ココロノート
月乃 レイ
第1話 0日
ー1ー
午前3時57分、木曜日。
一本の電話が僕のスマホに鳴った。
『なるきが、死んだらしい』
深夜の大人番組を見ている途中で、楽しんでいる途中だった。
電話は、友人のはるとからの電話で開口一番が「誰かが死んだらしい」という悪趣味なことを言う。
「死んだ?文化祭後夜祭前日で補修とかか?」
『そうじゃねえよ、こっちは真剣なんだよ、なるきが死んだんだ。』
少しイラつかせて言う、疲れているのだろうか。
「お前大丈夫か?ドラムの練習で疲れてんじゃ?」
『なるきが死んだんだよ!!』
『なんでわかんねえんだ!!』
キーンと耳元に響く。
相当大きい声で怒鳴られたようだ。
「死んだって、なんで」
『自殺…らしい』
「なるきがか?」
『ああ、“ココロ店”に遺書を残して、そのまま家のクローゼットで…って話したくもねえよ、察しろ。』
さっきまで力強く怒鳴っていたのに、はるとの声は今震えている。
なるきが死んだのを実感した瞬間だった。
僕らが“ココロ店”なんて、不吉な言葉…
脳が思考を停止したように、足が疲れて歩けなくなった時のように。
体から魂が抜けてゆく感触がした。
時計の針が回る。
心臓の音が聞こえる。
ぼんやりと視界が揺れる。
ドロドロと肺が溶けてゆく。
♢♢♢♢
“ココロ店”とは、死ぬ前に自分の遺族への手紙や、遺書などを預けられる場である。
街の中心にある、モールに一店だけある、不吉な店。
ただ、ここ最近は自殺者がこの街で増率している。
“ココロ店”の利用者は多いようだ。
…なるきが使うなんて、思いもしなかったが。
明日は高校の文化祭、後夜祭でサプライズ演奏をする予定だったのに、なるきが死んだ。
僕も、はるとも、なぜなるきが“ココロ店”を使ったのかがわからない。
僕たちは3人で武道館を目指すバンドのはずだ。学校だけじゃなく、日常でもバンドで忙しい。
何度もライブを重ねて、なんども挫折を共に味わって…なんて繰り返してきた仲間だ。
自殺した理由は?
なぜ“ココロ店”に遺書を残した?
もしかしたら…って。
そもそも、考えたくもない。
文化祭後夜祭前でなんで自殺したのか、想像したくもない。
♢♢♢♢
次の日、学校へ行った時、先生が教室に入るなり皆になるきのことを伝えた。
はるとの方を見ると、下を向き、絶望としか言えない顔をしている。
なるきが死んで、数時間しか経ってない。
なるきが死んで、教室中がざわつく。
今考えると、なるきは大切な存在だったのかもしれない。
バンドでもボーカルを担当し、クラスでもクラス委員を努めて、大変だったことだろう。
『かわしま はるとさん、なかやま ゆうとさん、至急、校長室までお越しください。』
僕の名前とともに、はるとの名前が放送され、呼び出しをされる。
「先生、行っていいですか」
「ああ、行ってこい」
はるきが黙って、動かない。
「はるき、行くぞ」
肩に手を置くも、はるきは動きがない。
僕だって、行きたくない。
なるきのことで話に行くってことは知ってるんだ、誰がそんなの行きたいか。
「先、行くからな」
小さく頷く。
相当疲れているのだろう。
♢♢♢♢
校長室に入ると、いつも思うことがある。
校長室の椅子にいつも座っているのは、校長じゃない。ただの、綺麗な女性だ。
その女性は、校長の娘らしい。
そんなに歳をとっているふうには見えず、艶やかな黒髪が、凛とした指先に触れ、余計に若く見える。
「失礼します」
「どうぞ、座ってちょうだい」
前に座ると、はるとが部屋に入ってきた。
小さく肩をすくめ、
「失礼します」
とだけ言う。
「どうぞ、座ってちょうだい」
少し足取りがフラフラしているようにも見えた。
やっぱり、怖いよな。
隣に座ったはるとの手は震え、つられて僕も手が震え出した。
じーっと見つめてくる女性の目が僕の神経を突く。
まるで、心の芯まで見られているかのように思える。
沈黙が続き、女性は口を開いた。
「自己紹介が遅れていたわね、さやま ゆうこです。多分知っているだろうけど、校長先生の娘です、この学校の“スクールカウンセラー”をしているわ。」
“スクールカウンセラー”
…なるほど、僕たちが呼び出されたのはこのためだったのか。
にしても、対応が早くないか?
一番僕らが仲良かったとしても、まだ現在の状況を理解できていない。
まずは、僕とはるき、2人で話し合う時間がほしいくらいだ。
はるとも話せる状況でもなさそうだし。
「やっぱり、怖いわよね…。今日は学校を休んでもいいくらいだったのに。」
先程まで、突いてくるような目つきをしていたのかが嘘のように、さやまさんの目は穏やかだった。
まるで、同情しているかのように。
そう思うと、腹が立ってくる。
「腹が立ちますね」
隣にいるはるとが口を開いた。
「まだ1日も経っていない状態ですよ。今日の出来事なんです。失礼じゃないですか?‘今日は学校を休んでもいいくらいだったのに’なんて。家にいた方が苦しいです。本当にスクールカウンセラーなんですか?ふざけないでくださいっ!」
「おい、落ち着けって…」
なんて言っても、はるとは続ける。
「なるきのことで話に来たのは知ってるんです、ただ、まだ俺らだけで話してもないんですよ?そこの確認をまずはすべきですよねっ、なんで、まだ俺らは今の状況を理解してないに近いのに。なんで、そんな責めるような目をするんですかっ…」
「まじで、落ち着いてくれはると」
そう言うと、はるとは目に涙を浮かべ、ギラっとさやまさんを見る。
そのまま、はるとは校長室を出てった。
「そ、そんな」
唖然とするさやまさん。正直、はるとが言っていたことは僕も同じ。
今,どれだけ顔が引き攣っているかがわからない。
「ご、ごめんなさい、まだ研修中で…」
は…?まだ研修中のスクールカウンセラーがこんな重い問題を抱えようとしていたのか?
余計に、腹がたった。
「さやまさん、こういうことですので、今日は戻ります。今回のこと、流石に教育委員会に相談しておきますね。」
「へっ?!ちょっとまって、それはやめてちょうだい、お父さんの仕事がなくなっちゃう…!」
流石にこれ以上のことは聞けない。
腹がたってしょうがない。
ただでさえ吐きそうなのに、頭痛がする。
僕は校長室を後にし、はるとを探しに出た。
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