第2話 夢の中で

夢の中──

 白銀の月が、闇に沈む湖面を照らしている。

 湖の中心、黒曜石の玉座に腰掛ける女王が、遥を真っ直ぐに見つめていた。

 その眼差しは、夜空よりも深く、底知れぬ何かを孕んでいる。


 女王の唇がゆっくりと動く。

 ──「この毒は、甘美なままでは終わらない。

  解くには、色を集めよ。七つ……血の色から始まる七つの布を」


 その足元には、紅、蒼、翠、黄金、紫、白、そして漆黒の布が風もないのに揺れている。

 どれもが薄く、肌の温もりを移すように透き通っていた。

 女王はその中から一枚、深紅のレースを摘み、遥の首元へとかざす。

 瞬間、布は生き物のように彼女の肌へ貼り付き、熱を放った。

 甘く、蕩けるような香りが鼻腔を満たす。

 ──「これは、始まりの布。だが……集めるたびに、おまえは己を失う」


 女王の声が遠ざかり、視界が滲む。

 湖面に映る自分の瞳は、確かに深紅に染まり始めていた──


 遥は、息を詰めるように目を覚ました。

 部屋は薄暗く、窓のカーテン越しに淡い朝の光が差し込んでいる。

 夢の余韻がまだ肌に残り、首元に触れると……そこには、現実にはありえないはずの、深紅のレースの切れ端が貼り付いていた。

 指先でそっと剥がすと、微かな温もりと、甘く妖しい香りが漂う。


 胸の奥に、不安と同時に奇妙な高揚が広がっていく。

 ──七つの布。集めるたびに己を失う。

 夢のはずなのに、その言葉は鮮やかに脳裏に刻まれていた。


 彼女はカーテンを開け、外の景色を見つめる。

 街は普段通りに動き出しているはずなのに、色がどこか不自然に鮮やかに見える。

 紅い看板、蒼い傘、緑のワンピース──まるで世界そのものが、彼女に向かって色を差し出しているかのようだった。


 遥は、胸の奥で小さく笑った。

 恐怖よりも先に、この色を手に入れたいという衝動が芽吹いてしまった自分に気づいたからだ。

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