7 錯綜
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学園からバスでおよそ三十分。クラリエ・ベールルは隣町のとある建物を訪れていた。ミレイアの寮棟よりはずっと新しい、小奇麗な二階建ての学生向けアパートだった。、副会長のサブリナという学生を尋ねてのことだ。
「協力してくれるのは有難いけど、何もこんな場所までついてこなくても良かったのに。校友会のリハはもういいの?」
「ええ、通しで確認したから私の出番は終わり。彼らならきっと素晴らしい舞台を完成させてくれる。……ここの二階、あっちの角部屋」
赤髪の少女――ミレイア・ライツはメモに記した住所の部屋番号を確認し、アパートの外階段を上っていく。
呼び鈴を鳴らしたところでクラリエもやっと追いつき、その直後に部屋の扉がゆっくりと開かれた。
「あ、ミレイア……さん。それと……」
扉の隙間から顔を覗かせたのは黒髪を肩の位置でばっさりと切り落とした、目の下に隈をこさえた女学生だった。
見知らぬ人物の来訪に警戒してか、扉の影に身を隠すようにこちらの様子を伺っていた。
「初めまして、私は
「魔導、監査……」
ぽつりと声を漏らしたサブリナの表情はみるみるうちに暗く沈んでいった。
サブリナの部屋は小綺麗に整理されているワンルームで、いかにも女子学生といった感じの装飾だった。机にはいくつかの本が平積みされていたが、サブリナは手早く片付けて代わりに茶を入れたマグカップを持ってきた。
カップを置こうとするその手がやけに震えているように見えた。
「貴方を尋ねたのは他でもなく――」
「シャノンのことですよね。分かってます……」
消え入りそうな小さな声でサブリナは答える。下手に遠回しな訊ね方よりは単刀直入に行くべきだろう。
「二か月前、シャノン・ブーケに怪我を負わせたのは貴方なの?」
「……正直、よく分かりません。覚えてないんです」
「覚えてない?」
予想外の返答に声が上擦りかける。
気弱なまま下を向いていたサブリナはやがて意を決したように語り始めた。
「あの日、確かに私は倉庫で作業をしていました。積み荷が不安定に重なっていて危ないな、と思った事も覚えています。そしてシャノンも同じように倉庫にやって来ました」
彼女は短い髪をしきりに触りながらそう述べる。
「シャノンは物陰にいた私には気づいてないようでした。ラックの隙間から彼女の横顔を見て、私は急に言葉に言い表せないような、もやもやした気持ちを抱いたんです。その直後、大きな物音がして――気付いた時には彼女は積み荷の下敷きになっていたんです」
「それで、貴方はどうしたの?」
サブリナはすかさず答える。
「もちろんすぐに助けました! 私はすぐに積み荷をどかしてシャノンを助け出して、校友会のメンバーにも知らせて、救急を呼びました。本当に主演を降りてほしいと思っていたなら、きっと助けたりしません。だから、私には分からないんです。でも私は自分がやったんじゃないって信じています」
サブリナは必死にそう弁明した。
保身のための嘘か、あるいは真実なのか。少なくとも、今となってはそれを証明する術はない。
「それからずっと貴方は休学している訳だけど、それは後ろめたさがあるからじゃないの?」
「シャノンは勿論、校友会の人達にも合わせる顔がありません。だけど皆優しいから、きっと私を責めたりしません。だったら、私が出て行って話を蒸し返すよりもこのまま私のことを忘れ去ってくれたほうが皆にとって最善なんです」
すると今まで口をつぐんでいたミレイアが身を乗り出した。
「あんた、余りにも無責任すぎる」
ミレイアからは静かな怒りが感じられた。初めて彼女が感情を露にした姿を見せていた。
「そうやって学園から逃げて、シャノンから逃げて、責任から逃げて。あんたの嫉妬心がなければあれは起きなかった事故なんじゃないの? あの子がどれだけ苦しんで、悲しんだか――」
「それは貴方にだって――!」
サブリナは何かを言いかけ、そして口を閉じた。どうにも居心地の悪い空気が場を覆う。
