第四夜「鏡に映るのは、バレー部の誰かじゃない」
「じゃあ……第四夜の話を始めます」
蝋燭の炎が、ゆらゆらと揺れた。誰も動いていないのに、なんだか妙に湿った空気が漂ってくる。
――あれは、部活の合宿で使った体育館の鏡と関わってしまった日のことだ。
最初にそれを目にしたのは、合宿最終日の夜だった。
俺はバレー部で、その日は体育館のステージ裏にある大きな鏡の前で、フォームの確認をしていた。
鏡は少し古くて、端っこが黒く変色している。
自分の姿を映して、スパイクのフォームをチェックしていたら、ふと、鏡の中の俺が、俺と違う動きをした。
俺は腕を振り抜いたのに、鏡の中の俺は、腕をゆっくりと、上の方に伸ばした。
その動作が、あまりに不自然で、なんだか妙に気味が悪かった。
その時、ふと、不思議な匂いがしたんだ。部室の汗臭い匂いじゃない。
もっと、こう……金属が溶けたような、錆びた匂い。
ああ、これ、前に祖父の家の庭で、古びた鉄製のバケツを叩き割ったときの匂いだ。あのとき、金属片が飛び散って、血の匂いが混じった鉄の匂いがしたっけ。いやいや、待て待て。あの時の匂いはもっと鋭かった。この鏡からするのは、もっと重くて、ねっとりしたような……。
いや、話が脱線した。
とにかく、その鏡の中の俺は、俺と違う動きをする。
俺がそろそろ帰ろうと身支度を始めた、その時だった。
鏡の中の俺が、ゆっくりとこちらを向いた。
いや、どう表現すればいいんだ?
俺の顔なのに、ぬるっと動いてこっちを向いたんだ。
顔の筋肉が、ギシギシと音を立てる。
まるで、あの昔の蝋人形が、ゆっくりと首を動かすときの音みたいだ。
そして、鏡の中の俺の目は、真っ黒な空洞になっていた。
…いや、目じゃない。空洞だ。
その空洞が、真っ黒な空洞になっていた。
なのに、そこからこっちを“見ている”のが分かった。
その瞬間、耳の奥で「コツ……コツ……」って、鏡に爪を立てるような音が鳴り始めた。
俺は怖くなって、その場から逃げ出した。
でも、足音はずっと後ろからついてくる。
階段を駆け下りても、校門を出ても、耳の奥の「コツ……コツ……」は止まらなかった。
家に帰って布団をかぶって、やっと音は消えた――はずだった。
けど、今もたまに夜中に聞こえるんだ。
眠っていても、耳の奥で……ほら、今も。
語り終えると同時に、蝋燭の炎が消えた。
第四夜が終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます