全滅・ドッペルゲンガー

大星雲進次郎

迫る死の影

「クエオ6が消息を絶った」

「あれ?」

「どうした、クエオ7。私語は慎むように」

 いつもであれば、冗談なども飛び交うブリーフィングであったが、仲間のロスト……すなわち死亡が確定したときには、自ずと口数も少なくなるものだ。

「あ、すみま、せん?」

「いや、済まない。私とてあいつが呆気なく居なくなってしまうなんて、未だに信じられないからな」

 ここにいる誰だってそうだろう。

 一人の手が上がった。

「クエオ11」

「で、彼女はどんな情報を置いていったの?」

 余りにも冷徹な質問に、他のチームメンバーは反感を覚える。しかし続く言葉にみな考えを改めた。

「……あの子が、何も残さずに簡単に殺られるわけがない……!」

 

「クエオ6は一週間前に現場に潜入した。施設の稼働状況や人間関係。詳細な見取り図……」

「隊長、その地図、下の方が……」

 地図は未完成だった。

「そう、残りのこの部分を調べると言って音信不通だ。三日前だ」

「じゃあもう、行くしかないじゃない!」

 成人したら先ずはクエオ6とお酒を飲みに行くのだと常々語っていたクエオ2が今にも飛び出す勢いで仇討ちを具申する。

「待って、クエオ2」

 涼しげな声が熱くなった室内を優しく冷やす。

 幼い頃から感情のコントロールを教え込まれたクエオ8。その声は血気盛んなJKをたしなめるものではない。

 仲間の敵に恐怖を与えつつ確実に討つための情報分析を行うよう、皆に冷静になれと促しているのだ。

「隊長、その地図の中央付近の書込みは、なんと書いてあるんですか」

 クエオ6は字が汚いことが欠点だった。

 長年ともに闘ってきたクエオ1くらいにしか、その古代文字きたないもじは解読できない。

「これが分からんのだ。「ドツペルゲンガ」と書いているように私には読めるのだが……どうしたクエオ9、知っているのか」

「私のいた世界では、同じ名前の魔物がいたよ。ドッペルゲンガーっていって、人そっくりに化けてイタズラするの」

 ギルドのクエストで何度か遭遇したことがあるという。

「日本にもいるね、そういう妖怪」

 人真似なんて昔から妖怪の得意な事だしね、とクエオ5。

「科学的に言えば、精神疾患の一種なんだけどね」

 ロボット椅子に腰掛けてメガネを光らせるのはクエオ10。

「でました。科学万能論」

「目撃者もいるんだから、個人の感覚だけのことじゃないっつーの」

「それについては簡単な説明で事足りるよ」

「静かにしないか!」

「「「すみませーん」」」


「今回のロケーションは、スナイプに適したポジションがない。よってクエオ2とクエオ3の二人も、制圧班に加わってもらう」

「「イエス、マム!」」

「……そんなの何処で覚えたのよ、クエオ3まで。では班分けを行う。2、7、9、10は私と西側の入り口から突入する。4、3、5、8、11は東側だ。質問はあるか」

「あの……」

「……クエオ12は、私の班だ。忘れていたわけではないぞ」

「……了解」

 クエオ12は寂しそうに頷いた。


 本日の標的ターゲットは街中のスーパーマーケットだ。そこに町政転覆を企むテロリストの一味が隠れているらしい。

 一般市民との区別は付かないため、目に付く者全て無差別に殲滅せよとの指示だ。

「それでは突入する」

 格好は付けても、隊のほとんど全員が日頃からお世話になっている店である。


「ドッペルゲンガーだけど、魔物としてはそう強くない部類で、訓練していない人間でも倒すことが出来るんだ」

 おやつを買いに来た買い物客に扮したクエオ9が分隊無線でクエオ6の遺した情報のドッペルゲンガーについて説明する。

「厄介なのは、アイツは呪いを使えるんだってこと」

 クエオ7と10は買い物かごにインスタントラーメンをポイポイ入れていく。大学のゼミで居残りするときの夜食でも買っているつもりか。

「呪い?君がいつも言う魔法とは違うのかい?」

「あいつらは人間の姿を真似るんだけど……」

 クエオ1は本格的に晩ご飯の買い物を始めるし、クエオ2はそんなリーダーのカゴに隙あらばお菓子を入れようとして怒られている。


 別働隊でも。

「大体、人真似系とかの妖怪って、バレたら退散するか、目撃されたらこっちが死ぬかの二択だよね」

 クエオ5は術士であり、妖怪退治の専門家ではない。しかしそれくらいのことは、常識の範疇だそうだ。

 

「フフフ……見られたら死ぬのか。人知れず死んでいくものだと思っていたが、看取られて死ぬのも悪くない」

 クエオ3は棒付き飴を一本、クエオ4の持つ買い物かごに入れた。

 

「ここがスーパーマーケット……」

 いくら知識だけあっても実践による経験こそが成長に繋がる。クエオ8が感動で打ち震える。

 

