第19話 マークの役割

 その頃、まだ昼間だというのに、まるで大陽の光を避けるかのように、薄暗い倉庫の中で、数十人の男達が円状に並んで話し合っていた。

「あのドレス、買い手は見つかったのか?」

 暗闇の中、一人の男の声が響くと、その男の向かい側にいた二人の男が言った。

「お前は新参者だから知らないんだろうが、あのドレスは俺達のスポンサー様が取ってこいって命令したもんだ。最初から俺達の物じゃねぇ」

「しかもそのスポンサー、この任務を最後に契約を打ち切るって言ってきてるんだろ?この後俺達……どうすんだ」

 最初に話し始めた男が、二人の言葉を聞いて、取り乱したように大声で言った。

「俺達の物じゃないって……どういうことだよ!あのドレス盗んで、俺達の金にするんじゃなかったのか?」

 酷く動揺した叫び声が響き渡ると、それをなだめるようにまた別の男が言った。

「落ち着け、俺達だって同じリスクを犯してんだ……もう戻れない所まで来ちまってる」

「……何なんだよ、そのスポンサーって」

 強面の男が答える。

「俺達に金と物資と計画。全てを提供して、この事業を影で操ってる奴らのことさ。つっても、スポンサーの正体が何なのかは、俺達もよく知らない。ただ、一つの国レベルの力を持ってることだけは確かだ」

 不満そうに口を紡ぐ。

「おい、ドレスを盗めって依頼、どうして金が取れなかったんだ?金が取れれば、契約が打ち切られても、俺達全員、一生豪華な暮らしをしても余るくらいの大金は、もらえるはずだろ?」

 その言葉を聞いた強面の男が、言いずらそうにゆっくりと口を開いた。

「皆、すまない……俺が悪いんだ。スポンサーとは、月5億と引き換えに、どんな依頼も受けるという契約になっている。目先の金に目が眩んで署名した、俺の責任だ……」

 だが、男を責める者は一人もいない。皆が口々に、「仕方の無いことだ、俺がお前でもそうする」と言った。

「スポンサーと契約しなけりゃ、俺達今頃、魔擦病で衰弱死か、食料買う金なく餓死してたんだろうぜ」

「なぁ、今からでもそのドレス、王宮に返しに行かないか?今朝、マークが第8師団の師団長、あの探知魔法の達人を連れて、ドレスを奪った裏路地に入ってくのを見た奴がいるんだ。俺達の事がバレるのも、きっと時間の問題だ。もうこんな事から足洗ってさ、リタに謝らせてドレスを返せば、きっと、エレナ様は許してくれるだろ!」

「駄目だ……スポンサーの力は絶大だ。そんなことをすれば、俺達の金が消えるどころか、ドレスを俺達から奪うために、ここを襲撃してくるかもしれない……俺達の後ろにいるのは、そういう存在だ」

「じゃあ、この後どうすんだよ。スポンサーがいなくなったら、俺達また路頭に迷うことになるぜ?」

 先ほどまで、彼らの焦りによって騒がしかった空間が、一瞬にして静寂へと変わる。

「もう……やるしかない」

 静寂を打ち破り、強面の男が言った。

「ドレスを餌に、エレナ様を拉致して、王宮に身代金を要求する」

「なっ」

 声を上げた一人を除いたその場の全員が、驚きを見せず、まるで諦めたかのように下を俯いた。

「しかし、上手く行くのかな。そんなこと」

 不安そうに言う一人の男に、強面の男は冷や汗を垂らしながら言った。

「信じよう。何せ、エレナ様が言ってたんだからな。俺達みたいな一般人が落とし物をしたら、自分で取りに行くと」

「だが、もしエレナ様が来なかったら」

「安心しろ、手は打ってある」


 アイラ達の家に俺が言ってから一日経っている。彼女達家族がドレスをエレナから奪う目的で近づいていたなら、もう既にあの家にはいない可能性が高い。

 そう思っていたのだが、ドレッドさんはなんてことない顔でアイラ達家族を連れてきた。話によると、アイラ達家族は王宮への呼び出しに備えて、仕事も休んで律儀に家で待っていたらしい。

