第16話 異世界冒険者 日本を行く②

 悠真が店内の電気をつけると、棚に並ぶご当地キティ、菓子や飲み物の冷蔵棚、地元の名産品、そしてレジカウンターなど、店内の様子が異世界からの冒険者たちの目に飛び込んできた。彼らの世界とはかけ離れた光景が広がる。


​「これが…『次元の裂け目』の狭間にある、君の店か」

​フィネアスは店内を見回した後、店の奥に掛けられた「木彫りの額縁鏡」に目を向けた。鏡は光を失っているものの、フィネアスの魔力探知によれば、そこには巨大な空間の歪みが残っている。

​「この鏡をどうにかすれば、アルテミシアに戻れるのではないか」

​しばらく鏡を覗き込んでいたフィネアスが、はっとしたように声を上げた。

​「リリエッタ! 今、鏡に映っているのはエレンミアではないか?」

​リリエッタも鏡を見つめる。「あれ? どうして鏡に映っているの? ということは、アルテミシアの景色が鏡に?」

​悠真が種明かしをする。「世界のシステムに頼んで、鏡を通して互いの世界が見えるようにしてもらったんだ」

​リリエッタは鏡に映る幼いエルフの少女を見て、思い出したように言った。「この場所は知っているわ。このお店が転移した場所よ。そういえば、彼女エレンミアにユウマからもらった『イチゴミルクキャンディー』を一つあげたら、『まるで神の息吹のような味』だってすごく気に入ったみたいで。それで、お店が開店していないか毎日確認しに行くって言っていたわ」

​エルフ同士なら言葉はいらないはずだが、悠真に気を遣ったのか、あるいは彼女自身がおしゃべりなのか、リリエッタは言葉で説明を加える。

​「それは僕の父が仕入れてきたものだよ。欲しければ売るけど」と悠真は言ったが、リリエッタはそこまで執着はないようだった。

​「フィネアスの旦那、ここがアルテミシアに戻るための拠点となるわけか。さて、この魔石をどうするんだ?」

​ゼノスが荷台から、魔石のついたオークの首が入った袋を下ろした。

​悠真は業務用冷蔵庫を指さし、指示を出す。「ひとまず、オークの首以外の死体は、トラックに積んだままにしてくれないか。解体しても冷蔵庫には大きすぎて入らない。腐敗を遅らせるために、氷や冷凍パックを用意して冷やそう。首だけは、このビニール袋に入れて冷蔵庫へ」

​悠真は店の最も大きなビニール袋をゼノスに手渡した。

​「ユウマ、君の店で今夜を過ごさせてほしい。アルテミシアへ戻る手段を考える間、ここが一番安全だろう」

​フィネアスたちの頼みを承諾した悠真は、裏口のシャッターを静かに閉めた。これで、店の内部は二つの世界が交わる「アルテミシアとの境界」に位置することになる。


​リリエッタは、店内のカラフルな商品を見て興奮を隠せない。

​「ユウマ! 私のイチゴミルクキャンディーはどこ? それと、魔除けキティの新作は!?」

​「リリエッタ、キャンディーなんか食べたら夕ご飯が食べられなくなるぞ。今夜は僕が、日本の美味しいご飯をご馳走するから」

​冒険者たちの重い装備を脱がせた後、悠真は先ほどトイレを使ったリリエッタ以外のメンバーにも、日本の「ウォシュレット付きトイレ」の使い方を身振り手振りで説明した。


​皆が用を足している間に、悠真はスマートフォンを取り出し、地元で名の知れた町中華の老舗「陽福菜館ようふくさいかん」に電話をかけた。ここは悠真の店とは通りを挟んで反対側、少し離れた場所にある店だ。かつては駅前で行列ができるほどの人気店だったが、悠真の店と同じく時代の波に押され、今では出前を主戦場としている。

​「もしもし、陽福菜館さん? おみやげのながもりです。今日、出前お願いしたいんですが……はい、ちょっと人数が多いんで、焼き餃子五十個、チャーハン大盛り五つ、酢豚と麻婆豆腐もお願いします。後は油淋鶏ユーリンチーもそれぞれ三人前づつお願いします。ええ、裏口で受け取りますんで。はい!」

​悠真が電話を切ると、リリエッタが目を輝かせて尋ねた。

​「ユウマ、今の『魔導板スマートフォン』を通して話す魔法はなに!? そして、その『ヨウ・プク・サイカン』とは?」

​「魔法じゃないよ。料理の名前。そして陽福菜館は、僕の友達がやってる、この町の『中華の勇者』が営む店だ」

​僕は日本の食文化—特に町中華の破壊力—を説明しながら、オークの「魔石」を抜き出す様子を見せてもらう。


​ゼノスが慣れた手つきで、オークの額にくっついている10円硬貨ほどの、青黒く輝く魔石を取り出した。

​「これが…オークの魔石だ。この大きさなら、もうハイオークと言っても良いかもな」

​悠真は、その魔石が放つ微かで圧倒的な魔力に、思わず息を呑んだ。これを売れば、本当に店を立て直せるかもしれない。


​「ゼノス、すまないが、魔石の写真を撮らせてもらえないか?」

​悠真がスマートフォンを取り出して何枚か写真を撮ると、それを見ていたリリエッタ、ガルド、フィネアス、ゼノスはスマートフォンに興味津々となり、写真の撮り方を教わると、思い思いに店の中や仲間たちを撮り始めた。


​悠真は集合写真を撮ることを思いつき、4人を並ばせてシャッターを切る。撮った画像を皆で見ていると、獣人のゼノスが口を開いた。

​「ユウマ、アルテミシアにもお前の持っている魔道具に似た物を使っている人族がいるんだ」

​「へぇー、どんな人なの?」と悠真が尋ねる。

​「この『会話の腕輪コミュニケーター』を売っている魔道具屋の女主人だ。彼女とは古い知り合いなんだが、灰色の髪色で、昔、事故にあったらしく自分で声が出せないんだ。それでユウマの持ってるのと同じような魔道具を通して声を出して話すんだ」

​「スマートフォンを持っているなら、地球こっちから転移したのかもしれないな。その人は何歳位なの?」

​「まだ、小さな女の子がいるから若いだろう。俺の子供たちにも同じように写真というのを撮ってくれたんだ。皆なからは『灰色の魔女』と呼ばれている」

​「ゼノス、アルテミシアに戻れたら、その『灰色の魔女』さんに詳しいことを聞いてくれないか。事故で異世界転移したなら、地球こっちに戻りたいかもしれないから」

​「分かった。話してみよう」とゼノスは答えた。

​そして、取り出した魔石をビニール袋に入れ、業務用冷蔵庫の野菜室に入れた。悠真はその後、オークの死体の腐敗防止用の氷と保冷剤、異世界冒険者の着替えを調達するため、深夜遅くまで営業しているペンギンが目印のディスカウントストアへ向かうことにした。



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