42輪.廊下は走るな


 どこまで続いているか分からない、真っ暗な廊下をひたすらに走る3人。

 微かに窓から月明かりが差し込むがそれも心許なく、どこへ向かえば良いかを導いてはくれない。


「ねぇ!さっきの2人様子が変だったけど、何があったの?」


 アム、マルス、イブキの順で廊下を駆け抜けていく。

 イブキはアムまで聞こえるように声を張った。

 

「分かんない!ヘーゼルを追って穴を抜けたら、みんな楽しそうで……だからついお茶会に参加しちゃった」


 先頭のアムも負けじと声を張り上げる。


「お茶会ぃ?」


 イブキが素っ頓狂な声を上げる。


「うん、森の中でみんなおめかししてて、すっごく楽しくて幸せな気分だった。でも……」


 アムが一瞬言葉をためらう。


「急に景色が一変して、今まで隣に座ってた人が……そう。怪物に変わったんだ」


 怪物。

 イブキもあの場にいたが、そんなものは出現しなかった。

 いたのは人間と、人型のベゼだけ。

 それに、森の中ではなく古びた教室の中だった。

 付け加えるならば、誰もおめかしなんてしていなかった。


「それでどこからかずっと『怪物を殺せ』って声がして、僕どうしていいか分からなくて……」


「だから、皆”あぁなった”って事?マルスも?」


 イブキがマルスに意見を求めた。

 ずっと静かにアムの話を聞いていたマルスは頷いた。


「俺も大体同じだな……おっと」


 すると、暗闇の中で光る何かを見つけ立ち止まる。


「……あれ、さっきのお姉ちゃん。どうしたの?」


 目を凝らしてみると、そこにはキャンディを渡してきたあのおかっぱの少女がいた。

 目を大きくかっぴらいて、首を傾げている。

 暗闇の中で、少女の目だけがらんらんと光って不気味だ。


「あの時の……」


 少女の腕にはあの時のカゴがかけられていた。

 イブキはその中身を指差す。


「それ、何をくれたの?」


「ただのキャンディだよ、おいしかったでしょ?」


 少女は一つ取り出すと、イブキに差し出した。

 しかし、イブキは首を横に振る。


「あの人達は誰?」


「さぁ……。ただ街で出会っただけ。でも、『キャンディをもっとあげる』って言ったら勝手に着いてきたんだよね」


 イブキに断られ、つまらなそうに肩をすくめる少女。

 自分の顔にキャンディを近づけて、目線だけキャンディを見つめる。

 一体いつ瞬きをしているのか分からない。


「変なもんくれやがって、何が入ってるんだ」


「教えなーい、キャハハハ!」


 マルスの問いかけを、小馬鹿にするように笑い飛ばす。

 こちらと真っ当に話をする気はないようだ。


「……ちょっと、お仕置きだね」


 アムが右腕をまっすぐ伸ばし、手のひらを少女にかざす。

 そして、旋風を巻き起こしながら風は少女に向かっていく。


 しかし、少女は怯む事なく歯を剥き出しにして笑う。

 そして、そのまま闇に溶けるように姿を消した。

 怪しく光る瞳だけを最後まで残しながら。


「!?」


「おい、どこにいった」


 警戒して周囲の様子を伺う3人。

 無意識に互いの背中を合わせる。


「キャハハハハ!」


「このっ!」


 少女の声が四方から聞こえてくる。

 アムは声のする方へ即座に風砲弾を送るが、少女が喰らっている様子はない。

 ただいたずらに、学校が破壊されていくだけだ。

 イブキがアムと少女の攻防を、一生懸命に目で追いかけるが全く見えない。

 一体あの少女はどこにいるのだろう。


「おい、気を抜くな」

 

「うわっ!」


 少女に気を取られていると、突然マルスに頭を押さえつけられ、強制的にしゃがませられる。

 一体何事だとマルスを睨みつけようとしたら、頭上のスレスレで鈍い光が弧を描いていた。

 

「派手にぶっ壊してくれやがって」


「随分、礼儀正しい挨拶だな」


 マルスが皮肉を言う。

 その視線の先には、教室にいた目つきの悪い黒髪の少年が、不機嫌そうにイブキを見下ろしていた。


「後は兄ちゃんに任せとけ、グレティ」


「ヤマト」


 少女の居場所が分かるのか、ヤマトは暗闇の中のとある一点を向いて話しかける。

 すると、その方向からグレティが姿を現した。


「今日はお前があいつの出迎え担当だろ、行ってこい」

 

「うん、ありがとう!」


 ヤマトがグレティの行くべき場所を剣で指し示す。

 イブキ達が来た方向だ。

 グレティは目を細めてにっこり笑うと、その方向へ忙しく駆けて行った。

 

 ヤマトはこれ以上はグレティへの攻撃を許さないとばかりに、剣の鋒を床に付け、まるで門番のように妹を背中で見送る。

 

 1人と3人は互いに出方を伺って睨み合う。

 その均衡を破ったのはヤマトだった。

 

「さて、単刀直入に聞くが……なぜお前はキャンディに惑わされない?」


 床に向けていた鋒はイブキに向けられる。

 イブキは正直に答えていく。


「分からない」


「お前達は何なんだ?」


「街の人を助けに来た」


 イブキの言葉に、ヤマトは剣を握ってない方の手で頭を抑えた。

 その手のせいで、彼がどんな表情をしているかは見えなくなった。


「残念ながら。もうみんな死んでるよ。……さっきの奴らも漏れなく全員」


「ここで何が起きてるの?」


 たまらずアムが口を挟む。

 イブキはショックを受けて、空いた口が塞がらない。

 街で出会った、あの泣き崩れる女性の姿が彼女の中で反芻されている。

 

「あいつの娯楽のためさ」


 ヤマトは端的にそう答えると、剣を両手で握って構える。

 その表情は無愛想で、三白眼が闇に光っていた。


「さて、そろそろ時間だ。奴が来る前に全てを完璧にしておかないと」


 ヤマトの剣が放心状態のイブキを襲う。

 しかし、花御子としての本能なのか。

 攻撃を仕掛けられると、反射的に応戦してしまう。

 イブキは雷が込められた拳を、容赦なくヤマトの腹に叩き込んだ。


「やるな」


 マルスが口笛を吹いて賑やかす。

 イブキはヤマトの元へゆっくりと歩み寄っていく。

 吹き飛ばされたヤマトは、腹を押さえ恐怖の表情を浮かべている。

 しかし、それにしてはやけに目が輝いている気がする。


「お前……、やっぱり花御子なのか?」


「えぇ。“元”だけど」


 そういえばついさっきもイデアを発動してしまった。

 ヤマトはその事を言っているのだろう。

 イブキは頷き、雷を纏って光る拳を握りしめたまま、ヤマトを見下ろした。


「お願いだ!助けてくれ!」

 

 その返事を聞くなり、ヤマトは縋るようにイブキの足元に平伏した。


「……どういう事?」


 イブキは困ったようにアムとマルスの方を振り返った。

 2人もイブキと同じように困惑した表情を浮かべて、互いに首を傾げあっていた。

 

 

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