人間と植物
@Teturo
人間と植物
この夏、あなただけの“好き”を届けよう。のお祭りに参加させて頂きます。いくつか参考に皆さんのお話を拝見させて頂きましたが、拗らせている方が結構いらっしゃいますねぇ。
僕だけの“好き”は固定種野菜類の栽培です。今年の夏は暑過ぎて早朝に作業をして、会社に行くようにしています。休日に同じ時間帯、同じ事をすると本当に死にそうになります。皆さんも熱中症には気を付けてくださいね。
汗のかき方が尋常ではなく、作業している段階で、自分が臭くなって行くのが分かるんですよ。
固定種野菜類の栽培なんて、急に言われても何の事だか分かりませんよね? ただ詳しく説明するとマニアック過ぎて、読み飛ばされてしまうことが予想されます。そこで、さわりだけ簡単に解説させて頂きます。
今、家庭菜園でも経済栽培でも使用されている殆どの種子は、F1種と呼ばれる雑種強勢の種子となります。これは簡単に言うとA雄株×B雌株=Cと言う自然界で、なかなか自然には出来ない掛け合わせを行っている品種の事を言います。
Cという野菜は形が良かったり甘かったり、耐乾性や耐病性に優れている形質を獲得しています。簡単に書きましたが、野菜の掛け合わせ数はほとんど無限にありますから、その中から優れた形質のCを獲得する事は、非常に困難です。
ですから種苗会社では優れたCを獲得するために、大変な労力と資金を注ぎ込みます。また遺伝子組換技術を使うと、より一層……
(これ以上はマニアック過ぎますよね。中略いたします)
そういう野菜の反対を固定種と言います。簡単に言うと育てた野菜から種を取って、それを繋いで行くことが出来る品種です。それでも自然の影響か、神様の力によって、違う形質の子孫が出来たりするんですけどね。
しかしF1種から種を取っても、同じようなCという野菜にはなりません。それは皆さんご存知の通り、そもそもメンデルの法則では……
(……中略いたします)
僕がやっているのは趣味の家庭菜園です。生意気な子供たちが就職し、家を出て独立するのと同時に始めました。やって見て初めて分かりました。子供を育てるよりも、野菜を育てている方が楽しいし気が楽です。何しろ僕は小学生だった彼らに口喧嘩で負けてしまう位、コミュ障なんですから。
それに実は僕、農学部出身なんですよね。ですから実技が全く追い付いていない、頭デッカチな理論家です。
でも住んでいる所は造り酒屋や有機農家が多い土地柄で、呑み友達に何人かそう言う農家の方が居らっしゃいました。その方から頂いた枝豆や蚕豆の美味しさに惹かれて、家の近くの放棄された畑を借り菜園を始めたのです。
頭デッカチな僕が、まず初めに手を付けたのはネットや書籍による資料収集です。今は何でもネットで十分な情報収集が行えますが、図書館などに眠る篤農家の古い書籍は大変に貴重です。農薬や化学肥料を使わない栽培方法の大変さが、やる前からのし掛かってくるような気がしました。
でもどうせ趣味でやるなら無農薬・無化学肥料栽培ですよね。ちょっと専門的になるのですが、野菜を栽培するにはどうしても窒素(N)、リン酸(P)、カリ(K)を補う必要があります。実は無肥料で栽培するという流派もあるのですが、実技の追い付いていない僕にはちょっと高度過ぎるようでした。
そこで米糠を使ったボカシ肥を作ることにしました。米糠の乳酸発酵で良い肥料になるようです。しかしなんですね。種を蒔くより先に説明する事が多過ぎます。このお話の制限文字数6000字で収穫まで辿り着けるのでしょうか。
「F1種の方が美味しいし、綺麗じゃない」
嫁も農学部出身(僕よりも遥かに偏差値の高い学校の修士中退!)ですが、僕の行為に否定的でした。農薬を使いませんので、葉物野菜は大量発生したナガメ(カメムシの一種)などに吸汁され真面に育ちません。
またキュウリなどの瓜科の作物にはウリハムシに集られ、苗の段階で枯れてしまう事が多かったです。
またナス科の野菜(ナス、ピーマン、トマトなど)は温室でもない限り、種子から育てる事は時間がかかり過ぎてできません。やっと畑に定植する頃には、周りの人々が収穫を初めています。
種子から栽培したナスなどが収穫できる頃には秋になっていて、とてもではありませんが夏野菜を楽しめる感じにはなりませんでした。ですから初年度以降、残念ながらこれらの野菜は苗を買っています。
でも良いこともあるんですよ。僕が住んでいるこの地方には、在来種で固定種の大豆があります。呑み友達から種子を分けて貰って畑に蒔くと、ビックリするくらい美味しい枝豆が取れるのです。
どうやらこの大豆は痩せた土地に合う品種らしく、特に手をかけなくても大収穫でした。
「枝豆だけでお腹一杯になりたい」
