ぴいまん
押田桧凪
Seed the Given
無限にピーマンを食べられる僕はぷくぷくと大きくなり、クラスメイトから、肥満とかけて「ピマン」と呼ばれるようになったのが小五。
僕がピーマンパンチを繰り出せば、「でっ、でたぁ。強すぎって」とよけていく群れと「肉詰めにしてやろうか」「いや、共食いやん!」までがセットのやりとりをしていた。
令和のあだ名施行規則に照らせば「ピマン」はさすがにグレーだけど、ピーマンの果皮に限って言えば
そんなある日、事件が起こった。僕たちの小学校にカチコミに来た保護者が「ピーマンを子供に与えるとは何事ですか! ったく、配慮ってもんがないわねぇ……? 配慮配慮配慮配慮配慮!!」と無駄みたいな羅列で叫びながら五年一組の教室に入ってきた。たぶん、来週の調理実習の案内にピーマンを使うレシピがあったからだろうか。あぁ令和ってすごい。野菜ひとつで人を動かせるんだって、僕はびっくりした。
同時に、あぁ、家庭から学校に感染症のように持ち込まれる「食べ物の好き嫌い」って、こういう風に養われるんだと直感した。
僕はこの人のことを、心の中で「配慮さん」とこれ以降、呼ぶことにした。
僕はピマン(あだ名)の威信をかけて立ち上がると、「おい西島」(これが僕の本名。担任だけそう呼ぶ)と言う声を手のひらで制し、ここは任せてください、という顔を作って、無言で頷いた。
那須先生は、
それから、次の瞬間、好きな言葉が「配慮」の保護者は、僕がランドセルからまな板を取り出すのを見てあっけに取られ、黙った。僕は(よぅしよし、いい子でちゅね)と心の中で配慮さんをあやす。
エアコンが故障している夏の教室をものともせず、額に大粒の汗を浮かべながら仁王立ちしている配慮さんに、「見ててください」と僕は一言放つ。
同じくランドセルに入れていた、新聞紙に包んでいたピーマン(水気を拭きとったもの)の種を取り出し、シャクシャクとマイ包丁でまな板の上で細かく刻んでいく。ベランダで熱していたボウルに入った水でピーマンをゆで、水を切る。そこにツナ缶を投入する。
教室の後ろでは、数人の男子が「トゥルトゥットゥットゥットゥトゥ♪」とキューピー3分クッキングのBGMを口ずさんでいる。それは見かねてか先生は黒板に貼ってあったキッチンタイマーを3分に設定した。
次いで、那須先生の机の引き出しからごま油(給食に「味付けが薄いんだよなぁ」と文句を言っている先生が常備している三種の神器──塩胡椒、焼肉のタレ、ごま油のうちの一つ)を拝借する。それから、醤油(これは、料理のさしすせその方だ)。あと、
配慮さんは僕の手さばきに見とれていた。つまようじでその切れ端をすくい、授業を三分間中断して作った無限ピーマンを差し出す。配慮さんは、おそるおそる餌に近づいて奪い去る頃合いを見計らっている猫のように指先を震わせながらそれを受け取った。
それから、配慮さんは僕の作った無限ピーマンがおいしすぎたのか、おえおえ言いながら、吐き出した。それを見て、僕は「リバース」と思った。昨日のお楽しみ会でウノをしたので、その名残でリバースという言葉が頭に浮かんだのだ。
だから、「リバース」とぼそっと呟くと、クラス中がどっとウケた。そして、拍手が起こった。時事と内輪ネタを掛け合わせると爆笑をかっさらえるんだと、僕は今日、最高の計算式を発見した。
うっうっと嗚咽を漏らしながら、味に満足したのか、配慮さんは帰っていった。でも、帰るだけだ。成仏はしない。僕は配慮さんを排除し、みんなから拍手を拝領して、
ちなみに、なんでみんなが「うわぁ!」だとか「先生フシンシャ!」と騒ぎ出さず、こうして配慮さんを前にして冷静でいられるのかというと、配慮さんは今日で記念すべき三度目のご来校だからだ。給食の献立表を見たのか、先月はにんじん、先々月はシイタケについてカチコミに来た。
ちなみに、配慮さんの子どもはうちのクラスでもないし、そもそもこの学校に在籍していない。
ちなみに、肩に
二度あることは三度ある、を諺で習った僕たちがそれを既に体験しているように、みんなは配慮さんを、五年一組の教室前をリスポーン地点として何度倒しても無限に湧き上がってくるもの、と捉えていた。たしかにこの様子だと、無限にやって来そうではある。怪異「配慮さん」が、小学校の七不思議入りする日も近いだろう。そうなると、「鬼さんこちら、手の鳴る方へ♪」といった古典的な挑発でも良かったのかもしれない。怪異は相手にしない方がいいのだ。怪異は見えないふりをした方がいいのだ。学級文庫に置いてある本にそう書いてあった。
その後、先生の机の、下から二番目の引き出しから盛り付け用の皿(山崎春のパン祭りの景品。クラスみんなで家からシールを集めて獲得した)を取り出し、その残りを気まぐれに飾り付けていく。
「さぁて、残りのぶんは〜?」と、サザエさんの次回予告のようなノリで僕が皿を掲げると、「はぁいはぁい」「わたしが先っ!」「おれおれ!」「あたしが予約してたんですけど」と何人もの熱狂的な叫び声が教室に上がる。信奉者が誕生する。
無限ピーマンで、僕はクラスメイトを調教(最近の大人はこれを、
「はいはい。並んで、並んで。ちょっとそこ押し合わないで、これ食べないとお幸せになれないよ?」と整理券を配って、教室で無限ピーマン試食会の開催が決定する。
その間、那須先生は臨時の調理係として僕のアシスタントになる。高学年になって、給食のおかわりも牛乳ジャンケンも、昔(僕たちの言う昔は低学年とかのことを指す)に比べてしなくなった僕たちだったのに、なぜか、僕の料理には定評がある。それが僕は誇らしい。
無限にピーマンが食べられる僕は、みんなに無限にピーマンを食べさせたかった。ピーマンが嫌いな人でも、僕の家で採れたピーマンは最高に美味しいって伝えたかった。
ピーマン農家のおじいちゃんに僕はお願いした。
「どうか、種まきから教えてください!」いわゆる、弟子入りってやつだ。
おじいちゃんは言った。
「お前も、ピーマン農家にならないか?」最近流行っているアニメのことだ。
「なる!!」
「いいや、なれねぇ。お前には覚悟が足りねぇ。それから修行も」おじいちゃんは面倒くさいのだ。
「なれるもん! だって僕、学校でピマンって呼ばれてるもん!」
「おっ、おま……」
僕が言っていることは事実だった。しかし、おじいちゃんは、その発言を(まさか、学校でいじめられてるのか……)と解釈したようで、そんな可哀想な孫に、教えんわけにはいかん、と同情されて、苦みのないピーマンの育て方を一から伝授してもらったのだった。
そして、これは給食に無限ピーマンが採用されるまで無限回、僕が配慮さんと闘う物語だ。
ぴいまん 押田桧凪 @proof
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