○○病院
優たろう
第1話
「〇〇診療所……」
入口にあった看板を読み上げる。使われていたペンキは木目に吸われて読むのがやっとだった。「病院」を期待していたのでちょっとがっかりする。8月の蒸し暑い夜、肝試しと言えば廃墟の病院と決まっている。
確かに裏のばあさんは「○○病院」と呼んでいたんだけどな。
裏のばあさんはばあさんらしく病院にはやたら詳しい。「准看護師と正看護師の違いは」とか、「病院とクリニックの違いは入院用のベッドが20個以上ある」とか。よく知っていた。
「しょうがないか。すぐに終わらせよう」
ハンディライトのスイッチを入れる。ぼんやりと見えていた診療所の建物の輪郭がはっきりする。2階建ての木造。1歩2歩と近付く。近付くとそれが想像より大きいことに驚く。
ライトで2階の窓を照らす。唾液で喉が鳴る。一人で来たことを後悔する。夏休みの話題作りにしては本格的すぎる。ミーンミンと蝉(せみ)が鳴く。バサバサと野鳥が羽を鳴らす。もう一度ライトで建物を見回す。多少の蔦(つた)が巻いているが、入るには問題なさそうだ。
暑いが蜘蛛の巣が気持ち悪いので、ぶつぶつの付いた軍手をはめた。厚いガラスの扉に手をかける。鍵が掛かっていたら帰ろう。その期待に反して、扉はいとも簡単に開いた。
右足、左足と中に入ると、首元に寒気が走る。院内の方が少しだけ気温が低かった。両手を離して前を向く。ガチャン。背中の後ろでガラスの扉が閉まった。驚いて段差に足を取られる。当時はここから上が上履きだったようだ。横の靴箱に緑色だったと思われるスリッパが置いてあった。そのスリッパが営業中のようにまっすぐ並んでいて気持ち悪い。土足のまま進む。
2歩、3歩、4歩と進む。固くて冷たくて滑る床が医療施設らしい無機質感を漂わせていた。
右から視線を感じる。
「だれ!!」
視線を感じて右を向くとそこには診療所の受付があった。最近は見かけなくなった透明の診察券入れも当時のままになっている。ライトをそちらへ向けると誰もいないので奥まで一直線に光が通った。空気中の塵(ちり)が光線の中を素通りしていく。普段は見ることもない受付のバックヤードに興味がわいたが覗き込む気は起きなかった。きゅっきゅっ。受付を避けるように左の壁に沿って歩く。
廊下を進むと待合室に入った。フローリングの床に革張りの長椅子が3つ平行に並んでいる。ライトでひとつずつ照らす。こげ茶色の革のあちこちにひびが入り、奥にある長椅子は表面が裂けて中の綿がはみ出している。左手で押してみると、ギュッと音がした。手のひらに白い粉が付いた。ハーフパンツで拭った。
タカシくん……
名前を呼ばれて振りかえる。
そこには診察室があった。そこの電気が点いて、すぐに消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます