第4話 蝶のメイドと虎のメイド

御屋形様と呼ばれる私を買った大資本家ブルジョワは、何か用事があって居ないらしい。

私の強姦刑執行が先伸ばしされたところで、どうなるわけじゃないけど、少しほっとしている。

満腹になって、温かい部屋で眠りにつくと気持ちいい。

温かい上質なフトンが気持ち良すぎて、寝過ごしてしまった。

気付くと、蝶子の怒声が響いていた。

「起きなさい、いつまで寝てるの!」

勢いよくフトンを剝ぎ取られ、飛び起きると外が明るい、寝すぎた。

蝶子は自分の腕時計を指さして怒鳴った。

「今何時だと思ってるの、五時五十三分、六時までに身支度整えて、食堂に来ないと朝ごはん抜きよ」

私はあわてて飛び起きてパンツをはいた。

蝶子は変なモノを見る目をしていた。

「あんた、なんで全裸で寝てるの?」

当然のことなので、少年団ピオネールの上級者に答えるみたいに答えた。

少年団ピオネールの規則に従い、夏は全裸で寝ます」

蝶子はあきれた顔をしていた。

「ソビエトって、それが普通なの」

私が下着を身に付けていると、再び腕時計を指さして怒鳴った。

「五時五十五分」

大慌てで資本主義の国ではメイド服と呼ばれる服に着替えた。

少年団ピオネールでもらった赤いスカーフを締めるのが間に合わなくて、階段を駆け下りながら首に巻いた。

ギリギリ一分前に食堂に到着した。

外が完全に明るい、もう9時ぐらいなのかと思ったけどまだ6時だった。日本は3月でも真夏並みに日の出が早いみたい。

今朝はメイとターニャが食事当番で中華粥が出てきた。

お粥なのに、いろんなものが入ってる、ソバカーシャとは大違いだ。

メイド長の並木美壽々みすずが私に命令してきた。

「蝶子と一緒に朝の掃除をしなさい」

「承知いたしました、並木さん」

日本語で敬語を使って返事をしたつもりだけど、なぜか怒られた。

「イリーナ、いいですか、私の事は美壽々みすずと呼びなさい」

「私たちメイドに身分はありません、敬称もありません、メイド同士はお互いに呼び捨てです」

私は思わず口に出してしまった。

「メイドに身分は無い」

衝撃だったけど予想すべきだった、この女は資本家の奴隷だから、私から人権も尊厳も奪おうとしてるんだ。でも、私も大資本家に買われた奴隷だし、私が逆らえばお父さんやユーリーが困る。

怒りを押し殺して謝った。

「申し訳ございませんでした、美壽々みすず」 

美壽々みすずは「よろしい」とだけ短く答えた。

なんとなく建物の構造が解ったけど、ココには12部屋が三階で36部屋ある共同住宅みたいだった。そこに今は13人しか住んでいないらしい。

一階には共同食堂に厨房があって、奥には洗濯場と広いお風呂もある。

空き部屋の方が多くてもったいないけど、なんでこんな構造なんだろう?

