声は月に届くか
タビサキ リョジン
声は月に届くか
どこともしれない空間。
暗い。ただ闇が広がっている。
耳に届くのは、ギターのような音。
最初は小さく、ただの音のうねりだったそれが、やがて形を持ちはじめ、メロディとなり、音楽になっていく。
拙く短くしか鳴けなかった春のウグイスが、少しずつ鳴き声を磨いていくような過程だ。
もしも、誰かが演奏しているのならば、それはある人が聞けば、「下手くそだ」と吐き捨てられるかもしれない。
しかし同時に確かな技巧が存在し、聞く人が聞けば、「これは至高の演奏だ」と、あるいは評するかもしれない。
『伝えたい』という思いに違いがあるのか。そんな事を、
あるいは、『技術の巧拙』ははたしてなんなのか。
それを評論することに、なんの意味があるのか。
そんなことを考えさせる音であってもよい。
やがて音はうねりだし、始めは小さかったそれは、自らのうねりをもって、より拡大し、大きな波となって心に届く。
ふと気づけば小さく見える、微かな光。そこに浮かびあがるのは大きな仮面。
その周囲には三人の女がいるようだ。だが光は薄く判然としない。やがて一人の女がその音に寄り添うように歌い出す。
しばらくするともう一人の女も、音を支えるように声をだす。
高まるギターのような音。
やがて3人目の女が切なげに、しかし狂おしく声をあげる。
それは全く音楽に乗らぬ切り裂くような声。
しかし不思議とそれも含めて一つの曲のような印象もうける。
そうして。
突如訪れる静寂。
暗闇の中、切なげな吐息だけが聞こえてくる。
やがて、ゆっくりと、灯る明かり。
そこには女1と女2が座っている。
二十代の前半にも見える、二人。
一人は、ふわふわとした、女の子らしい服装。
もう一人は、ベリーショートの髪に、どこかボーイッシュなコーディネート。
対照的な二人だが、お互いに信頼しているのが伝わって来る。
椅子に座り、テーブルには飲み物、仲の良い友人がカフェでお茶でもしているかのよう。二人ともリラックスしているようだ。
ふわふわとした、可愛らしい女の方は、のどに手をやり、しきりに咳払いを繰り返す。
テーブルの飲み物を、しきりに口にするが違和感がとれないようだ。
「ンッ……ンッ……」と可愛らしい咳をしていたが、やがて我慢ができなくなったように。
女1「ン゛ン゛ン゛ン゛ッ!」
と、大きな咳払い。
女2はそれを眺める。
女1は少しだけ恥ずかしそうに、また小さな咳払いを繰り返している。
女1 「(咳払い)あー、うん。あー、あー」
女2 「どしたの?」
女1 「ん?いや、なんか喉がさ…。うん、んーんー」
女2 「大丈夫?」
女1 「うん。多分」
女2 「のど飴あるよ」
女1 「ありがと」
女2はバッグからのど飴をだして、女1に渡す。
女1はそれを受け取り、個別包装のそれを破って口に入れる。
出たゴミをどうしようかと一瞬迷う女1。女2は、その様子を見る事もなく、さりげなく手をだす。
のど飴の包装を女2に渡す、女1。
女2は、なんでもないように、それをバッグの中に捨てる。
女1 「いつももってんの?」
女2 「ん?」
女1 「のど飴」
女2 「あー、まあね」
女1 「調子悪いとかじゃない?」
女2 「ん?」
女1 「いや、あんたも喉とか痛いのかなって」
女2 「いや、私は大丈夫」
女1 「そう?」
女2 「うん」
女1 「ならいいけど」
女2 「こんな時のために色々持ち歩いてんのよ」
女1 「こんな時って」
女2 「突然喉痛くなる人とかいるかもしんないじゃん」
女1 「はあ?」
女2 「え?」
女1 「え?人のためにわざわざ持ち歩いてんの?」
女2 「え?そうだよ」
女1 「えーすごーい」
女2 「え?そう?」
女1 「私、荷物は極力減らしたい派なの。できれば手ぶらででかけたいくらい」
女2 「えー、手ぶらでなんか出かけたことないなあ」
女1 「そういえば、あんたは、いっつも大きい鞄持ってるよね?」
女1は女2の後ろ辺りを指さす。
女2の後ろには大きな鞄がある。
さっき、のど飴をだした、女2のバッグ。
バッグというか、それは大きなリュックといってもいい。両肩掛のバックパックだった。
女の子のもつようなものではなく、まるで軍人が背負っているような、無骨で頑丈なもの。外側にも多くのポケットがついていて、それ自体の重さを考慮しなければ、非常に使い勝手はよさそうだ。
女1 「それ、あんたのでしょ?」
女2 「ん? うん」
女1 「なにが入ってるの?」
女2 「えーだから色々だよ」
女1 「なになに?見せてよ」
女2 「いいけど。ここで?」
女1 「うん」
女2 「別に普通のものだよ」
女1 「いいから。みせてみせて」
女2 「ううん。別に面白いものはないけどなあ……」
女2は、ごそごそと鞄を漁る。
