10、悟り(1)
私と日髙が教室へ戻ると、相変わらず自由な時間が流れていた。日髙狙いの女子達があまりにも騒がしくてシャーペンに戻った日髙……というより、私が『戻れ』って命令したから渋々戻った。
美智瑠達はなんやかんや忙しそうだし、男子に絡まれるのも面倒だから寝たふりでもしとこうかな。そう思って机に伏せようとした時、菊池桃花と黒井さんが戻ってきて、その姿を見た私は一瞬だけ……ほんの一瞬だけ笑みを溢してしまった。なんの笑みだか自分でもわかってないけど、完全に気の緩みだってことは間違えない。
すぐさま真顔に戻して、何事もなかったかのようにしらこい顔をしてやり過ごそうとした。
「リンリン」
そう呼んだのは紛れもなく菊池桃花で、チラッとそっちのほうへ視線を向けると、めちゃくちゃ気まずそうな表情を浮かべてる菊池桃花がいて、そんな顔されたらこっちまで気まずくなるんだけど。
「なに」
「さっきは悪かったな、八つ当たりだった」
「別に? どうでもよすぎて覚えてもない」
「おいおい、そりゃ酷くねぇか!? リンリン!」
「ちょっ!?」
ギャハハと笑いながら私にヘッドロックをかけてくる菊池桃花。マジでこいつもなんなの? ほぼ美智瑠としか関わって来なかった私にとって菊池桃花も日髙聡も特殊? 風変わり? すぎて情緒が追いつかない。というか、私を無駄に苛つかせる天才か、おまえらは。
「あの、菊池さん」
「んあ?」
「さっさと離れてくれないかな、鬱陶しい」
「さすがリンリン! アタシのヘッドロック食らってもびくともしねぇな!」
私は脳内で菊池桃花を容赦なくシバいた。そんな私に救いの手を差し伸べてくれたのは、敏腕擬人化文房具であろう黒井さん。
「躾がなっておらず申し訳ございません、羽柴様」
私から菊池桃花をひっぺがして無理やり頭を下げさせてる黒井さんの瞳は、『ことごとく呆れ返ってなにも言えません』って言ってるようだった。それには激しく同意。
「てめっ! 黒井! 女が簡単に頭下げるもんじゃねえ!!」
はぁぁ、なんかもう既に学園生活に不安しかないんだけど。
── 情報量が多すぎた初日(入学式)がようやく終わった。
「んじゃ、アタシこれからバイトだからまた月曜なぁ~リンリン、チルチル! クソ陰キャもシンドーもまたな~」
「はいはい、じゃーね」
「じゃあね~ん、ももちゃん」
「さっ、さよっ、さようなら!」
「またね、菊池さん」
それから新藤君は用があるとかで、松坂君は家業の手伝いがあるとかで、結局はイツメンになるオチね。まあこれが一番落ち着くしラクだけど。
「ほーんと凛子のことが愛しくて仕方ないんだね~、日髙さぁん」
嫌な予感しかしない。
「ええ、もちろん」
おまえ、マジで気配消すのやめろ。ていうか、当然のごとく顕現してくんな。
「じゃ、あたしこっちだから~」
「え? なんで?」
「あー。かくかくしかじかで~、しばらくおばあちゃん家に行くの~」
『かくかくしかじかで~』か、なるほど。
「だったらうちに来る?」
「それ思ったんだけどぉ、おばあちゃんが可愛い孫と一緒にいたいんだって~。可愛いよねえ」
「そっか。なら行ってあげないとね」
「うん! じゃ、またね~ん」
ブンブン手を振って去っていく美智瑠に私は控えめに手を振り返した。私とは違って女の子らしくて可愛いな……って、隣から感じるうざったい視線。
「2人きりになっちゃいっ」
「も ど れ」
「ククッ。そんなつれないこと言わないでください、凛子様」
良くも悪くも目立つのよ、この男。さっきからこの辺一帯がザワザワしちゃってるし、なんでこんな無駄に整いすぎた擬人化文房具が出来上がったわけ? もっとこうブサイクにするとかできるでしょ。ていうかマジで交換したい。
「も ど れ」
「いやぁ、どうしましょう。いちご飴でも買いに行きませんか? 1本だけ買って2人で仲良く食べましょう、凛子様。あ、間接キスっ」
「もうっ、うっさい!! 戻れ!!」
パッと姿を消した日髙に戻れと命令した張本人である私はポカンと間抜け顔をして、あの日髙がすんなり姿を消したことに驚きを隠せない。擬人化文房具って詳しいこと公に出してないから私達一般人が把握してるのなんて、ほんのちょっとした情報でしかない。担任が言ってた『契約者の命令は絶対』が日髙にもちゃんと通用するってこと? いや、でも教室で命令した時はこんなパッと消えなかったよね?
「ぶどう飴も捨てがたいですね」
「まあ、たしかにね……って日髙!?」
ヌルッと現れた日髙、そして私はなんとなくだけど日髙の弱点を見つけたかもしれない。試してみる価値はあるかも。
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