かぐや姫の孫 地球編

 ――月の裏側。


「おひい様が出発してから二十四時間が経とうとしていますが、連絡がありませぬ! おひい様の身に何かあったに違いありませぬ!」

「かぐや様! いかがなさいますか!」


 宮殿は慌ただしかった。思わぬ事態に兵士たちも混乱している。

 かぐやは椅子の肘掛けを握りしめ、わずかに目を伏せた。


「地球へ捜索部隊を派遣します。念には念を入れ、予備のポッドも搭載するように!」

「はっ!」


 カグラは生きている。

 そう信じた。いや、信じる以外に、この胸のざわめきを抑える術はなかった。




 ――地球。


 二人は裏山の頂上にいた。


「では、私はここで通信機の修理をしている」

「大丈夫かなぁ。人が来てもちゃんと対応できる?」

「問題ない」


 カグラは腰から銃を抜き、構えた。


「これで消せばいいのだろう」

「ダメに決まってんだろ!」

「まさか、この私が人を殺すと思ってはおるまいな。安心しろ。消すのは記憶だ」

「記憶も消しちゃダメぇ! この学校の生徒として見られてるんだから、余計なことすると怪しまれちゃうって!」

「では、誰か来ても無視すればよいのだな?」

「そう。普通にしていれば、ただ授業をサボってる生徒にしか見えないんだから」

「キミヒコがそう言うのなら――心得た」


 普通にしていれば目立たないはず。普通にしていれば。

 普通――地球人の「普通」とカグラの「普通」は本当に同じなのだろうか。

 今までにあったすれ違いの数々を思い返すと、キミヒコの胸に不安がよぎった。


「なぁなぁ、昨日の女の子、紹介してくれよ」


 教室では、クラスメイトからのアプローチもしつこかった。これで五回目だ。

 キミヒコは適当にあしらう。


「あいつはやめた方がいいぞ」

「なんでだよ」

「あいつ、宇宙人だからな」

「お前、まだそんなこと言ってんの? 冗談は顔だけにしとけ」


 カグラを守るためにも、秘密は守らなければいけない。

 が、この事実こそウソっぽいのだ。あんな美人が宇宙人だと言われて、真に受ける人なんているわけがない。


「じゃあ、つき合ったら? 機嫌を損ねてても知らんぞ」

「……消される?」

「ああ。消されるんだよ」


 みるみる引きつる顔。脅しすぎたか。

 すると、肩を叩かれる。


「キミヒコ、中二病を卒業してないのはお前だけだぞ」

「誰が中二病だ」


 謎の美少女の噂はクラスのみならず、一日で校内全体に広がっていた。

 一目見ようと探す人、つき合おうと考える人、自分には釣り合わないと諦める人、都市伝説と捉える人、反応は様々だ。

 キミヒコと一緒に歩いているのを目撃した人もおり、尾行には特に気を付けた。

 教室から裏山へ向かう時、階段を使いながらあえて一周して教室に戻って来る。すると、同じようについてきた奴がストーカーだ。普通、わざわざ同じ場所に戻って来る人はいない。

