21輪.私の名前はね
「キャアアアア!」
悲鳴を上げながら崩壊した床と共に落下するイブキとサン。
ルルの姿は見当たらない。運良く部屋に残る事ができたのだろうか。
「……くっ!」
自分に羽があれば、サンを抱えてすぐにルルを探しに行くことなど容易いのにと、イブキは己を悔やんだ。
それに、元居たサンの部屋は5階にあり、このまま落下すればサンは大怪我で済まないかもしれない。
「サン!」
イブキは姫の名を呼ぶと、手を伸ばして彼女を自分の元に手繰り寄せて抱きかかえた。
玄関に敷かれていた真紅のカーペットが目に入る。
そろそろ衝突する。
イブキはサンを固く抱きしめた。
すると、肌触りの良い風がどこからともなく吹いてくるなり、2人を包んだ。
「!?」
その風が落下の勢いを和らげてくれたので、2人は床に叩きつけられることなく、瓦礫の山の上に転がって着地する事ができた。
――この風はもしかして。
イブキは期待に胸を高鳴らせた。
「ありがとう」
服についた埃を払いながら、サンがイブキの方に向き直る。
イブキはドキリとした。
何か弁明するべきだろうかと口を開く。
「サン。あの、私……」
しかし、イブキは瓦礫の上に俯いたまま座り込んで、サンと目を合わせる事ができないでいた。
それを見かねた姫は、鼻から息を吐いた。
「さっきのあれね、半分は嘘」
「え?」
「正直言って、やっぱり花御子は大嫌いだし、皆いなくなればいいと思ってる」
イブキは姫の忌憚なき意見を聞いて、体の真ん中に重たい物がのしかかった感覚に陥った。
姫はさらに言葉を続ける。
「だけど私……嬉しかったの。初めて会ったとき、卑屈になってる私に対して、皆が期待してるって言ってくれて。それにすごく励まされた。だから、イブキのことだけは嫌いになれないんだ。悔しいけど」
姫が歯を見せて笑う。
おしとやかな微笑みではない、市場で出会った少年の無邪気な笑い方だった。
「それと、私の名前はソフィア。私のお父様とお母様が宝石と一緒に私に残してくれた、この世で唯一無二のもの」
「ソフィア。素敵な名前だね」
「ありがとう。この名前を知ってるのはルル以外にイブキだけ……そういえばルルはどこ?」
ソフィアは、はっとして周囲を落ち着かない様子で見回す。
しかし、周りに見えるのは瓦礫の山で他の人影は見えない。
最悪の事態を想定したのか、ソフィアの顔色が一気に変わる。
イブキは生唾を飲み込んだ。
『きっと運良く上の階に残ってる』そう声を掛けようとしたが、叶わなかった。
脳を揺らす振動が崩落した城を再び襲う。
「うあぁ!」
たまらず、2人は頭を押さえてその場にうずくまる。
エリカがトドメを刺しにきたのだ。
黄色の花羽をめいっぱい広げ、猛スピードでこちらに飛んでくる。
「エリカ……!」
イブキは脈打つ頭を押さえながら、バランスを崩さないように足を踏ん張って立ち上がる。
花羽が無い今、イブキの雷のイデアはほとんど使い物にならない。
花羽のあった全盛期では、轟音を轟かせながら雷を落としていたが、今は静電気程度しか練り出せないのだ。
だが、イブキが立ち向かわなければ誰もエリカの猛攻を止める事はできない。
エリカは勝ち誇った顔を浮かべ、イブキ目掛けてスピードを落とす事なくやってくる。
そのままイブキを攫っていくつもりなのだろう。甲高い笑い声をあげながら接近してくる。
「アハハハハ!」
しかし、“何か”が視界を横切る。
それは姿を捉えない速度でエリカにぶつかると、エリカは城の壁に叩きつけられた。
「ガハッ!」
「君は僕が相手だろ!」
「アム!」
“何か”は風の速度で移動するアムだった。
イブキは先ほどの期待が実感となり、安堵の声を漏らした。
「ここは僕に任せて。イブキはサンをお願いね」
それだけ言うとアムはエリカの軌跡を辿って再び姿を消してしまった。
ソフィアは目と口をこれ以上なく大きく開いて、イブキに詰め寄る。
「今のはアム!?どういうこと?大丈夫なの?何が起きてるの?」
「きっと大丈夫。とりあえずここから避難しよう」
イブキはソフィアの肩を叩いて落ち着かせようとした。
しかし、目の前の脅威がいなくなった事で、再び彼女の中でとある懸念が浮かび上がってきたようだ。
「でもルルは?ルルがいないの!」
流石のソフィアも一度に色んな事が起きて混乱しているようで、駄々をこねる子供のようにイブキに掴み掛かり、体を揺さぶった。
「……ルルなら上の部屋に残ってる。落ちる時に姿を見なかったから」
イブキの中でも真実かどうか分からない情報だった。
だけど、決して嘘では無い。
もしかしたらルルは、この瓦礫の山のどこかに埋まっているかもしれないが、今はその姿が確認できない以上、先程までいた部屋に取り残されている可能性もゼロでは無いのだ。
頭上には大きな穴がぽっかり空いていて、崩壊したのは一部の部屋だ。
きっと今頃、廊下にでも避難していて、下に降りる術を探しているに過ぎない。
「本当?」
「とりあえず今は自分の身を守らなくちゃ。サン、いやソフィアは今日から国王になるんだから」
イブキはソフィアの潤んだ眼差しを躱した。
『国王』という言葉の響きに、ソフィアは目を色を変える。
「そうね、だからこそ戦わなくちゃ」
ソフィアはドレスの裾を持ち上げると、張りのある太ももが露わになる。
イブキはなんだか見てはいけないものを見てしまったような気がして、思わず視線を逸らした。
ソフィアはそんなイブキのことなど気にかけず、太ももに巻いたベルトから小銃を取り出した。
「行きましょう。アムに加勢しなきゃ」
ソフィアは銃を手に、胸を張ってイブキに目配せした。
その目には、これからチェリディアを率いていく王としての覚悟が伺えた。
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