御神体

洞貝 渉

御神体

 気がかりな夢から目ざめたとき、私は自分が一匹のツチノコに変ってしまっているのに気づいた。

 辺りを見回せば、そこは万年床の薄い布団の上ではなく、鬱蒼とした林のようだった。

 ここはどこで、私はどうしてしまったのか。混乱した頭の端に、異世界転生の文字が浮かぶ。


 死んで、転生して、ツチノコになった、ということか?

 あれ、じゃあ私、死んだの? 仮に死んだとして、死んだらチート能力片手にウハウハで転生ライフ満喫できるんじゃなかったのか?

 死んだことよりチートもウハウハも無いことに絶望した。

 ……とにもかくにも、この状況をなんとかせねば。

 とりあえず、ツチノコライフを謳歌するために必要なことってなんだ?

 ツチノコって何を食べる?

 私、今日はどこで寝ればいい? 

 人間に見つかったら生け捕りにされて酷い目にあわされたり、しない?

 視界が低くて、とにかく近くしか見えず不便だ。おまけに手足がないから移動の仕方もわからない。

 あれ、これすでに詰んでないか?


 動けもせずに呆然としていると、どこからともなくザックザックという音がしてくる。

 音は次第に大きくなり、何かがこちらに近づいてきているようだった。

「ツチノコ様、こんなところにいらして」

 音がした。いや、これは言葉だ。知っているはずの言葉なのに、ツチノコの耳では上手く聞き取ることが出来ない。

「さあ、参りましょう。みながあなたを待ちかねているのですよ」

 視界の外、天から降りてきた程よく柔らかくあたたかい何かが私を拾い上げた。

 視界がぐんと広がり、同時になにかあたたかいものに包まれる。その心地よさに思わず身体をくねらせ、私を包み込むそれに巻き付けた。

 それは人の腕だった。

 私は人に抱えられ、どこかに運ばれているようだった。




 ずっと昔に読んだ本に、ある朝目覚めると毒虫になってしまったという話がある。

 その話の主人公は家族のため働きづめだったけれど、そんなわけで働けなくなって、醜悪な姿になり外にも出られず、投げつけられたりんごが身体にめり込み、取り出すことも出来ずに体内で腐らせ、惨めにその生涯を終えていた。

 今の私に似ている、と思う。

 ただし、真逆の意味で。

 毒虫の彼は家族に頼られていたのが一変して、疎まれ、その死を心より喜ばれていた。

 対して私は家族や友人仕事関係の人間たちから蔑まれていたが、ツチノコになってそれが一変し、祭り上げられここに存在しているというだけで、たいそうありがたがられるようになった。

 いつ何時も私の周囲にはご馳走が、美酒が、見目麗しい(のだろうがツチノコの目からはよくわからない)少年少女が、(これもツチノコの耳ではよくわからないが)荘厳な音楽が、そして人々の笑顔が溢れかえっていた。


 私はみずみずしい色と香りを放つ林檎を丸呑みする。

 彼と私の違いは何だったのだろうと思考しようとして、すぐにどうでもよくなった。

 私は運が良く、恵まれ、そして人生に勝ったのだ。

 酒をあおり、ますます私の思考は鈍くなる。

 人々は口々に何かを言っているようだが、何を言っているのかわからない。

「お助けください、雨が降らないのです」

「我々に恵みをもたらしてください」

「土が細く、ろくな実りがありません」

「どうか子どもの病気を治してください」

「もっとたくさんのお金が欲しいのです」

「もっと」

「もっとあなたのお力を!」


 私は愛されているのだろう。

 なにせツチノコなのだから。

 白蛇なんかよりもずっとレアリティが高いのだから。

 だからもっとあがめられても罰は当たるまい。

 もっと水準の高い貢ぎ物を要求しても正当な権利だろう。

 もっと。

 もっとだ。

 もっと私に奉仕しなさい。


 もっともっと。

 もっと。

 ……。




 いつかどこかの小さな村では、常にツチノコが祀られていた。

 祀るツチノコが死ねば、日を置かずして次のツチノコが現れたという。代わりに、世界でもっとも不必要とされた人間が一人姿を消すのだが、それに気が付く者はいなかった。

 ツチノコが具体的にどんなご利益のあるものだったかは定かではない。

 ただ、村人たちの大きな心の支えになっていた、らしい。

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御神体 洞貝 渉 @horagai

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