 そんな時は、曲がり角をうまく使いながら走って巻く――そんな手間も、カグラのためだと思えば苦ではない。


 だが、それでも諦めない者がいる。

 胡坐をかいて通信機をいじるカグラが、背を向けたまま尋ねる。


「キミヒコ、その後ろの連中は何者だ?」

「え!?」


 振り返ると、二人の影が立っていた。さすがに全員を巻くのは難しかったか。

 一人は顔立ちの整ったイケメン。成績も優秀らしく、学校行事では女子から黄色い声援を浴びる人気者の先輩。キミヒコも名前くらいは知っている。

 もう一人は大柄で目つきの悪いヤンキー。目が合っただけで拳が飛んできそうだ。

 最初に切り込んだのはイケメンだった。 


「噂どおり……いや、それ以上の可愛さだね。名前を聞いてもいい?」

「カグラだ」

「カグラちゃんか。その手に持ってるのは何? アクセサリーかな?」


 一歩、また一歩と、ゆっくり距離を詰める。


「通信機だ」

「通信機かー。すごいね。僕、そういうの全然わかんないから、今度教えてよ」


 カグラの心を開けようとアプローチを仕掛ける。詰めようとしているのは物理的な距離だけではないようだ。


「少し黙ってろ。気が散る」


 カグラから厳しい一言。普通なら退くところだが、イケメンは笑顔を崩さない。


「そうだよね。ゴメンね。怒るところも可愛いなぁ」


 さらに半歩踏み出した、その瞬間――


「近づくな」


 カグラの右手がスッと上がり、ドライバーの先端がイケメンの首筋に触れる。

 ピタリと動きが止まる。


「気が散ると言ったはずだ。これ以上近づけば、命はないと思え」


 さすがのイケメンも、無言で一歩後退した。


(……余計なことはしないように言ったはずなんだけどなぁ)と、キミヒコは思った。


 ヤンキーがニヤリと笑う。


「おう、姉ちゃん。なかなかやるじゃねェか」

「なんだ? 貴様も邪魔をする気か?」


 立て続けに邪魔が入り、思わず腰を上げるカグラ。


「まぁまぁ、抑えて抑えて」


 慌てて割って入るキミヒコを、ヤンキーが睨む。


「大体、なんでテメェみたいな弱そうなやつが気に入られてんだァ?」


 危機を察したカグラがヤンキーを睨む。


「確かに、キミヒコは偶然私と出会っただけの小僧だ。たまたま一度親切にしただけで、裏で実は最低野郎という可能性も否定できない」


 カグラは三人の方を指差す。


「そこでだ、平等に勝負といこうじゃないか」

「勝負?」


 三人の声が重なる。


「三人のうち、勝った者一人が私との親交を許可しよう」


 ここぞと言わんばかりにヤンキーが指をポキポキ鳴らす。


「へっ、面白れェじゃねェか。俺が全員ぶっ倒せばいいんだな?」


 カグラは首を横に振る。


「何も戦うだけが勝負ではない。第一、貴様が私と戦って勝てるはずがなかろう」


(なんでカグラちゃんも戦う気なんだよ)と、キミヒコの心の声が漏れそうになる。


「勝負の方法はプレゼントだ。三人には、私が指定したものをそれぞれ持ってきてもらう」


 こうして、三人は持ってくるプレゼントを言い渡された。イケメンには『飛竜の羽根』、ヤンキーには『たまの枝』。そして――


「キミヒコは――」


 キミヒコはごくりと喉を鳴らす。


「『ねずみの卵』を持ってきてもらおう」

「……へ?」

「以上だ」


 困惑した様子でイケメンが尋ねる。


「ちょっ……飛竜ってどういう意味? そんな生き物いないよ?」

「質問は一切受け付けない。自分の頭で考えるんだな」


 わけのわからぬまま、三人は山を下りていく。

 イケメンは納得がいかなそうな顔をしている。一方、キミヒコは余裕の笑みを浮かべていた。

 鼠は飛竜と違って実在する。近くにハムスターを飼ってる人を探すか、動物園に頼んで譲ってもらえば――

 そんなことを考えていると、ある致命的な欠陥に気付く。


「ネズミは卵を産まねぇじゃん!!」


 イケメンだけではなく、キミヒコ自身も実現が絶望的ということに気付いてしまった。

 残り一人はというと……キミヒコはちらりとヤンキーの方を見る。


 目が合った瞬間、ヤンキーの分厚い右手がキミヒコの口元を塞ぐ。


「へへっ。お前たち、もっと頭を使ったらどうなんだ? あの姉ちゃんも言ってたろ。自分の頭で考えろってな」


 頬骨ほおぼねが締め付けられ、ギリギリと痛む。


「簡単なことだ。お前ら二人を潰せば俺の不戦勝というわけだ。な? 頭いいだろ?」


 助けを求めようにも、口が塞がれて声も出せない。

 イケメンも既に山を下りてしまった。

 殴られる――キミヒコは目をつぶった。


 その瞬間、光線が二人の間を裂いた。

 直後、遠くで小さな爆発音がとどろく。

 着弾地点では草が黒くくすぶり、逆方向には、一つ目の小型ドローン。


「あーあー。聞こえるか、諸君」


 カグラの声だった。ドローンから聞こえた。


「追加ルールだ。他者への妨害は即失格とみなす。今回は目をつむるが、次に妨害が見られた場合、この『TAKE-STL-006 浮遊目フロート・アイ』で焼き潰すから、そのつもりでいるように」