蝶子は先輩らしく私に指図してきた。

「付いてきな」

蝶子についていくと、洗濯場と反対側のドアを開けた。

無機質なコンクリートの部屋にいろんな道具が並んでいた。

「ココに掃除用具が置いてあるから、整理整頓しないと美壽々みすずにひっぱたかれるからね」

資本主義の世界には体罰があるんだ……

「ゴミはそっちの箱に放り込んでおけば自動的に消えるから、ゲロとか流す物はそっちに流しな」

私ってゲロでイジられるんだ……

蝶子が指さした物は何て言うのか、巨大な便器みたいな感じで、レバーを倒すと汚物を下水へ流してくれる設備みたいだった。

 私は蝶子に言われて、ゴム手袋をして、バケツとモップを持った。

この部屋は入ってきたドアと反対側の奥に大きな鉄製の扉がある。

蝶子が鉄の扉を開けると、ここから先は木造の建物になっていた。

よく見ると鉄の扉の表には、木の板が張り付けられて、奇麗に整えられている。

天井が高くて、壁には奇麗な彫刻があって、この扉から先が大資本家ブルジョワジーが住む宮殿なんだと一目でわかった。

奴隷のエリアと、大資本家ブルジョワジーのエリアが、鉄の扉で区切られているんだ。

 蝶子は長い廊下を見てため息をつくと、私に指図した。

「じゃあ、イリーナはあそこに落ちている物を片付けて」

蝶子が指さした先を見ると、どうみても糞尿にしか見えない物体が、廊下に水たまりを作っていた。

蝶子は私に指図すると、布を手に廊下の窓ガラスを拭き始めた。

私が廊下にぶちまけられた糞尿を前に、困惑していると指図してきた。

「ほら、早く、固形物は手で取ってバケツに入れて、裏に捨てに行く、後はモップで奇麗に拭く」

私は資本家の豚小屋で、汚物にまみれてでも生きる覚悟だったけど、

それは比喩で、本当に汚物まみれになるとは思わなかった。

 手袋をしているとはいえ、仕方なく汚物をつかんでバケツに入れた。

すごい沢山ある、資本主義の豚は本当に豚みたいに貪り食って、汚物を垂れ流しているんだ。

文明的にトイレを使わず、廊下に垂れ流して、私たち奴隷に掃除させる。

偉大な先人達が粛清した資本主義の豚って、本当に豚だったんだ。

偉大な祖国に資本主義の豚が居なかったことを、先人に感謝した。

バケツが汚物で一杯になったので、奴隷エリアにある汚物捨て場に流して、戻ってくると、信じられない物を見て心臓が止まりそうになった。

蝶子が大きな虎に襲われていた!

甘かった、私は性奴隷じゃなくて、猛獣の餌にするために買われたんだ。

お父さん、お母さん、ユーリー、せめて、もう一度だけ会いたかった……

ユーリー、帰れなくてゴメン……

自分が死ぬ恐怖より、ユーリーとの約束を守れない事が悲しくて、涙がこぼれた。

その時、虎に襲われている蝶子が、廊下の奥に向かって叫んだ

「セシル、こっちが片付かないじゃない、そっちで餌やって」

廊下の曲がり角からセシルが現れた。

「ゴメンなさい」

セシルは大きな虎の首をつかんで引っ張っていった。

よく見ると虎には首輪が付いていた。

蝶子はどこも怪我している様子がなく、平然と掃除を再開した。

蝶子は涙を流して、立ちすくんでいる私を見ると「あっ」と声を上げた。

「ゴメン、言うの忘れてた、この家っていろんな動物飼ってるの。今の虎は税金対策に放し飼いになってるだけで、巨大な猫みたいな物だから、大丈夫だから」

私が涙を流して震えているのを見て、必死で慰めてきた。

「人になれてるから、怖くないから、本当に大丈夫だからね」

蝶子は申し訳なさそうに言った。

「後は私がやっておくから、まずは着替えてきなさい」


私は廊下に2つ目の水たまりを作っていた……


 私がトボトボと奴隷エリアに戻ると、食堂を片付けていたターニャが私の異常に気付いた。

「コイツ、漏らしたのかよ……」

私はゲロ女ルヴォートナヤに続いて、お漏らし女ピサーユシャヤの汚名まで手に入れてしまった。

あれ、日本語で汚名スティグミは汚い名前って書くよね、これが本当の汚名なのか……

メイが厨房から出てくると泣き顔の私に優しくしてくれた。

「お風呂に入るアル」

メイは私をお風呂に入れてくれた上に、洗濯まで引き受けてくれた。

朝から贅沢に、温かい広いお風呂に入ると恐怖に震えた体が落ち着きを取り戻した。お風呂から出るとメイは私の服を洗濯機にかけていた。

「下着貸してあげるからコレ着るアル、メイド服は花子から借りたアル」

メイは優しく着替えまで用意してくれた。

なんか、優しく指導してくれた青年団コムソモールのお姉さんみたい。

そう感じた時、重大なことに気づいた。

メイは中国人だって言ってた、私と同じ共産主義者なんだ。

プロレタリアートなんだ。

だから優しいんだ!

私は同志がいたことに感激した。

メイは私の下着をみて優しく語りかけてくれた。

「コレ、穴が開いてるから、新しいの買うアルね」

私は気になる事を聞いてみた。

「服の配給はいつ来るのでしょうか、私の配給券タロンは何枚もらえるのでしょうか?」

メイは首をかしげて変な顔をした。

「配給? デパートの外商に頼めばすぐに届くアルよ」

ガイショウ、日本語が間違っていたのかな?