 こんな行動をする家族が、本当にエレナ様のドレスを計画的に盗んだんだろうか。

「……違う、この子じゃない」

 王宮でアイラ達家族がエレナと謁見した。玉座のまで跪く彼らを見て、エレナは首を横に振る。

「確かに特徴はそっくりだけど、でもこの子じゃない……」

 エレナがそう言った時、俺の頭は真っ白になった。だって、そんなはずがないのだから。この二日間調べ上げた点と点が、今日の朝繋がった。エレナ様がドレスを紛失した現場にあった魔方陣がフォレスの町に繋がっていて、そのフォレスの町にアイラ達家族がその日滞在していたんだ。

 アイラという名のこの少女以外、ありえない。

 一体、どういうことなんだ。意味が分からない。

「……本当ですか?」

 再び俺が訪ねると、エレナは何も言わずに、今度は首を縦に振った。

「そう……ですか」

 茶色の髪の少女捜しが、振り出しに戻ってしまった。いや、今はショックを受けている場合じゃない。振り出しと言っても、手がかりはまだ残されている。

 <金の亡者>もう、この手がかりを頼って、フォレスの町に行くしかない。

「ごめんね、忙しいのに、王宮に呼びつけたりして。せめて、王宮で美味しいごちそうを食べて言って」

 エレナが律儀に頭を下げると、アイラ達家族は震え上がりながら更に下へと頭を下げた。

 一般の国民に王が頭を下げるなど、前代未聞だ。初めてそんなことをされて、この家族が震え上がるのも無理はない。何せ、元々この国は騎士にすら頭が高いと場合によっては処刑されてしまうような国だったのだから。

 この家族は、この後王宮でごちそうを食べ終え、さぞ困惑しながら家に帰るんだろうな。

 アイラ達家族が玉座の間から立ち去り、俺も捜査の為に玉座の間から退出しようとしたその時。

「ちょっと待って、マーク……この後どうするの?」

 エレナが俺を呼び止めて、そう言った。

「エレナ様のドレスがある可能性がある、フォレスの町に向かおうと思います」

 俺がそう言うと、エレナは焦った様子で、玉座の階段を駆け下りて言った。

「お願いマーク、私もフォレスの町に連れて行って!私のせいでドレスを紛失したのなら、私が取りに行って、ちゃんとあの子から返してもらわないといけないと思うの」

 真剣な眼差しで、見つめられ、俺はエレナから目をそらした。

「それは、できません」

 少女の裏には、国を騒がせる強盗集団<金の亡者>がいるかもしれない。そこにむやみやたらに、魔法も使えないエレナを放り込むわけにはいかない。例え俺と一緒だからって、安全だとも限らない。

 まだそうと断定するには情報が少ないが、少しでも可能性がある限り、エレナ様を連れて行くわけにはいかない。

「どうして?何か理由があるの?」

「エレナ様の身に、危険が及ぶ可能性があるからです」

「可能性は、あくまで可能性でしょ?」

 何だ、今日のエレナはやけに食い下がってくる……いや、それもそうか。自分がやってしまったことへの負い目が、エレナの自己犠牲精神を煽ってるんだ。昔からそうだ、自分でしたことは、自分でけじめを付けようとする。それが裏目に出る日が来るとは。

「マーク……お願い、行かせて」

 エレナ様に話すべきだろうか。ドレスを奪った少女のバックに<金の亡者>と呼ばれる強盗集団がいるかもしれないことを。奴らはエレナが女王になって以来、エレナを批判するような政治的メッセージを込めた犯行に及び始めている……いや、だが能天気なエレナだ、話せば分かるとか言い出して、意地でもついてこようとするかもしれない。

