#11 SCP-504 ギャグに厳しいトマト🍅

昼行灯

SCP-504とはどんな存在なのか

 ふとんがふっとんだ。電話にでんわ。トイレに行っといれ。


 これらは往年のオヤジギャグと言われる存在だ。

 有名で知らない人はいない。と言いたいところだが、もう最近の若者には伝わらないかもしれない。時間というものは残酷なものである。


 そしてこれらのオヤジギャグは一般的に「寒い」とされており、氷点下待ったなしの無言視線のツッコミを受けることが殆どだ。しかも精神的な寒さだから夏に聞いても涼しくなるわけではなく、むしろダルくて熱中症予防にすらならないだろう。


 それでも、おやじジョークは細々と生き残り、親から子へ、そして孫へと脈々と受け継がれてきた。しかも「場が寒くなる。ヤメとけ」と思っても言わずにはいられない中毒性があるのか、瞬間氷河期を生み出しながら口にされ続けている。


 だが、時代よりも暴力的にオヤジギャグを駆逐しようとするSCPが現れた。


 SCP-504がそれだ。

 SCP-504は、とてもギャグに厳しい異常性を持っている。

 見た目はプチトマトにしか見えない。なんなら物理的にも遺伝子的にもトマトの一種に該当する。


 さらに異常存在であるものの、普通のトマトと同様に食べることも可能だ。食した場合は普通に胃酸で消化できる。腹痛や下痢といった副作用もない。スーパーや八百屋で並んでいるプチトマトと遜色ないトマトだ。


 発見された経緯もよくある「昼食に夫が殺された」という警察への通報によるものである。おそらくSCP-504は食卓に彩りを添えたかっただけだろう。


 だがSCP-504はギャグに厳しい異常性を持っている。おそらく夫は、昼食という温かい食事の場にブリザードを吹かせてしまったのだろう。もしも夫が高尚でホットな冗談を言えていたのならば、SCP-504は食べられていたかもしれない。


 さて、いくらギャグに厳しいと言っても、所詮はプチトマトだ。

 死因になるほどの能力を持たせるには、毒を仕込むぐらいしかない。投げつけられたところで全力の裏拳ツッコミよりも痛くないと普通は考えるだろう。


 しかしSCP-504のツッコミ速度は時速160km、秒速45mに達するまで加速する。

 人間の歯で噛み切れるような柔らかいプチトマトでもその速度で飛んできたら、殺傷能力は高くなる。


 そもそも普通のトマトならその速度には耐えられずに自壊しかねない。汗ならぬ果汁がそこかしこと飛び散るだろう。時速160kmの重力加速度に生身で耐えられるのだから頑健な皮を保持していることが覗える。


 その一方で普通のプチトマトのように食すことも可能だ。

 相反する性質を同居させているのだから、おそらく異常性が発現している時のみオリハルコンの皮を被るのだろう。


 またSCP-504は人間と同じくらいの聴力を有している。どこに耳があるのかは定かではないが、SCP-504が聞こえる領域でつまらないギャグを言うとギャグのレベルに応じた速度で飛んでくる。


 ちなみに、陳腐さやユーモア、駄洒落に応じて、速度を変えるきめ細やかなツッコミをしてくる。これを優しさと取るか厳しいと取るかはギャグに向き合う姿勢によるだろう。


 だが、このSCP-504の異常性はオヤジギャグにとって致命的な異常性だ。

 陳腐さ、ユーモア、駄洒落を数値で現したら、陳腐さと駄洒落が限界突破するのがオヤジギャグである。ユーモア? いつからあると思ってた?


