第44話 史上最低のプロポーズ
暗い天井。
むしろは、うつろとめいろを仲直りさせるためだけに家すらも捨てたらしい。
『もう死ぬのだから、財産など意味のないものだ。』
そのように考えた彼女は家を売った。
……全く常軌を逸している。
目を閉じて
息を整える。
眠れなくとも
脳を休めなければ。
「お姉ちゃん、起きてる?」
ドアをノックするのは、こゝろであった。
「うん、起きているよ。」
「一緒に寝てもいい?」
君は十五になるのだろう?
喉元まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込んだ。
「…いいよ。好きにして。」
居候の分際でこんな言い方はあまりにも無礼だ。
だけどこゝろの前では正解な気がしてならなかった。
甘えなのかもしれない。
彼女が来た途端、眠気が増していく。
どんな魔法なのだろうか。
「私は、ずっと不自由が辛いって思ってた。」
彼女はひとりごとをつぶやいた。
「でも何かに依存しないってすっごく不安なんだね。私はじきに考えるのをやめちゃった。」
「檻に囚われてても幸せはあるんだなって思った。」
ポエムのような、そんな彼女の心情が吐露される。
(まあ仕方ないか、お年頃だもんね。)
「お姉ちゃんもそうなんでしょ?」
「私?」
「そう、この世界に、社会に見切りをつけた。」
「幸せなまま、新鮮なまま、愚かな世界へ潜航する。」
「私といっしょ。」
そう言い終えるとこゝろは眠ってしまった。
彼女は何を伝えたかったのだろうか。
(井の中の蛙の幸せ?)
数分悩んだのち、考えるのをやめた。
リソースを割くよりも脳を休ませなければならないためだ。
歳下のわりに大人びていて、懸命に私たちを支える…小さなファン。
『さようなら、私たちの小さな天使。』
心の中のむしろが静かに言い落とす。
そこまで心酔しているのであれば自◯なんてやめればいいものを。
『他人のために、自分が死ぬのは嫌だ。』
……私も疲れているのかもしれない。
こんなイマジナリーフレンドと会話をしてしまっているのだから。
だんだん目を閉じた。
***
最後の朝。
「じゃあいってきます。」
何も変わることはない。
今日もいつも通りパンにマーガリンを塗って、牛乳を流し込む。
制服に手を通し、スカートの金具をつなげる。
かじかんでいるせいで上手くつかない。
「……お姉ちゃん。」
「こゝろ。」
彼女はハンカチを差し出した。
「これは?」
「……。」
こゝろは涙ぐんでおり、無言を貫いていた。
「願掛け。」
「願掛け?」
至って普通のハンカチである。
よくある市販の。
「むしろお姉ちゃんと、遊びに行ったときにくれたの。」
むしろはこゝろを実の妹のように愛していた。
だからこそ、こゝろは姿しか同じではない私のことも優しく扱ってくれたのだろう。
旧来ハンカチは贈り物にふさわしくないものらしい。
なぜなら別れを連想させるから。
その真っ白なハンカチは、死者となる私へのささやかな贈り物。
夢が叶うことを祈願する彼女の最後の気遣いなのだ。
「いってらっしゃい、お姉ちゃん。」
「いってきます、こゝろ。」
これが、この短文がこゝろとの最後の会話であった。
彼女の瞳にはどんな風に見えたのだろうか。
ただ……私は初めてこゝろが人間でないものに見えた。
どうやら神はいるらしい。
***
登校中も異常はなかった。
人に襲われることも、誰かから見られていることもない。
ただ私の心情は興奮に満ちていた。
ただそれだけが平静ではなかった。
校門には彼女が立っていた。
「やあおはよう、むくろくん。」
「おはようございます学園長。」
私たちはいつも通りの挨拶を交わす。
お互いの腹に一物を抱えながら。
教室が騒がしかった。
「ねえ、何かあったの?」
「ああ転校生くん。実は……」
てきろは黒板を指差した。
・今日の授業はなし。
・代わりに脳検査を行う。
・一年生から順に体育館に来ること。
「やだ、思想矯正!?」
「マジかよ、オレが変態ってバレちまう!!」
「もうクラス中にバレてんだろ。」
混乱しているが、誰も疑問は持っていない。
私の直感、それはレトロの仕業であるという確信だった。
そして多分、これは私の、むしろへの意趣返しだ。
かつての洗脳大作戦の。
私は屋上に向かおうとした。
死ぬチャンスが、刻一刻と減っていくじゃないか。
……教室を出ようとしたとき。
「ダメだよ、むくろ。」
「だめだね、むくろ。」
誰かが私の手を掴む。
「ダメだぜ転校生。」
「ダメじゃない、彗星さん。」
誰かが私の足を掴む。
「ダメだ。」
「ダメ。」
私の口を、耳を。
案山子の皆さんはもう手遅れらしい。
(もう洗脳は終わっていた…というわけか。)
強制的にイスに座らせられる。
考えろ、むくろ。
この状況を打開しなければ。
「待ちたまえ、君たち。」
てきろは、私を掴む手の一つを引き剥がした。
「痛がっているだろう!いじめは良くないんだぞ。」
その安っぽい正義感が私を救ったのだ。
「テメェら、むくろに手ェ出したんじゃねぇよ。」
みくろは喝を入れてゾンビとなったクラスメイトを離れさせていく。
「むくろちゃん、こっち来て!」
そぞろはてきろ、みくろとともに私を囲んで手を出せないようにした。
〜保健室にて〜
「なんでみんなは、洗脳されてないの?」
レトロがミスをするはずない。
徹底的に
それは用意周到に、悪意を込めて。
「なんでだ。知らねぇ。」
「私も覚えていない。」
「う〜ん。なんかそうしなきゃダメな気がして……。」
三人ともふわふわとした答え。
「むくろさん、もうO忘れですか??」
カーテンが開く。
ベッドに横たわっていたのは、シエロだった。
「リストの人物の記憶の上書き(オーバーライド)。アドリブでしたが、彼女らの洗脳は防いだというわけです。」
レトロが洗脳を仕掛けてくる、だなんて思ってもいなかった。
実際洗脳には時間がかかる。
そのプログラムも難解だからだ。
リストの人物は私の死を飾るエキストラとして見守っていてほしい。
ほんの些細な甘え。
それが偶然にも私を助けるキーパーツになるとは。
「むくろさん、実はオーバーライドはまだ途中なんです。彼女たちはむくろさんを守るということしか実行させていません。」
「それに、私はもう死ぬでしょう。データが壊れて物言わぬガラクタと成り果てるでしょう。」
「だから、あなたに委ねます。」
「私の命と、彼女らを地獄に落とすこと。これはあなたの一存で決まります。」
「だから───」
「待ちたまえ。」
てきろは間に割り込んだ。
「むくろくん。君が何をするのか私たちに教えてくれ。」
「過ごしてきた時間は短かったけど、私はあなたを信じたい。」
「ゆっくりでいいから、アタシたちに説明してくれよ。」
時間なんてッ、そう言いかけたシエロを静止する。
「わかった、話すよ。」
三人を納得させる方法が思いついたわけでもない。
レトロが私に気づくまで時間があるわけでもない。
ただ──
───
大勢に囲まれるアイツのマネを。
「私は自分が永久的に死ぬためにみんなの力を借りたいんだ。」
その発言はあまりにも自己中心的で独善的であった。
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