 ヤンキーは黙って腕を下ろし、舌打ちしながら山を下りて行った。


 三人はそれぞれが自らの課題に向き合っていた。

 答えのない課題、それは人生のようでもあった。三人の行動はドローンを通してカグラの目に届く。

 結果だけではなく、その過程も重要だという事を伝えたかったのだろうか。



* * *



 三人は再びカグラの前に立った。


「ようやく来たか。まずはお前からだ。確か『珠の枝』だったな」


 最初に前に出たのはヤンキーだ。彼が差し出す『珠の枝』は実に見事な物だった。

 木の枝に吊るされた透明な珠が、太陽光を白く跳ね返す。


 ヤンキーは思った。


(ダチに頼んで作らせたんだ。ちょうどいい感じの木の枝に安いアクセサリーをつける、楽勝だったぜェ)


 そして、カグラの口から合否が言い渡される。


「不合格だな」

「なにィ!?」


 誰がどう見ても完璧な珠の枝だ。どうして不合格なのだろうか。


「目の前に美しい花が咲いていたら摘むのか? 貴様が本当に心優しい人物であれば、みだりに摘んだりはせず、自然のまま残すはずだ」

「……ッ!!」


 ヤンキーの拳が震える。

 それを横で見ていたイケメンは内心ほくそ笑んだ。


(僕が彼だったら、彼女の言う通り枝は取らずに放置してたけどね。じゃあ、どうすればよかったのか。枝を取らずにその存在を証明する方法。答えは簡単さ)


 その理屈に、キミヒコも納得いかないようだった。


「でも、持ってくるように言ったのはカグラちゃんでしょ? 枝を取る以外の方法なんて――」


 その様子を見て、カグラは呆れた表情を見せる。


「貴様は写真というものを知らないのか?」

「あっ……!」


 キミヒコは思わず膝を打った。ただ理不尽に課題を出したわけではなく、カグラなりの正解があったのだ。

 イケメンは再び笑みを浮かべる。


(そう。答えは枝をのではなく、。それに気付かない彼も大したことないようだな)


「では次、そこのお前」


 次に選ばれたのはイケメンだった。


(『飛竜の羽根』――名前からして、いかにもファンタジーの竜を思わせる。でも、それはミスリード。答えは至極単純だったんだ)


「僕が持ってきたのはこれ」


 イケメンがポケットから取り出したのは、つやのある黒い羽根。

 キミヒコは目を丸くした。


「カラスの――羽根?」


 これにはカグラも感心していた。


「ほぅ、なるほど。考えたな」


 キミヒコは混乱する。


「え? どういうこと? どうしてカラスの羽根が『飛竜の羽根』なの?」

「分からんのか。説明してやれ」


 イケメンは自信ありげに頷く。


「この黒いつやがカグラちゃんの髪の色に似ているから――」

「そういうのはいい。なぜこれが『飛竜の羽根』になるのかを説明しろと言っている」


 すると、イケメンは今まで道化を演じていた顔とは打って変わり、鋭い目つきを浮かべる。その表情は真剣そのものだった。


「そう。これは飛竜なんかではなく、何の変哲もないただのカラスの羽根。でも、見方を変えると、これは『飛竜の羽根』とも考えられるんだ。なぜなら、今生きている鳥たちは、恐竜の子孫だと考えられているからね」


