うーん……」
「起きた?鈴谷」
「…へ?…えっと、お兄さん、誰ですか?なんで俺の名前知ってるの?」
「……あ……えっと…鈴谷…くん、の…未来の友達?」
「ええ~?お兄さんの名前は?」
「俺……海智真帆路」
「へえ。かっこいい名前」
「あ、ありがとう…。鈴谷くん、は今、何年生?」
「俺、今、2年生です」
「……小学校?」
「はい」
「えーっと…何言ってもびっくりしない…?」
「?」
「あのー、鈴谷くんは、今本当は中学一年生なんだ、俺と同じ。だから、ええと…?つ、ついてきて」
パニックになった真帆路は、昂浠を引っ張って保健室に連れて行った。
昂浠は、鏡を見た途端に固まった。
「うわあ…!」
「ごめん…あの、「かっこいい!」」
「…………ん?」
「すっげー!背ぇ高!色、黒!めっちゃいい‼」
「えあ…そっか……前向きだね…」
「これ、俺なんだよね⁉」
「うん…。だけど、それでいいの?」
「うん!…あ、でも中学校の勉強は分かんないや…やりたくないな…」
「……ふっ…そうだよね、やりたくないよね」
「でも、どうしよ?うち、お母さんいないし、お父さんもタンシンフニン?で帰ってこないんだよ」
「えっと…とりあえず、公園行く?」
「うん!」
塞がったままの空。
静かだった。
「へえ、昂浠くんは歌うのが好きなんだ?」
「うん。合唱クラブにも入ってるよ。でも、お父さんはスポーツ選手になって欲しいって言ってたから、バスケやってみることにしたんだ」
「ふうん…」
ポツリ、真帆路の額に雨が落ちた。
「うわ、また降ってきた…」
雨は、すぐに勢いを増した。
「走ろう!」
昂浠は真帆路の手を掴んで走り出した。
少し行くと、すりガラスから暖かい光が出ている店を見つけた。
「真帆路くん、入れてもらう?」
「うん…でも、こんなとこにお店なんてあったっけ?」
首を傾げながら扉を引くと、カラン…と落ち着いた音が響いた。
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