サブリナの証言が本当だったとして、彼女はシャノン殺害など大それたことをするだろうか。今の彼女は見るからに気弱で委縮しきっており、どちらかと言えば後ろめたさから校友会には近づきたくないと考えている。わざわざ学園に出向いて火災を起こすなど考え難い。
どの道、彼女から得られる情報はもう無いだろう。事件当日のことだけ聞いて立ち去ることにしよう。
「最後に、十月十日のお昼頃だけど貴方はどこで何を?」
「二日前、ですか? ええと、確か街の図書館まで行ってました」
何故そのようなことを、と言いたげな雰囲気に違和感を覚える。
彼女のアリバイは図書館へ行けば簡単に確認できるだろう。
得られたのは彼女が本当に二か月前の事故を引き起こしたか、もはや確証を得ることはできないという事実だけだった。
ミレイアに目配せして、出してもらった茶に手をつけることもなく立ち上がった。
部屋を出ようとする間際、サブリナは率直な疑問をぶつけてきた。
「あの、どうして魔導監査の方が?」
「どうして、とは?」
「二か月前のあの事故は特に魔法が関わっていた訳ではありませんよね。……いつか私を逮捕しに訪れるのは警察だと思っていましたから」
「待って、何か早合点してる。私は貴方を二か月前の件で追及しに来た訳じゃない。他のメンバーから連絡は来ていないの?」
えっ、と驚きを見せたサブリナは自身の携帯端末を取り出した。
「後ろめたくてずっとグループの通知をオフにしてたから気付きませんでした……チャットが何十件も入ってます」
「その様子だとニュースもまだ見てないようね」
「ニュース、ですか……?」
クラリエは自分の端末を何度かタップすると、そこに表示されたニュースサイトの記事をサブリナの前に差し出した。
【魔法学園で火事、原因は炎魔法か――】
今月十日午後一時頃、魔法学園ザナイェ内の建物から「炎が出ている」と消防に通報がありました。
火は二時間程で消し止められましたが、焼け跡から一人の性別不明の遺体が発見されました。
出火原因は魔法によるものと見られ、また、学園の在校生であるシャノン・ブーケさん(十九)の行方が分からなくなっており、魔導監査が事件と事故の両面で慎重に捜査を進めています。
サブリナは目を丸くしていた。顔からみるみる血の気が引いていくのが分かる。
「嘘、ですよね? この写真の建物、うちの校友会の――」
「本当よ。私が調査しているのは先の事故じゃなくてこの火事の件。そしておそらくシャノンさんはその火事で――」
「そんな、私はまだ彼女に謝ることもできていないのに」
とうとうサブリナは声を上げ、その場に崩れ落ちるように泣き出してしまった。
クラリエは手帳に何かを記し、そのページを破り取って差し出した。
「これ、何か思い出したことがあれば連絡して」
サブリナはそのまま泣きじゃくり続けていた。そんな姿があまりにも痛々しく、胸が締め付けられてしまう。この状況ではもはやまともな会話は望めなさそうだ。
何も声をかけてやれないまま、連絡先を机の上に置いてアパートを後にした。
「次に行こう。図書館で彼女のアリバイが本当か確認するわ」
気持ちを振り切るようにクラリエはそう呟く。
「彼女、嘘は言ってないと思うけど。部屋にあった本の背表紙に図書シールが貼られていたから間違いなく図書館には行ってるはず」
「よく見てるのねミレイア。その観察力があれば魔導監査でもうまくやっていけるかもね」
冗談めかしてそう言う。しかしミレイアの表情が緩むことはなかった。
この街の図書館は学園の図書館に負けずとも劣らない規模の蔵書を誇る。
クラリエも初めて訪れたが、なかなかに立派な建物だ。
早速だが受付の司書の元へと向かい、身分証をかざした。
「すみません、私はこういった者なのですが」
「はい? 魔導監査……?」
ああ、やはり魔導監査の知名度が低いせいで警察のようにスムーズにはいかない。
一から十まで説明した後、ようやくサブリナの貸出履歴を拝借できた。
十月十日の昼頃――本人の証言通り、火災があった時間帯にも彼女は図書館を訪れており、本を借りている履歴が確認できた。つまり彼女にはアリバイがあったということだ。
履歴を遡ると二か月前の事故――つまりサブリナが休学してからというもの貸出件数が格段に増えていた。
