第15話 守られた思い出

 森の入口に立ったあかり、レント、サリーの三人は、依頼の目的を改めて確認した。日差しが木々の隙間から差し込み、緑の匂いが漂うこの森には、先日あかりたちが戦ったゴブリンたちとはまた別の群れが潜んでいるという。


「目的は魔物退治じゃない。依頼人の形見であるペンダントを、無傷で取り戻すことだ。」


 レントはあかりの目を真っ直ぐ見据えて話しかけた。


「君の無属性魔法は間違いなく強力だ。だが、その分、威力の調整が難しい。万が一、ゴブリンがペンダントを身につけていたら、無闇に魔法を放てばペンダントごと吹き飛ばしてしまうかもしれない。」


 あかりはゆっくり頷いた。前日の巨大ゴブリン戦で見せた、自らの放った無属性魔法の破壊力。それがゴブリンのみならず森の木々まで吹き飛ばす威力だったことを思い出すと、自然と手に力が入った。


「はい。……あの人の大事なペンダントを守るのが今回の依頼ですもんね。力任せじゃなく、慎重に動かないと。」


 森の奥へと足を進めるうち、三人は木々の合間から開けた一角に差しかかった。そこには、ざわめきと笑い声が響き渡っていた。木陰からそっと覗くと、そこには複数のゴブリンたちが、何やら宴を開いて騒いでいる様子が見えた。


 粗末な布で作られたテント、地面に無造作に置かれた食料、そして中央に陣取る大柄なゴブリンの首元には、くすんだ銀色に光るペンダントのような装飾品が揺れていた。


「あれが……形見のペンダントかもしれませんね……」


 あかりは息を潜めながら囁いた。その目は、迷いと緊張、そして決意が入り混じった色をしていた。


 どうすれば傷つけずに取り戻せるだろう。力任せに戦えば、ペンダントもろとも破壊してしまう。かといって、そっと奪い返すには、相手の数が多すぎる。


 考え込むあかりの背後で、レントとサリーが静かに見守っていた。あえて声をかけないのは、あかり自身に判断させるためだ。


「サリー……あかりも、もう立派な冒険者に見えるね。昔の俺だったら、こんな時、何も考えずに突っ込んでただろうな。」


 レントが小さく笑うと、サリーも微笑んだ。


「私も似たようなものでしたよ。炎の魔法を放って、依頼品ごと燃やしてしまったこともあります……」


 そんな会話をしているうちに、あかりはふと顔を上げ、何かを思いついたように立ち上がった。そして静かに移動し、ゴブリンのキャンプのやや手前、木陰に身を潜めた。そこから地面に手をかざし、静かに呪文を唱える。


 ――氷魔法。だが、派手に放つのではなく、地面を這うように、広がるように。


 彼女の意図を察したレントが小さく呟く。


「なるほど、地面を凍らせて足元を狙うつもりか……」


 やがて、あかりはそっと小石を投げ、ゴブリンたちの注意を自分へと引きつけた。気配に気づいたゴブリンたちは怒鳴り声を上げ、棍棒を振り上げながら一斉に駆け寄ってくる。


 しかし次の瞬間、氷で覆われた地面に足を取られ、次々と転倒していくゴブリンたち。その度に鈍い音が響き渡る。


 その間に、ペンダントを首にかけていたゴブリンが仰向けに倒れ、ペンダントが勢いよく外れて地面に落ちた。


「今だ!」


 あかりは素早く風の魔法を使い、ペンダントを自分の元へと引き寄せる。そして最後に、無属性魔法を一点に集中させて放つことで、残ったゴブリンたちを吹き飛ばし、動けないようにした。


 全ての動きが、見事に決まった。


 あかりは拾い上げたペンダントをしっかりと両手で包み込み、安心したように深く息を吐いた。


「……よかった。無傷です……!」


 その様子を見ていたレントとサリーが拍手しながら駆け寄ってきた。


「すごいぞ、あかり! まさかここまで冷静に作戦を立てて、完璧に実行するとは……本当に驚かされたよ。」


「お見事です、あかりさん。ペンダントも傷一つありませんし、依頼人の方もきっと喜びます。」


 少し照れたように微笑むあかりは、軽く頭を下げた。


「……ありがとうございます。でも、二人が見守ってくれてたから、安心して動けたんです。」


 森の中の空気はすっかり落ち着きを取り戻し、鳥のさえずりが微かに聞こえていた。


 三人は再び街へ戻り、依頼人のもとを訪れた。扉を開けた女性は、あかりの手に握られたペンダントを見た瞬間、目を大きく見開き、次第に涙で顔を綻ばせた。


「本当に……本当にありがとうございます……! このペンダントは、私の母の手作りで……私にとって何よりも大切な宝物なんです……!」


 女性はペンダントを胸に抱きしめ、深々と頭を下げた。


 あかりはその姿を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。依頼をこなすこと、それが誰かの笑顔や涙に繋がるということを、初めて心から実感したのだった。


 街の喧騒に戻った三人は、そのまま宿へと帰った。石造りの宿の扉をくぐると、灯りが穏やかな空気を照らしていた。


 それぞれの部屋に戻りながら、レントは自室で独り言のように呟いた。


「……あかり、すごいな。本当に、冒険者としての素質がある。これからも、俺が支えていかないとな。」


 あかりもまた、自室のベッドに腰掛けながらペンダントの一件を思い出していた。


「……私、本当にやれたんだ……。もっと自分を信じていいのかな。まだ不安もあるけど……少しだけ、自信がついたかも。」


 夜は更けていく。


 三人の胸にはそれぞれの思いが静かに灯り、異世界での冒険の夜が、またひとつ、物語を刻んでいった。

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