 つまり、SCP-504の前で「この椅子はとてもいーっす」なんて言った日には、その日が命日になってしまう。

 スペインのトマト投げ大会にSCP-504が紛れ込んでしまったら、地面や壁はトマトの果汁ではなく、人の血で赤く染まることになるかもしれない。


 財団でも食堂のキッチンに持ち込むのは、解雇通知と同義だとされた。逆を言えば、財団にもオヤジギャグを言う職員がいたのだろう。財団にしては珍しく人名優先である。


 それにしても、なんとギャグに厳しいプチトマトだろうか。

 このままでは軽いジョークすら口にするのを躊躇してしまう。オヤジギャグなんてもっての外だ。もっともオヤジギャグが封印されることで助かる命もありそうだが。


 ただ優しい側面もある。

 SCP-504は、成熟してつるから分離させた状態の時のみ、ギャグに反応する。また果実の損傷も10%以下でなければならない。

 人に例えるのならば、健康な20代の若者のみがツッコんでくるとなる。

 

 プチトマトとはいえ、若者がキレのあるツッコミをしてくれる。

 なんと甘美な響きだろう。

 誰にもツッコまれない、もしくは氷点下の視線で蔑むように見られるオヤジギャグからすれば、まるで救世主のような存在だ。


 だが、物理的に致命傷になるツッコミは、さすがのオヤジギャグも望んでいない。

 そもそもオヤジギャグを言う年代の体は、疲れ切ってるのだ。優しくして。


 このままでは、いずれは世界中からオヤジギャグが絶滅することになってしまう。

 財団は立ち上がった。オヤジギャグを救うために。

 一体、どの程度のギャグならSCP-504の許しを得られるのか、ブラスト博士が、実験を行ったのだ。


 実験はSCP-504の前で、D職員に寒いギャグを言わせる形で行われた。

 そのために、あるD職員は尾骨を折られ、あるD職員は歯を失った。またあるD職員はツッコミが死因になってしまった。

 

 この苛烈を極めた実験は何度も繰り返され、多くの犠牲の上にブリザードも吹き荒れた。そして、ようやくSCP-504にもギャグの好みがあることが判明した。

 ついでに実験は口頭で伝えずに、録音でも効果があることも判明したが、後の祭りである。


 録音機器での実験でも結果は変わらなかった。

 陳腐さ、ユーモア、駄洒落に応じて速度に強弱をつけて、録音機器を破壊し続けた。ただし一度だけ、サラ・ペイリンとヒラリー・クリントンの寸劇を聞かせた時は「混乱」するように、飛んだ後に逆戻りした。


 ギャグの良し悪しを判断できるだけではなく、ギャグなのか真剣に捉えるべきか迷ったと財団は見ている。かなりの知能を有しているのかもしれない。


 いや、そもそもギャグは知識や教養がなければ意味を理解できないものである。国々の文化も反映される。アメリカのギャグが日本ではなかなかウケないのも、文化の違いがあるためだ。無論、面白いと感じるツボが違う国民性もあるだろう。


 しかしSCP-504は言葉が違っても国が違っても、的確に判断してツッコんでくる。それは知性だけでなく教養も有している証左だ。

 だがその知性と教養がオヤジギャグに致命傷を与えてしまう。正確にはオヤジギャグを言う人物の命を奪ってしまう。


 オヤジギャグは古来から続く伝統文化だ。芸術と言っても良い。消滅することになれば、文化的損失も大きい。

 SCP-504の前で言わなければいい、と思われるかもしれないが、オヤジギャグはタイミングと鮮度が命である。


 たとえSCP-504の前でも言えると思った時にはもう口から出ているのがオヤジギャグだ。反射的反応を理性で留めるのは極めて困難である。

 それに物理的にはミニトマトである以上、種子による繁殖が可能であり、脇芽から株が増えるとも考えられる。


 発見時のように知らないうちに食卓に並ぶこともあるかもしれない。そうなれば発見時の通報のように、食卓に華を添える罪のないオヤジギャグが死因の人が続出してしまう。それは避けなければならない事態だ。


 全国オヤジギャグ連盟から財団に収容の嘆願書が出されてもおかしくない脅威的なSCPだが、SCP-504の現在のオブジェクトクラスはSafe。

 SCP-504は完璧に財団に収容されている。


 防音室で保管されたSCP-504には、もうオヤジギャグが届くことはないだろう。  

 かくしてオヤジギャグは絶望の危機を免れた。これからもオヤジギャグは世界のどこかを凍りつかせながら、繁栄していくことだろう。

 オヤジギャグに栄光あれ。


 なお、筆者は「ねこがねころんだ」が好き────うわぁぁぁぁぁ。プチ。

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