貸出書籍の内容は舞台関係の理論書や解説書が多い。が、その中には身体障害に関する医学書などもいくつか含まれてることに気付いた。
「もしかすると彼女は自らの過ちで主役を奪ってしまったシャノンに償うため、足が不自由でも舞台に立つ方法を独学で勉強していたのかな……」
独り言のように口に出していたが、同意を得られるかと思っていた相手の方を振り返ったが、ミレイアはいなかった。
どこへ行ったのか館内を探してみれば読書コーナーの片隅で何冊か書籍を広げており、こちらに気付いたのか小声で声をかけてきた。
「調べ終わった?」
「どうやら彼女、白みたい。今回の事件に関わっている可能性は薄いでしょうね。貴方は何を調べてるの?」
「この図書館に初めて来たんだけど、興味のある本が多くて。どれも読んだことがなかったから」
見ればいずれもフリッツリートにまつわる書籍のようで、心なしかいつもよりミレイアの言葉も抑揚があるように聞こえる。きっと彼女は頭の先から足のつま先までリートを敬愛しているのだろう。
「あー、私はもう学園に戻るけど、ミレイアはどうする?」
「……こんな時に申し訳ないけど、私はもうしばらくここにいたいかも」
「別に貴方は仕事じゃないんだから構わないわ。そうやって心を休めることも大切よ」
それだけ告げて、ミレイアを残したまま図書館を後にした。
学園に戻る頃には時刻は十七時を回っていたものの、学生達は未だに慌ただしく、しかし楽しそうに学園祭の準備に勤しんでいた。屋台の出店を準備しているところもあれば、あちらは研究発表の展示だろうか。
じっくり見物している時間などないが、やはり祭り特有の賑やかな雰囲気はとても好きだ。
そういった様を噛みしめながら演劇校友会のステージが設けられた広場へ行ってみると、何やら別の意味で騒がしく人々が喚いていた。
校友会の人々は皆一様に斜め上のほうを見上げ、揃って心配そうな顔をしていた。
「馬鹿なことはやめなさい! 今すぐ中に戻って!」
顧問のルクルス先生がその方角を見上げて大声を上げる。
クラリエもそちらを見上げれば男が一人、窓の外側に備えられた耐震補強用の鉄骨に足をかけて今にも投げ出さんと身を乗り出していた。
あの学生には見覚えがある。午前中に取り調べを行った、人工太陽を作った魔法工学科の学生の一人ではないか。
高さは六階、転落すればひとたまりもない。
「これは何事でしょうか、ルクルス先生」
「ああ、ベールルさん。彼を止めてください。ちょっと前からずっとあの様子で退学になるだの人生が終わっただのと騒いでいるのです」
クラリエは顔から血の気が引いていくのが分かった。あの時酷く怯えていた学生は今も絶望と恐怖の表情に満ちていた。少し強く言い過ぎたか、と胸が苦しくなる。
今から階段を駆け上がっていては手遅れになるかもしれない。
一か八か、失敗したら自分も大怪我は免れないだろうが――クラリエは彼の真下あたりに駆け出し、その場に片膝をついてしゃがむ。脚に手を当て、ゆっくりと力を込めていく。
その直後、足元から地面に向けて強烈な風が吹き荒れた。散っていた木葉が舞い、クラリエの周囲に渦巻く。
風魔法だ。特別に得意という訳ではないが、実践程度には扱える。
呼吸を整え、そして地面を蹴った。空気は炸裂し、クラリエの身体を宙高くへと押し上げる。みるみるうちに視界は下に流れていき、とうとう男子学生のいる六階の高さまで到達した。
バランスを崩したらまっ逆さまだ――なんとか均衡を保ったまま、学生の立っている鉄骨のひとつ隣の窓の位置にしがみつくことができた。
学生は驚愕の視線をこちらに向けていたが、正気に返って声を張り上げる。
「来るな! あんたのせいで俺は……!」
憎悪と恐怖の入り混じった目がこちらに向けられていた。
クラリエも身体を起こして鉄骨の上に立つ。足場は細く、風が強く吹き荒れていて髪が大きく靡いた。
「俺らの作った人工太陽は完璧だったんだ! 故障による事故だなんて絶対に認めない!」
「この世に完璧なんてない。自信があるのは結構だけど、それがもたらす危険と結果も鑑みることね」