私が日本語の間違いに悩んでいると、メイは優しくお世話してくれた。

「そっか、イリーナは学校に通うから、制服とか文房具も必要アルね、今日の午後、外商の人に来てくれるように、頼むアル、服とか日用品なんか、必要な物を頼むアル」

なんとなく、物資の配給をしてくれる人の事を、日本語で外商と呼ぶことが分かった。呼べばすぐ来てくれるのは助かるけど、気になる事があった。


「資本主義の国は、お金が無いと何も手に入らない」


お母さんが資本主義の国はお金が無いと何もできないからって、苦労して貯金した2万ルーブルもの大金をくれた。

お母さんが苦労して貯めてくれた、お金を資本家に搾取されるわけにはいかない。

賄賂を要求されたらどうしよう。

粗悪品を売りつけられたらどうしよう。

私は外商にいくら払わないといけないのか、気になって仕方がなかった。

メイに一緒にいてほしかったけど、メイは学校があるから、一人で外商に立ち向かわないといけない。

 午後2時ごろ、大資本家ブルジョワジーの部屋の床を磨いていた私を美壽々みすずが呼びに来た。

デパートの外商と呼ばれる資本主義の国の配給官僚が来た。

配給を管理する役人は不正が最も多い仕事で、横領や横流しが日常茶飯事だし、賄賂を要求するのも当たり前で、お父さんはいつも苦労していた。

それでも私たちの街は上級倉庫管理者が真面目な共産党員で不正に厳しかったおかげで比較的良い方だったと聞いている。

 食堂で待っていた外商は青いスーツ姿の年配の女性だった。

「始めまして、木下百貨店きのしたひゃっかてん外商部がいしょうぶ木下きのした信子のぶこと申します」

彼女は名乗って名刺を出した。

柔らかで上品な物腰だけど資本主義者は平気で噓をつく、詐欺師だから信用ならなない。

美壽々みすずが外商の女に言いつけた。

「当家のイリーナが学校に通うために必要な物、一式をお願いします」

外商の女は笑顔でポケットから巻き尺を出した。

「寸法を測りましょう」

私の体の寸法を測りだした。

私はおとなしく寸法を測られたけど、問題はこれからで、資本主義者がどんな要求をしてくるのか見当がつかなかった。

「すごい、お奇麗ですね、足は長いし、ウエスト細いですわね」

外商の女はお世辞を言ってきた。

自分が美人だって自信はある、だから資本主義の豚はお父さんに奴隷として、差し出すように要求したんだと思う。

外商の女は紙に配給物資のリストを書き始めた。

 無料で支給されるはずだった高等党学校の制服は、お父さんが担当官僚に賄賂を渡したのに貰えなかった。

資本主義の国だと、やっぱり金を要求されるんだろうな。

外商の女は配給物資のリストを書き上げると、私に他に何か必要な物はないかと聞いてきた。

リストを見ると学校の制服に、メイド服に、下着から、靴に文房具まで沢山並んでいた。

これだけの物資が届くのに何カ月待つんだろう、今年中に届くのかな?

何か追加で要求すべきなのか悩んだけど、このリストには値段が書かれていないことに気づいた。

追加要求すれば値段が跳ね上がる、物資不足の生活に慣れている私は多すぎると思って、ブラウスとか靴下とか複数ある物を減らした。

美壽々みすずは私が訂正したリストを見ると、逆に数を増やした。

それどころか追加要求を出してきた。

「普段着用の服も、少しオシャレな若い子向けをお願いします」

「それにパジャマもお願いします、あとは目覚まし時計もお願いします」

この女、資本家の奴隷は、私から全財産をむしり取る気なの、お母さんが苦労して貯金してくれたお金を奪う気なの!

「かしこまりました」

外商の女は丁寧に返事をした。

コイツらグルで私の全財産を奪う気だ!

外商の女はカタログを出した。

「普段着はこちらでいかがでしょう」

いろんな服が並んでいるけど、この中で本当に配給してもらえる服はどれなんだろう?

ふと、赤いワンピースが目にとまった。

値段は十八万七千円と書いてある。

一万円が何ルーブルなのか分からない。

ターニャが3年かけて貯めたお金で500百万円の車を買ったと言っていたのを思い出した。

ターニャは月給が30万円だって言ってた、管理職だったお母さんが月給650ルーブルだったから30万円は600百ルーブルぐらい、ターニャの窮屈な車は安いから1万ルーブルぐらいで買えるんだ、1ルーブル五百円ぐらいだね。

資本主義の国はインフレが激しいから、数字が大きくなってるだけだと納得した。

配給切符があればソビエトでも400ルーブルで買えそうだし、奴隷用の服なんだから安物に決まってる。

しかし、資本家に搾取されるのは耐えられない。

でも、400百ルーブルなら安い……

いや奴隷用の安物、すぐに破ける……

それでも、一度でいいから着てみたい……

私は赤いワンピースが気になって目が放せなかった。

カタログを凝視して悩んでいると美壽々みすずが指をさした。

「コレもお願いします」

外商の女は愛想良く返事をした。

「かしこまりました」

これ以上追加されるわけにはいかないと思って、終わりにしてもらった。

「すぐにご用意いたします」

外商の女は愛想良く返事をして帰っていったけど、いくら払わないといけないのか教えてくれなかった。

一万ルーブルぐらい取られるんじゃないかと、心配になった。

私は全財産を資本家にむしり取られるかと、不安になって、美壽々みすずに支払額を教えるように迫ったけど、教えてくれなかった。

「必要な物はすべて、御屋形様が与えてくださいます」

「給料から天引きされる事は、ありません」

資本主義者にとって、御屋形様は党みたいな存在なのかな?

私は本当にお金を払わなくて、大丈夫なのか不安になって、自分の部屋の床に敷き詰められた8枚あるカーキ色の板タタミのうち、3枚をはがしてお母さんからもらったお金を隠した。

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