第22話 炎上の洗礼

2026年6月10日。


『不完全な英雄譚』の連載開始から2ヶ月。


俺たちの共同作品は、予想を上回る反響を呼んでいた。


アクセス数:80万PV お気に入り登録:15,000件 レビュー数:2,100件 平均評価:4.5/5.0


数字上は大成功だった。


しかし、成功には代償がついてくる。


「作者の黒瀬透、正体を調べてみた」


「青木健太と佐藤優奈も含めて、全員偽名の可能性」


「『転生作家の会』とか名乗ってるけど、ただのサークル活動」


「本当に転生したと思ってるのか、この人たち」


SNSで炎上が始まったのは、6月8日の夜だった。


きっかけは、俺がSNSで投稿した一枚の写真だった。


仲間と一緒に魔法を使っている写真。小さな炎と風の魔法を使って、ローソクを灯している画像。


『転生体験者の集まり。まだ魔法使えます #転生体験 #異世界転生 #創作仲間』


この投稿が、予想外の大炎上を引き起こした。


「精神病院行け」


「中二病こじらせすぎ」


「大人になってこんなことしてるの、恥ずかしくないの?」


「詐欺師の手口」


「読者を騙してPV稼ぎ」


リツイート数:12,000 コメント数:8,500 いいね数:1,200


大半が批判的な内容だった。


しかし、本当の地獄は翌日から始まった。


個人情報の特定が始まったのだ。


「黒瀬透の本名:黒瀬透(本名らしい)」


「住所:東京都××区××」


「勤務先:△△派遣会社」


「年齢:36歳の派遣社員」


「彼女ナシ、友達ナシ、家族と疎遠」


「典型的な人生終わった系おじさん」


個人情報が晒され、勤務先にまで電話がかかってきた。


「黒瀬さん、会社に変な電話がかかってきてるんですが...」


派遣先の上司が困惑した顔で俺に言う。


「『黒瀬は詐欺師だ』とか『精神病だ』とか」


「申し訳ありません」


頭を下げるしかなかった。


「プライベートの問題で、ご迷惑をおかけしてしまい」


「まあ、仕事には影響しないでください」


上司は苦笑いを浮かべる。


「ネット炎上って、大変ですね」


昼休み、俺はスマホでSNSを確認する。


炎上はさらに拡大していた。


「【悲報】転生おじさん、ガチで魔法使えると思ってる模様」


「36歳派遣社員、現実逃避で精神崩壊」


「この人のファンも同レベル。集団妄想」


「転生ブーム終わらせよう運動」


ハッシュタグ #転生おじさん が作られ、トレンド入りしていた。


まとめサイトでも記事になっている。


「36歳派遣社員『俺は転生した』と主張、ネットで大炎上www」


記事には俺の写真まで掲載されている。


どこで撮られたのか、通勤途中の俺の姿。


「うわあ...」


これが、現代の炎上の恐ろしさか。


一瞬で全国に顔と名前が晒される。


スマホが鳴る。青木からの着信だった。


「透さん、大丈夫ですか?」


声が震えている。


「僕の方も炎上してます」


「そうか...」


俺も覚悟していた。


「みんな巻き込んでしまって、申し訳ない」


「いえ、僕たちも覚悟はしていました」


青木が言う。


「でも、想像以上でした」


「優奈さんは?」


「優奈さんも大変です。大学の友人から連絡が来て...」


夜、俺たち3人は緊急でビデオ通話をした。


優奈の顔は青ざめていた。


「大学で変な目で見られます」


「『転生少女』って呼ばれて...」


「申し訳ない」


俺が謝る。


「俺が余計な投稿をしたから」


「いえ」


優奈が首を振る。


「いつかは起こることでした」


「転生体験を公開する以上、この反応は予想できた」


「でも」


青木が不安そうに言う。


「このまま続けて大丈夫でしょうか?」


3人とも、同じ不安を抱えていた。


炎上の嵐の中で、創作活動を続ける意味があるのか。


「皆さん」


俺が決意を込めて言う。


「俺は続けます」


「え?」


「転生体験は事実です」


俺が断言する。


「批判されても、嘘だと言われても、事実は事実」


「そして、俺たちの作品を読んで救われている人もいる」


実際、炎上の中でも励ましのコメントがあった。


「転生作家の会を応援してます」


「炎上に負けないで」


「あなたたちの作品で救われました」


少数だが、確実に俺たちを支持してくれる読者がいた。


「透さん...」


青木が涙声になる。


「僕も続けます」


「私も」


優奈も頷く。


「分析的に考えて、炎上は一時的現象」


「時間が経てば、作品の質で評価されるはず」


俺たちは決意を固めた。


炎上に屈しない。批判を恐れない。


真実を貫き通す。


翌日、俺は新しいSNS投稿をした。


「炎上している件について。


転生体験は事実です。証明はできませんが、嘘ではありません。


批判は受け入れますが、創作活動は続けます。


物語を愛するすべての人のために。


#転生体験 #創作活動 #物語への愛」


この投稿にも大量の批判が来た。


しかし、同時に支持のコメントも増えた。


「応援してます」


「炎上に負けるな」


「本当の体験だと思ってます」


「作品を読み続けます」


炎上から1週間後、不思議な変化が起きた。


批判コメントの中に、質の高い議論が混じるようになったのだ。


「転生が事実かどうかより、作品の質で判断すべき」


「メタフィクション作品として読めば面白い」


「炎上商法かもしれないが、結果的に良い作品を生んでいる」


「作者の人格と作品は別物」


炎上をきっかけに、俺たちの作品を初めて読んだ人たちも多かった。


そして、その多くが「面白い」という感想を述べていた。


「炎上も、宣伝効果があったみたいですね」


優奈が分析する。


「アクセス数が1.5倍になりました」


「でも、精神的には辛かった」


青木が正直に言う。


「もう二度と経験したくない」


「俺もだ」


俺も同感だった。


「でも、乗り越えられた」


「みんなで一緒だったから」


炎上体験は、俺たちを強くした。


批判を恐れない心。真実を貫く勇気。仲間を信じる絆。


全てを身につけることができた。


「これで、俺たちは本物の作家になったかもしれませんね」


俺が呟く。


「炎上の洗礼を受けた、本物の」


夜、一人でパソコンに向かいながら、俺は思った。


炎上は確かに辛かった。


でも、それを乗り越えたことで、新しい境地に到達できた。


批判されることを恐れない境地。


真実を語ることの重要性。


そして、本当に大切なものは何かを見極める目。


俺たちの物語は、まだ続いていく。


批判の嵐を越えて、より強く、より深く。

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