 彼の博識さに、キミヒコは思わず舌を巻いた。

 カグラも満面の笑みを浮かべている。


「その通りだ。地球の教養レベルも高くなったものだ」


 まずい、このままじゃカグラを持っていかれる。キミヒコは焦っていた。


「では――」


 カグラは笑顔で続けた。


「その羽根を燃やせ」

「…………え?」

「聞こえなかったか? 燃やせと言ってるんだ」


 いったい、どういう意図なのだろうか。理屈は完璧だったはずだ。

 イケメンの顔がみるみる青ざめていく。


「ライターを……持っていません」

「そうかそうか。ライターも無しで、これを『飛竜の羽根』だと証明しようとしたのか」


 カグラは鞄からライターを抜き、イケメンから羽根を奪い取った。

 次の瞬間、彼女の笑みは一瞬で愚者をあざけるような冷酷な表情に一変した。


「不合格だ。私の故郷にある『飛竜の羽根』は燃えない」


 真っ黒なカラスの羽根が、音もなくボロボロと崩れ落ちていく。今まで積み上げてきた常識と共に。

 三人は崩れゆく羽根をただ眺めていることしかできなかった。


「さて、最後はキミヒコか。貴様もくだらん品を寄越よこすのであれば、キミヒコとて容赦せんぞ」


 手の震えがとまらない。だが、どんな結果が待っていようと受け入れなければならない。


「ぼ、僕のプレゼントは……これです!」


 ポケットから取り出したのは卵。

 カグラの目がますます鋭くなる。


「ほう。それが『鼠の卵』とやらか?」

「これは――」


 キミヒコは勇気を振り絞った。


「これは……ニワトリの卵です!」

「…………は?」


 カグラの眉がぴくりと動く。


「貴様、話を聞いてなかったのか? 私は『鼠の卵』を持ってこいと言ったはずだ」

「はい。で、でも、ネズミは卵を産まない……んです」

「では、なぜニワトリの卵を?」

「えっと……手ぶらだと申し訳ないので……」


 一瞬、カグラの口元がニヤけた気がした。

 カグラは卵を奪い取り、ライターでそのままじりじりとあぶり始める。


「そろそろだな」


 パカッと割った中から、ホカホカの湯気。茹で卵ならぬ焼き卵だ。

 殻を剥き、片方を丸呑みする。


「食ってみろ。なかなかうまいぞ」


 キミヒコは不安そうにタマゴを受け取り、一口。

 自然と笑みがこぼれる。


「うん。タマゴだ」

「というわけで、合格者はキミヒコだ」

「「はぁ~~~!?」」


 当然、納得のいかないヤンキーとイケメンが意義を申し立てる。


「なんっだそれ!? 結局は食べ物でつられてるだけじゃねェか!」

「そうだよ! 結局、言われた物は持って来れてないじゃないか!」


 騒ぐ二人を、眼力ひとつで黙らせる。


「なら、お前たちも食べ物を持ってくればよかったではないか。あんなゴミを持ってこられても嬉しいわけが無かろう」

「ご、ゴミ……」


 イケメンも負けじと言い返す。


「そ、そんなの、論理的に考えてわかるわけないだろ! 『飛竜の羽根』だってそうだ! 君の故郷のことなんて知らないよ!」


 カグラはため息をついた。


「よいか。女心というのは、論理では測れないものなのだよ」

「いや……それはそうなんだけど……」

「潔く身を引くのも男ではないのかね?」


 そのとき、静かな山中に下校のチャイムが鳴り響く。

 キミヒコに勝利を与え、二人に敗北を告げるように。


「ま、そんなわけで、もう帰る時間だ。みなの者、帰り道に気を付けるのだぞ」


 キミヒコの手を引き、山を下りようとしたその時だった。


「待てよ。こんな結果、認められっかよ」


 ヤンキーの低い声がカグラに向けられる。


「てめェの勝手なルールを押し付けられてよォ、こっちは勝手に負けてよォ、だったら、今度は俺のルールに従ってもらうぜェ」


 ヤンキーは壊れたドローンを取り出し、地面へ投げ捨てた。


「あれは――カグラちゃんのドローン!」

「俺が壊したのに気付いてねェってことは、俺たちの頑張りなんざどうでもよかったってことだろ?」


 そして拳を振り上げ、走り出した。


「お前もあのドローンのようにしてやるよ!」


 向かう先は――キミヒコだった。


「待て」


 カグラが前に出る。


「キミヒコを殴るのは、この私を倒してからにしろ」

「へへ、そうかい。その綺麗な顔を傷つけるのは趣味じゃねェんだがよォ、付き合えねェんじゃあ関係ねェよなァ」


 彼は拳を振り上げた。


「このアマァアアア!!」


 拳が下ろされる、その刹那――スルリと拳の横を抜ける。


「まぁまぁ、少し落ち着きたまえよ」


 カグラの小指がヤンキーの額を軽く小突く。

 すると彼は、まるでかなしばりにあったかのように動かなくなってしまった。


「行くぞ、キミヒコ」

「え? 放っておいていいの?」

「ああ。ちょっと神経をいじって動けなくしただけだ。数分もすれば動けるようになる」

「……そっか」

「それと――」

「?」

「ムカついたから、ついでに子を成せなくなる処置も施しておいた。それも一生いっしょうな」


 キミヒコは股の辺りがヒュンとなった。

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