2.5、臆病な俺は 新藤視点



 羽柴さんと初めて出会ったのは小学生の時だった。


 今でこそ背は伸びてそれなりの体格になったけど、あの頃は本当に小さくて、近所の公園に行くとそこに君臨するガキ大将みたいな奴によくイジられていた。そんなの軽く受け流してほっとけばいいのにそれがどうしても悔しくて、負けん気だけは一丁前に強かったから、ソイツに返り討ちにされるのが日常みたいになってた。


 あの日もいつものようにガキ大将に逆らってて──。


「オマエちっせぇくせに生意気なんだよ!」

「俺達だってここの公園で遊びたいんだ!」

「知らねーよ! ここは俺様の公園だ!」

「みんなの公園だろ!」

「はっ、チビは痛い目みたいとわからないんだな!」


 殴られる、そう思って歯を食い縛ってぎゅっと強く目を瞑った。情けないけどこれが現実、結局はいつもと変わらない。みんなの前でカッコつけたいとかそんなんじゃなくて、弱いくせにこういう理不尽な奴がどうしても許せないってだけなんだ。こんなの勝てない、だって体格の差が歴然で……って、あれ? 痛く、ない?


 強く瞑ってた目蓋をゆっくり上げると、ガキ大将の拳を片手で止めていたのは綺麗な女の子だった。


「オマエなんなんだよ!?」

「それ、こっちのセリフなんだけど。弱いものイジメとかだっせぇことしてんなよガキが」

「あ!?」


 ガキ大将が女の子に殴りかかろうとして『危ない!』と言おうとした。けど、あのガキ大将が呆気なく倒されてて俺達は唖然とするしかなかった。


「二度とでけぇツラすんな」


 そう吐き捨てた女の子がとても輝いて見えて、胸のドキドキが加速していく。俺は体格差を理由に負けても仕方ないって自分に言い聞かせてた。でもそれは違った、こんな華奢な女の子があのガキ大将に勝ったんだ。


「おーいガキ、さっさと帰んぞ」


 少し離れたところに女の子を『ガキ』と呼んだ人がいて、その人もその人で強そうというか、すごく怖そうな人だった。


「うっさいわね、お父さんにボコボコにされた奴にガキとか言われたくない。で、あんたら怪我とかないわけ?」

「「「あ、う、うん」」」

「あっそ」


 別にお礼とか求めてないから、みたいな雰囲気がすごくて俺達は無言で見送るしかなかった──。


 今思えば馬鹿馬鹿しいけど、それがなかったら羽柴さんに出会うこともなかったし、それがあったから中学で羽柴さんを見つけた時は本当に嬉しくて。あの時のお礼が言いたい、でも臆病な俺はいつだって堂々としてて綺麗な羽柴さんに話しかける勇気もなくて、ただ想いを寄せることしかできなくて。


 俺はあの日、羽柴さんに出会ったあの時から次は俺が守れるようにって鍛えてきた。羽柴さんは勘違いされることが多い。見た目も行動も、良くも悪くも目立つから危なっかしくて、でも羽柴さんは俺の心配なんて要らないくらい強くて芯の通ってる子で。1年また1年と時が流れていく、羽柴さんと接点を持つことさえできずに。気持ち悪いかもしれないけど年々羽柴さんへの想いが増して、親には反対されたけど彪ヶ丘の一般に通わせてもらうことができた。


 だからもう逃げないって決めたんだ、ちゃんと想いを伝えるって。


 羽柴さんにとっては何気ないことで、気にも止めない出来事だったと思う。羽柴さんがたくさん助けてきた人の内の、ただ1人に過ぎないってことは重々承知してる。だけど俺にとって羽柴さんは、たった1人の存在なんだ。


 臆病な俺はどうしようもなく好きなんだ、羽柴さんのことが。


 だからもう迷わない。緊張するし、キモい奴とか思われないかなって不安とかもあったけど、なにより積極的にいくって決めたから、もう後戻りはしないしできない。


「久しぶり、羽柴さん」


 隣に並んだ羽柴さんにそう声をかけると、誰だっけ? みたいな顔をして俺を見上げてる。近くで見る羽柴さんは本当に可愛らしくて綺麗な女の子で、俺なんかが釣り合うわけないって痛感させられる。ま、挫けるつもりはないけどね。


「って言っても羽柴さんが俺のこと把握してるはずがないか」

「ああ……うん、ごめん。同中だっけ?」


 ちょっと申し訳なさそうにしてるのも可愛らしくてたまらない。


「そうそう、西中。羽柴さんとは1回も同じクラスになったことなかったし、俺バスケばっかやってたからさ、羽柴さんが把握してないのも無理ないよ」


 あの時のことなんて覚えてるはずない、そんなこと当たり前だろ。無駄に期待しないって決めてたのにちょっと期待してた自分もいて。羽柴さんにとって大勢の中のひとりに過ぎないってことだな、俺は。


 よし、ライバルも多いだろうし頑張んないとな。


「俺、新藤恭輔。よろしくね」

「あ、うん。よろしく、新藤君」

「実は俺、羽柴さんのことが──」

「よーーし、出発すんぞ~」


 担任のデカい声で俺の言葉はかき消されたけど、それでよかった。『新藤君』そう羽柴さんに呼ばれた瞬間、気持ちが高ぶって会って早々に告るとかさすがにありえないしキモすぎだろ。


 不思議そうな顔をして『なんか言った?』みたいな感じで俺を見つめてくる羽柴さん。


「いや、ごめん。なんでもない」


 すると、そっぽを向きながらスマホをいじり始めた羽柴さんに『ああ、まずったなぁ』としか思えなくて、それ以上どう絡んでいけばいいのか分からず無言で移動する羽目になってしまった──。


 馬鹿か、俺。

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