「ほら、気を緩めていないで探すよ」

「こっちから見る分には良いのよね?」

「ああ、寿命が縮むだけだ」

 クエオ11とクエオ4のリーダー格の二人は仲間をたしなめつつ慎重に探索を行っている。

「ねえ、クエオ4。前もこんな事……」

「……あんた、私の頭撃ったことある?」

「生きてるって事は、撃ったこと無いって事だよ」

「よね」


「……クエオ12の反応が消えた……?」

 弛緩していた隊員の間に緊張が走る。

 気が付くと、クエオ6が遺した地図のドッペルゲンガーと書かれていたフロアに皆集められていた。

「罠か!」

「クソ、どうりでおばちゃん達がぐいぐい押してくるワケだ!」

「私達もだ。特売コーナーがあちこちに置かれていて、抗えない人の波に飲み込まれたと思ったら……」

「ちょっと待て、奥に誰かいる」

 元は倉庫に使っていたのだろう、やや広いフロア。逆光で顔はよく分からないが複数人が奥に立っているのが分かった。

 先手を取ったということは、いつでもチームクエオを殲滅できたというのに、一体何を考えて……。

「不味い!奴らを見るな……」

 クエオ2が崩れ落ちる。

 しかし、反射的に全員が見てしまう。

 自分達と同じ顔をした、敵のことを。

「やべぇ、ドッペル……」


 薄れ行く視界。

 クエオ1は奥から悠々と歩いてくる男を見た。

 倒れているチームクエオを見て不気味に笑っている。恐らく敵幹部だ。

 (忌々しいチームクエオもこれでお終いか。ドッペルゲンガーをこの数集めるのは苦労したが、その甲斐はあった!)

 誰かの死体を蹴り飛ばす。


 クソッ


 しかしクエオ1の手はもう手榴弾のピンを抜くことすらできない。

 

(ピ・ピ・ピ……)


「何の音だ?」

 クエオたちの死体のどこかから発せられる不吉な電子音に敵の幹部が気付いた。

「ボクの……生命力が……尽きる時、このアーマーは自爆する……ザマァみろ……」

 

(ピピピピピ)

 

 恐怖に歪む敵幹部の顔。


「なんて顔してんだ……最高の馬鹿面だ!」

 クエオ1は清々しく笑った。


 大爆発。


 そして全ては崩落するスーパーマーケットに巻き込まれた。


 

《チームクエオ紹介》

クエオ1

主婦傭兵。チームクエオ隊長。数年前に任務地で拾った女児と暮らす。授業参観のために着ていく服を買ったけど、ちょっと若作りしすぎたらしい。好きな科目はおんがく。

 

クエオ2

スナイパー。現役の女子高生で、おつき合いすることになったクラスの男子(鬼河原君)と海に行きたいのだけれど、初デートで海って攻めすぎ!?とか考えちゃう。

 

クエオ3

スナイパー。幼少の頃内戦で両親を失い、組織に戦闘マシーンとして育てられる。特に生きる意味もなく戦い暮らす。

 

クエオ4

戦地の医療兵あがりの傭兵。クエオ3のことを、助けられなかった戦友と重ね気にしている。

 

クエオ5

古代から受け継がれる呪符使いの女子高生。幼なじみ(鬼河原君)に彼女ができたみたいでモヤモヤしてる。


クエオ6

無職の姉さん。百の顔を持つ潜入スパイ。正体はクエオ4が助けられなかった戦友。「パートの鬼河原さん」は彼女がよく使う変装の一つだ。

 

クエオ7

オシャレ傭兵。カフェでアルバイトを始めた大学生。バイト先の客(鬼河原君)が気になりだした。最近チームが全滅したという悪夢を見たとか……!?

 

クエオ8

お嬢様傭兵。親の敷いたレールのとおり生きていくことに疑問を持ち、荒事の世界へ。まるで天使が歌うかのような美しい声に、ターゲットは聞き惚れて死ぬ。


クエオ9

自称異世界傭兵。現代科学では説明の付かない摩訶不思議な攻撃方法と言動は紛れもなく異世界人。転入先の中学で、日直の仕事を魔法ドラグスレイブで解決しようとして大失敗(>_<)ゞ


クエオ10

博士僕っ娘傭兵。隊で最も濃い属性を持つ。身体能力を補うため、パワードスーツを装着して闘う。戦闘中のポロリはお約束。当然ニンジンは嫌いである。


クエオ11

傭兵一家で育ったエリート傭兵。本人はそのことを鼻にかけない気さくな性格。実は組織の監視役でいざという時は隊員でも躊躇無く処分する役目を持つ。世界平和のため、雇い主を裏切った兄を憎むあいする


クエオ12

隠密に長けた傭兵。幼いころから集団の数に数えられにくいという特技を持つ。甲○園中継のネット裏によく写り込んでいるので探してみては?

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全滅・ドッペルゲンガー 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G

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