7、ディスティニー
「まさにディスティニーですね」
「はあ」
あのー、このくだり何回目? ていうか、デレデレしながら『ディスティニー』って言い方すんのやめてくんないかな。絶妙にキモくてゾワゾワする。そもそもこんなやつとディスティニーとか勘弁して、ほんっと無理。
「凛子様、ご機嫌斜めなようですね? どうかなされましたか?」
元凶は紛れもなくお ま え だ よ 。
で、ひとつ気になってたんだけど、なんで私以外の擬人化文房具は大人しくシャーペンのまんまなの? そもそも日髙聡はなぜ勝手に現れた? 頭上に無数の疑問符が広がっていく。
「ご機嫌斜めな凛子様も愛らしくて食べてしまいたい」
『めっちゃイケメン!』『羨ましいー!』と騒ぐクラスの女子達。そんなにもこの変態が欲しいならあげますよ、どーぞ。
「おい羽柴、とりあえず一旦ソイツ戻せ。騒ぎが収まらん」
いや、戻せって言われても戻るの? これ。勝手に出てきたのに? SSSだかなんだか知らないけど、どう考えたって私との相性最悪なんだけど。計測し直したほうがいいんじゃない? 適合率。ぜっったい0%な自信しかない。
「契約書にサインした時点でお前がソイツの契約者、要はマスターだ。契約者であるお前らがマスターならスペシャルズはサーバント」
なんかそんな制度を設けてる学園あったな。彪ヶ丘なんて比べものにならないほどの超お金持ち学園。日本1……いや、世界でも通用するとかしないとか。たしか天馬だっけ? あそこは『我が学園に擬人化文房具など必要ありません』って突っぱねたって聞いたな。政府をも黙らせ、それがまかり通っちゃうからすごいよね。
「凛子様、何をお考えで?」
「別に」
「僕達の将来についてならご心配なされずともっ」
「そんな心配は微塵もしておりませんのでご心配なく」
「ククッ、素直じゃない凛子様もベリーキュートですね」
この残念すぎるイケメンなんとなんないの? マジで。
「契約者の言うことは絶対だ、だから戻せ」
ちゃんと言うこと聞くとは到底思えないけど?
「戻って」
「嫌です」
ほら、聞くわけないじゃん。
「戻りなさい」
「嫌です、離れたくありません」
契約者の言うことは絶対、のはずでは?
「いいかげんにして」
「僕に言うことを聞かせたいのであれば、ちゃんと名をお呼びください」
なるほど、そういうことね。
「日髙聡、戻って」
「凛子様はつれないお方だ、日髙聡だなんてよそよそしい呼び方をして。“聡”とお呼びください。はい、やり直し」
期待と希望に満ち溢れる5歳児のような表情をして私を見つめてくるのヤメテ。
「日髙さん、ほんっと戻って。お願いだから」
「日髙“さん”だなんて、んもぉ~。凛子様は照れ屋さっ」
「あーもう! 戻れ! 日髙!」
「ククッ。それはそれでいい、悪くないですね。ではまた後ほど、マイハニー」
ああ、へし折っていいかな、このシャーペン(日髙聡)。シャーペンに戻った日髙をギューッと握り締めてパッと手離すと机の上をコロコロと転がってピタリと止まった。
((ハァハァ、凛子様をおいて先にイっちゃうところでした))
「……」
えーっと、ドウイウコト? なんで日髙の声が聞こえるの? ねえ、どうして? 幻聴だって思いたいのに幻聴ではないという現実を叩きつけられる。
((無視は酷いなぁ。僕の声聞こえてますよね? ))
ええ、そりゃもうハッキリと。
((やっぱ故障してんじゃないの? あんた))
((ハハッ、そんなわけないじゃないですか。僕はSSSですよ? 他の擬人化文房具と一緒にされては困ります))
シャーペンと会話してる私マジか。これってやっぱバグでしょ、どう考えたっておかしいもん。先生に報告しといたほうがいいよね。
「あの、せんせ……」
いや、待って。こんなことクラスのみんながいる前で言ったら、それこそ騒ぎになるじゃ……? 『ええ!? そんなことできるんだ! すごい!』みたいなかんじになって、でも実際は日髙しかできないってことになったら、かなーり目立つのでは? そんなの嫌、絶対に嫌! めんどい!
「どうした、羽柴」
「いや、なんでもないです」
言えないけど、本当にバグかもしれないし── そういえば担任からライクのIDもらってるじゃん。ライクすればいっか、それが無難だよね。
((残念ですがさすがの僕でもこの状態では長く会話できることはできません。ですが、長く話せる条件はあります。それは僕の太くて固い凛々しい竿をシコシコっ))
((物理的に黙らせてやろうか?))
((ハハッ、そんな凛子様も素敵です))
((はぁー。で? なんなの、条件って))
((至ってシンプルですよ。僕を握っている限り会話が可能となります))
今、握ってないよね? 無様に机の上で転がってるよね、どういうこと?
((今握ってないじゃん))
((……))
((ねえ))
((……))
((おーい、日髙))
((……))
本当だ、もう聞こえない。長くは持たないってそういうことか。
てことはさ、3年間このシャーペンに触れなきゃいいんじゃない? そもそも私には必要ないし、勉強教えてもらえなくなるのは痛いけど、新藤君なら頼めば教えてくれそうだし。美智瑠は『凛子はそのまんまでいいのぉ~。神様はちゃーんとバランスとってんだからぁ』って教えてくんないから。
「── い。おい、リンリン」
斜め前の席にいる菊池桃花が私の机の端をトントン叩いてきて、それでようやく話しかけられてることに気がついた。
「え? あ、うん、なに……って、リンリンって誰よ」
「あ? 羽柴のことに決まってんだろ」
「やめて、そんなあだ名つけるの」
「んなことよりリンリン、“コレ”が心配そうに見てんぜ」
『コレ』と言いながら親指を立ててる菊池桃花。なんのことだかさっぱり。喧嘩のしすぎでとうとう頭がおかしくなっちゃったんだな、可哀想に。と哀れみの瞳で見つめた。
「だーから、リンリンの男だろ? アイツ」
「は? なに言ってんの、菊池さん」
菊池桃花が指差すほうへ視線を向けると、新藤君とパチッと目が合った。で、新藤君が口パクで『スマホ』って言ってるような気がする。スマホを確認すると新藤君から《大丈夫? 顔色悪いよ》ってメッセージが届いてて『顔色悪いっていうか、幸先悪いスタートをきってしまったことにげんなりしてただけなんだけどな』とか思いつつ、心配してくれた新藤君の優しさにちょっとだけ救われた気もする。《大丈夫だよ。ありがとう》と送ってスマホをしまった。
「よ~し、ぼちぼちか。契約書見てみろ、自分が書いた名前の隣に擬人化文房具の名前が刻まれてんだろ」
たしかに“日髙聡”って浮いて出てきてる。ま、こんなのなくたって自ら自己紹介してきたけどね、あいつ。
「これで完全に契約成立だ。シャーペンのノブをカチカチして擬人化文房具の名前を呼んでみろ、出てくっから。戻す時は戻れと指示をする。シンプルだろ?」
いや、なんであいつ勝手に出てこれたのよ。やっぱバグなんだわ、うん。日髙聡はバグなのよ、うん。ちゃんと交換してもらおー。
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