「考えたさ! 俺は魔巧開発の技術者になるが夢だった。あの装置はその足掛かりだった。そしてあんたのせいで俺は夢を奪われたんだ。許すものか。あんたも、火災の原因になった炎を使ったミレイアも。俺をこんな目に遭わせたシャノンもだ!」
学生は目をぎょろりと動かして睨む。
夢。現実の忙しさに追われ、長らく忘れていた言葉だ。
「ああ、あんたはもう自分の夢を叶えた結果として今の職に就いてるんだろう。もはや人生安泰で素晴らしいじゃないか」
学生は皮肉交じりに鼻で笑う。
確かに魔導監査へ入ることはクラリエにとって大きな目標のひとつだったことは間違いなかった。
だがクラリエは大きく首を横に振った。
「違う、手段と目標が逆よ。夢を叶えるために私は魔導監査に入ったんだ。入ることが最終目標じゃない」
そうだ。自分は人々を助け、救うために魔導監査員になったのだ。
例えそれが過ちを犯し、目の前で命を捨てようとしている相手だろうとも、だ。
クラリエは学生に向かって一歩踏み出す。
彼はぎくりとして後じさるが、後方には鉄骨の支柱が縦に伸びて道を阻み、下がれなかった。
「技術者になるという貴方の夢はとても立派なものよ。それは誰にも否定できないし、否定させない。でも貴方はそれを他ならぬ自分自身で否定しようとしているのよ」
「……」
「都合のいいように聞こえるかも知れないけれど、まだ退学と決まった訳じゃない。貴方の言うようにセーフティは完璧で、第三者が悪用したのかも知れない。技術者の端くれなら、自分のその技術を信じなさい。本当に自分の未熟がシャノンさんを死に追いやってしまったと負い目を感じているのなら、今度こそ間違いを犯さないよう努めなさい」
学生の眼が揺れる。本当は飛び降りたくなどないのだ。ほんの少しでも自責や後悔を抱いているのならきっと彼は正しい道を歩いてくれる。
「でも、俺は……」
ふらりと歩きだそうとした瞬間、突風が彼の身体を凪いでいた。
男子学生は盛大に足を踏み外し、腕を激しくばたつかせる。
地上から見上げていた人々からも思わず悲鳴の声が上がったのを遠くに聞いた。
「危ない――!」
迷っている暇はなかった。クラリエは地を蹴り、彼の方へ身体を投げ出す。
何とか掴まえることができたが、二人とも身体は完全に宙へと浮いていた。
数秒後には地面に叩きつけられてしまう――クラリエは手のひらに全身の意識を集中した。
風魔法でクッションを生じさせられるか? いや、二人ぶんの体重を確実に受け止めきれる保証はない。
ならば光だ。光を集めるんだ――!
クラリエの最も得意とする魔法、光のバリアだ。不可視の光を集結させたそれは誰にも視認できないが、クラリエには分かる。あとは激突の衝撃力に耐えてくれるのを祈るだけ――。
間髪容れず、二人は大きな音を立てて衝突し、地面を転がっていた。
ルクルス先生と数人の学生らが急いで落下地点に駆け寄った。
クラリエは顔をあげる。男子学生はすっかり伸びてしまっているが、息はある。
「私は大丈夫、彼を保険医のところまで連れていってあげて」
光のバリアは衝撃を吸収してくれた。しばらくは鞭打ちに苦しむだろうが、命に別状はないはずだ。
クラリエも立ち上がろうとする。転びそうになったが、不意に背中に腕が回されて身体を支えてくれた。
「肩を貸そう、ベールル君。君の勇敢な行動には感謝しかないな。あの学生の命を救ってくれてありがとう」
「アズ先生……」
アズマイル・ブーケも騒ぎを聞きつけて来ていたらしい。白衣を纏ったその女性に肩を貸してもらい、「こっちだ」と導かれるまま騒然とする現場を後にした。
ふらふらとした足取りでたどり着いたのは、昨日も訪れたアズマイルの研究室だった。
相変わらず誰もおらず、ソファへ座らされた途端に力が抜けたようにへたり込んでしまった。
「さっきはよくやったな。シャノンもきっと、これ以上誰かが死ぬなんて望んじゃいない。彼ももう飛び降りなどという馬鹿な真似はしないだろう。本当に怪我はないか?」
「ええ、平気です」
「そうか、なら良かった。……身を案じてやりたいところだが、今はどうしても訊かなければならないことがある」
ここからが本題といったようにアズマイルは鋭く切り出した。
「さっき彼が喋っていた話は事実なのか?」
「喋っていた話とは、何のことですか」