という、僕の夢を叶えてくれたのです。本当にビールと枝豆を丼一杯食べました。お店で食べたら、幾ら位掛かるのでしょうか。種子も貰ったものなので、人件費以外は只ですから嬉しかったです。
まぁ、その翌日は大変な胸焼けになりましたが。(大豆は食べ過ぎると、酷い下痢になる時があります。要注意です)
ただこの大豆、日長に敏感で七月上旬に種蒔きとなります。それより前に播種すると植物体ばかりが大きくなって、種子が付かない性質があるのでした。真夏の生ビールの、お供になれないのが若干残念です。
それからこちらの伝統野菜でノラボウ菜という、アブラナ科の蔬菜があります。八月頃に種子をそのまま畑に蒔いても良いのですが、柔らかい発芽したて双葉がナガメの格好の餌食になるので僕は苗を作って、それを定植しています。
厳しい寒さの冬の間に身体を大きくして、春先に新しく出た新梢や花芽を詰んで食べます。これが売っているアスパラガスよりも美味しくて、初めて食べた時はビックリしてしまいました。
栽培を始めた時にはレタスや白菜も作ろうと頑張りました。でも直射日光に当たるレタスは、葉を固くし同じ植物とは思えないほど苦くなってしまいました。
また白菜は様々な害虫に集られて、人間の為に作っているのか、虫の為に作っているのか分かりません。木酢液などを振りかけては見ますが、農薬ほどの効き目はありませんでした。やっぱり世界中の頭の良い人たちが、人生を賭けて作っている薬なんですものねぇ。
さて、お話は少し変わります。
私の父親くらい歳が離れた方が、呑み友達にいます。大変な食通で美食家の方でした。長年、銀座で洋食のコックさんを務められ、田舎のこの町に移住されてきたのです。
週に一度くらい、町にあるビール屋さんでお話しさせて頂くのですが、日本農業とヨーロッパ農業の違いについても教えて貰いました。特に果菜類(ナスやトマト、トウモロコシのように実がなる野菜)について言えることですが、日本では一年中スーパーに並び、全ての形が揃っています。見ているだけでも綺麗で楽しいですよね。
ですがヨーロッパでは少し位、形が崩れていても気にしません。どうせ切って食べるのですから、色が悪い所は切り取れば良いとのことでした。その代わりに野菜の旬には気を配っているとのことです。
温室で作るよりも、露地で普通に栽培している物の方が人気が高いとも言っていました。
そのお話を聞いて、どうして手間のかかる固定種栽培を続けることが出来るのか、僕にもボンヤリと分かって来ました。
栽培時期は限られてしまいますが、土地に合った昔からの野菜って美味しいんです。お酒のアテにもピッタリですし、食べて美味しいと言って貰えれば、次に栽培する意欲も湧いてきますし。
また小難しいお話になりますが、植物には様々な気候に適応できるように、普段なら使わない様々な遺伝子を取り込んでいます。
その為に少しくらい水が足りなくても、変な病気が蔓延しても生き残る個体が存在するのです。僕がそう話すと、呑み友達は言いました。
「今の人間は偉そうに植物を管理していると思っている。でもなぁ。千年くらい前は普通に餓死してしまう人間がいたんだぞ。今の世の中でだってそうだ。紛争やら戦争で、満足に喰えない奴らがいるだろう。バカみたいな人間なんかより、植物の方が適応能力があって偉いんだ」
ビールのグラスを傾けながら、偉そうに曰います。
「あぁ、そうなんですねぇ(ビールが美味しいな)←心の声」
「この前、君に貰った枝豆だけどね」
「お口に合いましたか?(次は何を呑もうかな)」
「甘過ぎる」
「へ?(オジさん、なに言ってんの)」
そう言えば前回、彼にお会いした時に枝豆を差し上げたのでした。胡散臭そうな顔で受け取っていましたから、味見もせずにほっぽらかしにしているものと思っていました。味見をして頂けただけでも、良しとしなければならないのですかねぇ?
それにしたってお金は取っていないのですから、そんな言い方は無いと思いませんか? それに枝豆は甘い方が美味しいと思うんですけど。
普通の方なら腹を立てて、会話が終了してしまう所です。僕はヘラリと笑って答えました。
「すいませんねぇ。
それを聞いた呑み友達は、ニヤリと笑ってまた偉そうな事を話し始めるのでした。
家庭菜園は僕の知的好奇心を刺激してくれ、楽しい友達も作ってくれる素晴らしい趣味です。
件の呑み友達は今月亡くなりました。もっといろんな野菜をあげれば良かったです。きっと何を差し上げても、嫌味しか返してくれなかったでしょうけど。
僕も歳を取って、そのうち菜園なんか出来なくなるでしょう。でもその時が来るまで、固定種の種を繋げてどんな変異株が出現するか、楽しんで観察して行こうと思います。
彼が言うには、人間よりも植物の方が偉いんだという事ですから。
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます