第6章:闇の中の再会 ― 母娘の共犯

…暗い。

目を開けているのか閉じているのか、自分でもわからない。

足元に地面の感触はなく、

ただ宙を漂っているような感覚だけがあった。

静寂の中、ぽたり、ぽたりと水滴が落ちる音が、

どこからともなく響く。


ふと、遠くに小さな灯りが揺れているのが見えた。

その光に引き寄せられるように、私はゆっくりと歩き出す。

足音は響かない。ただ、闇が後ろに流れていく。


「…玲奈」


背後から、自分の名を呼ぶ声がした。

柔らかく、それでいて芯のある女の声。

全身が粟立つ。

ゆっくりと振り返ると――そこに、若い頃の母が立っていた。


艶やかな黒髪が肩を流れ、白いワンピースの裾が微かに揺れている。

その顔は懐かしく、

美しく、そしてどこか儚い。

笑っているのに、その瞳の奥には深い悲しみが沈んでいた。


「…お母さん…なの?」

震える声で問いかけると、母は静かに頷いた。


彼女は歩み寄り、両手で私の頬を包み込む。

温かくも冷たくもない、不思議な感触が肌を伝う。


「辛かったでしょう」


その一言で、堪えていた涙が一気にあふれ出した。

「全部…なくなったの。あの人も、

私の居場所も…」

嗚咽混じりに吐き出すと、母はそっと私を抱きしめた。


「わかるわ…私も同じだったから」


耳元に落ちるその声は、静かで、確かな怒りを含んでいた。

母の腕の中で、胸の奥に沈んでいた黒い塊が少しずつ形を変えていく。

それは悲しみではなく、もっと冷たく、鋭いもの――復讐心だった。


「…一緒にやろう、玲奈」

母がそう囁いた瞬間、彼女の影が私の身体に溶け込み、混ざり合う。

視界の端で、誰かの笑い声が響いた。

慎一と結衣――二人の声だ。


私と母は、同時にそちらを振り向いた。

「さあ…行きましょう」

母の笑顔が、闇の中で白く浮かび上がった。


次の瞬間、足元の闇が渦を巻き、私たちを呑み込んだ。

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