「おい、誤魔化すのはよせ。全部聞いていた。人工太陽などという装置があることも、それにライツ君が関わっていることもな」
やはり聞かれてしまっていたか。まだ彼女には伝えるつもりではなかったのに。
ああ、今日は何もかもが上手くいかない日だ。
観念したようにクラリエはその事について詳細に語った。校友会の倉庫に置かれていた、直径三メートルの火球を生み出す装置と、それに使われている炎魔法の出処についてだ。
「ああ、それはとても危険な装置だな。クソ、なんで専門家である私に意見を求めなかったんだ。一歩間違えば――というか、間違った結果この火事が起きたんだろう。建物の惨状からしてもそれしか考えられない」
「問題は誰が何の意図でその装置に電源を入れたかです。意図的に入れられたのか、あるいは単なる事故で作動してしまったのか」
「あの日たまたま事故が起きたとは考えにくい。シャノンがあの場に居たということは無関係のはずがないからな。何者かがシャノンを倉庫に呼び出したか、あるいは別の場所で襲われたのちに運び込まれたか。どちらにせよ事件性は高いと考えよう」
アズマイルは冷静にそう分析した。つまり、これは歴とした殺人事件だと言いたいのだ。
考えようとすると頭がふらつく。軽い脳震盪でも起こしているのだろう。
揺れる視界に耐えながらクラリエはもうひとつ可能性を提示していた。
「シャノンさんが、自らあの装置の電源を入れたとは考えられないでしょうか」
先輩が言っていた『シャノン自殺説』のことだ。
人工太陽の火力を借りれば、己の炎魔法でなくともあの惨状を作り出せるかもしれない。
いやしかし、そう発言してからシャノンが車椅子で二階を訪れていた謎が解けていないことを思い出した。訂正しようとしたが、アズマイルはそれを受けて言葉を発した。
「シャノンが加害側だった、と。馬鹿にするなと一蹴したいところだが、どうにもその可能性も切り捨てられそうにない」
アズマイルはやるせなさで大きくため息を吐いた。
「シャノンは校友会を潰そうとしたのかもしれない。身の自由を奪った場所と、関係者への復讐という訳だ。尤も心優しいシャノンがそんな事をしたなどという話信じたくないがな」
「しかし、それではシャノンさんは――」
言いかけた言葉を遮るようにアズマイルは割って入った。
「言いたいことは分かる。火を放ったのがシャノンだとすると、彼女の死んだ理由がつかないんだろう? 放火して捕まればシャノンはただの悪人だ。だが、美しいままに焼かれて死ねばそれは悲劇のヒロインでいられるだろうよ」
冷静ではあるものの、言葉の節々に棘と怒りが混ざっているのをひしひしと感じた。
実の妹がそのようなことを行ったというショックは計り知れないはずだ。
「どちらにせよ実際に建物はその人工太陽の炎に飲まれている。だとしたら、私はそんな装置を作り上げた彼らを到底許すことができない。そんなもの無ければ、シャノンは死なずに済んだかも知れないんだからな」
苛立ちを隠せないアズマイルは懐から煙草を取り出して咥え、指を立てて火を点けようとする。
その直後、アズマイルの指先から天井まで届くほどの火柱が吹き上がり、危うく天井を焦がしかけた。一瞬驚きながらも悪態をつき、その人差し指を振り払って鎮火させる。
「クソ、腹立たしい……」
煙草を咥えたまま、もごもごと呟いた。
心の乱れによる魔法の制御不良。素人のやりがちなミスだが、彼女の今のメンタルを推量してみれば無理もない。
見かねたクラリエは同様に自分の指先へ火を灯し、彼女の咥えた煙草に近づける。アズマイルはそれを甘んじて受け入れた。
煙を肺いっぱいに吸い込み、気持ちもやや落ち着いたと見える。
「アズ先生……」
「悪いが一人にしてくれないか。今は……何も話したくない」
「どうか、気をお確かに」
「分かってる。ああ、分かってるさ……」
物憂げなアズマイルの背中をよそに、ふらつく足取りでクラリエは黙って研究室を出た。
やりきれない思いに胸が軋むように痛んだ。
ただ、今日の出来事はクラリエの心をかき乱すには十分すぎるものだった。
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