旅の終わりと槽の魚

@Takama_Reiten

第1話

 俺は自由であった。何もかもから解放され、人からの指図も無く、俺はただ俺の思うがままに生きていけた。

 別に張りとか幸福感とか、そういうのがあった訳じゃない。ただ、その道が唯一自分の歩める最良の道だと思っていたのだ。

 そして、その夏も俺は自由であった。


 右には鬱蒼とした草やぶ。左には光を得ようと目いっぱい背伸びした木々。そして目の前には晴天の青と陽炎。背後からは太陽が照りつける。

 蝉の声がグロッキーな俺を嗤うように一層大きな声で大合唱を続ける。指揮者は誰だ。セミを呼び覚ます暑い太陽か、あるいは額にデカいタクトを構えたカブト虫か。それが誰だろうが後で潰してやる。

 ……さて、その指揮者を潰すにはまずここから生き延びないと。何てったってここは見知らぬ土地の山のど真ん中。しかもこの猛暑。

 目的地としていた秘境の温泉はまだだろうか。夏の20㎞を舐めてかかっていた。こんなことになるならばたかが100円をケチらず水をもう一本購入していれば良かったな。

 ポケットからスマートフォンを取り出し番号を打つ。……圏外。最後の頼みの綱も無慈悲に断ち切られた。

 となれば後は死を待つのみかな。どうせ死ぬならじわじわ焼かれるのではなくぶっつりと意識が飛んでしまうのが良かった。

 ついに足が力を失い俺は膝から崩れ落ちる。こうなると生きたまま熱された地面と太陽の両面焼きである。

 こうなるともう脳の方も勝手に諦めをつけてしまい、どこもかしこも動いてくれない。視界も霞み始めた。

 このまま俺は、肉体からも解放されてしまうのだろうか……

 程なくして俺の意識は闇へと消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る