 首を縦に振らない俺を見て、エレナはとうとう伝家の宝刀をぬいた。

「マーク、女王としての命令です。私を、フォレスの町まで連れて行きなさい」

「命令……か」

 無視すれば俺は反逆罪。このままエレナに、連れて行かないの一点張りで通しても、きっと理解してはくれない。命令……、俺には、それをしないと思ってたんだがな。

 どうしていつも、お前の為にやっているのに、分かってくれないんだ。

 だがいつも、そうやって俺の言うことを無視したエレナの行動が、良い結果をたぐり寄せる。村人ながら異世界から来た勇者の妻になり、そして今や一国の女王となった、俺のような凡人とは違う、エレナはきっと、不思議な運命を持ってるのだろう。

 このまま自分の自我を捨て、エレナの行動に、エレナの意思に、何も言わず従っていた方が、国にとって良いのかもしれない。

 それでも、今俺がここにいる理由は、そんな不思議な運命と言う不確定なことに命を捧げることじゃない!

 エレナを、命を賭して守ること。それが、俺の中の、正しい選択だ!

「その命令を、受けることはできません」

 俺がそう言うと、真っ先に俺の首筋に刃を突きつけたのは、ミルヴァ団長だった。


「マーク。それは、女王の命令に背くということか」


 エレナは何も言わず、只々俺を見つめている。

 ミルヴァ団長の脅しにあやかり、我を押し通すつもりか。女王らしい考えが、少しは出来るようになったらしい。

 押し黙る俺に対し、ミルヴァは諭すように優しく言った。

「ドレッドは死ぬ覚悟を持って女王に反逆した。マーク、お前に罰を受ける覚悟はあるのか……」


 だが、俺の意思は変わらない。


「そのリスクを負ってでも、女王を守るのが俺の仕事です」

「城にいられなくなるぞ」


 かつてのこの国なら、女王の命令を無視すれば死罪。だが今、この国にそんなルールは存在しない。それでも、師団長クラスの役職者が女王の命令に背いた場合、王宮会議にて師団長達と女王の会議によって、何かしらの罰則が設けられる。

 だが、それは命令に背いた場合の話。

「命令に背いたことになるのか、罰を受けるかどうかは、俺が決めることじゃない……ですよね、女王陛下」


「え?」


 真っ直ぐにエレナの目を見つめると、エレナは動揺して目を泳がせた。


 俺は今から、立場を利用したあくどいことをする。


「女王様の命令を俺が拒否したことになったら、すぐにでも俺をこの城から追放すれば良い。だが一つだけ言っておくぞ、エレナ!」


「なっ貴様!」


 女王を呼び捨てにした事で、ミルヴァ団長による制裁の思い一発が背中に入り、俺は地べたを這いつくばる。


「俺は常に、お前の事を第一に考えている!俺を、信じてくれよ!」


 叫び声が部屋にこだまし、波打って俺の元に返ってくる。

 皆の視線が、一気にエレナへと向けられた。

 エレナは、観念したように俯き、言った。


「分かった……命令を、撤回します」

「陛下、こんな簡単に女王の命令が撤回されたとあっては!」


 ミルヴァ団長が不自然に焦りだすが、エレナの一言で団長は黙りこくる。


「ミルヴァさん。私、女王として何も分かってないから、マークがいないと駄目なんだ。ごめんね」


 すると、俺の首筋にほんのり当たる冷たい感触が消え去った。どうやら、ミルヴァ団長が剣を鞘に収めたらしい。


「陛下の御前で、大変失礼いたしました」


「いいの、ミルヴァさんだって、私の為にやってくれたんでしょ」


「……」


 エレナは俺の方を見ると、ほんの少し申し訳なさそうな顔をしながら、言った。


「マーク、ごめんね。フォレスの町に行って、私のドレスを取りに行ってもらえる?」


 俺は、エレナの目を真っ直ぐ見て、答える。


「陛下の、ご命令とあらば」

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