中にあったものを出しながら。
女2 「暇になったときに読む本とか」(と文庫本をテーブルの上にだす)
女1 「ふんふん」
女2 「甘い物が欲しくなった時のためのチョコとか」(チョコをテーブルの上に)
女1 「ほうほう」
女1は、テーブルに出された、本を手に取りパラパラと読む。
片手ではチョコも勝手につまんでいるが女2は気にした様子もない。
次々と鞄の中身をテーブルに並べている。
女2 「怪我した時のための絆創膏。頭痛いときのための頭痛薬」
女1 「(頭痛薬を手に取り)あんた、頭痛上級者?」
女2 「もっと痛いときのためのロキソニンでしょ。んで、後は……」
バナナ、浮き輪、三角定規、ハイパーヨーヨー、ミニカーなど、
色んなものが次々とでてくる。
それらは、あっというまに机に山を作った。
女1 「これは?」
女2 「サバイバルキット」
女1 「さばいばるきっと?」
女2 「そう。これ一個で色々対応できるから便利だよ」
女1 「サバイバルキットってなにが入ってるのよ」
女2 「え、釣り針でしょ? 後、マッチと、ワイヤーソーと――」
女1 「ワイヤーソー?」
女2 「そう」
女1 「そうだけに?ってやかましいわ。ワイヤーソーってなによ?」
女2 「だから、こう、ワイヤーみたいに柔らかいんだけど、ここんとこがのこぎりになってて……こう……枝とかに巻き付けてゴリゴリやると」
女1 「わかった!わかった!実演しなくてもいい! ……それを使う機会はいつやってくるのよ」
女2 「いや、いまんとこ一回もないけど」
女1 「たぶん今後一回もこないよ」
女2 「まあ、使う機会なんか来ない方がいいけど」
女1 「いや、そりゃそうなんだけどさ。じゃあなんでそんなの持ち歩いてんのよ」
女2 「そんなのいざという時のために決まってるじゃん」
女1 「そのいざはいつくるのよ」
女2 「いつ来るかわかんないから、いざなんじゃん」
女1 「ぐうの音もでんわ」
女2 「のど痛いから?のど飴あるよ?」
女1 「そういう意味じゃねーよ」
女2 「あ、そう」
女1 「全く……。(机の上をみて)バナナにおにぎり……」
女2 「お腹が空いたりするといけないからね」
女1 「三角定規に……、浮き輪?」
女2 「なにがあるかわからないからね」
女1 「え?あんた泳げなかったっけ?」
女2 「泳げるよ?」
女1 「だよね。しかもメチャクチャ早かったよね」
女2 「自慢じゃないけどね」
女1 「なんか、なんとか川のランブルフィッシュとかあだ名ついてたよね」
女2 「紀ノ川ね」
女1 「どこよ、紀ノ川」
女2 「和歌山にあるんだけど」
女1 「んで、そのランブルフィッシュがなんで浮き輪持ち歩いてんの?」
女2 「いや、だから、だれかが溺れた時に助けられるように」
女1 「え?マジで?」
女2 「結構マジだけど」
女1 「ふうん。すごいね」
女2 「バカにしてる?」
女1 「いや、まあ浮き輪は正直どうかなと思わないでもないけど、結構本気で感心してるんだけど」
女2 「ううん。なんか……、心配なんだよね。ここでアレがあれば、イヤな思いしなくてすむのに。とかさ。誰もイヤな思いなんかしたくないわけだし。準備さえしてれば助けられてたはずなのにさ。持ってなかったために助けられる人を助けられないのとか、いやじゃん」
女3 『いやじゃん』
3人目の女が、いつの間にかそこにいる。
女3の声に応えるように、どこからともなくギターのような音が短く鳴る。
うねり、響き、空間から滲み出るような音だ。
しかし女1と2は、女3とその音に気づいていないようだ。
女1 「ううん。そりゃ、そうだけど……。人のためにそこまで出来るってはすごいねえ」
女3 『すごいね。すごい。ねえ』
ギターのような音が短くそれに応える。
女2 「そうかな。私にしてみれば、貴方の方がすごいけどね」
女1 「えー、なにが?」
女2 「いや、いっつも可愛い服きてるしさー、美味しいお店とかもたくさん知ってるし。男の子とかにもモテるしさ」
女3 『いいな。いいな。いいな』
ギターのような音が、まるで『同意できない』というかのように鳴った。
しかし、女3は、頬を膨らませてそれに反論する。
女3 『いいの。女の子はそうなのよ』
女1 「そうかな。好きなだけだよ」
女3 『好きなだけ』
ギターのような音が、極々短く鳴った。少しだけ寂しそうに。
女2 「うん。なんか私そういうの苦手なんだよね。なんか素直に人生楽しめないっていうか……」
女3 『楽しみたいなあ。楽しみたい』
女3の声に応えるように、音は、やれやれといったように鳴る。
女3は宙を少し睨む。
ギターのような音は「おっと」と言うように止まる。
しかし、女3はさらに宙を睨みつづける。ギターは抗議をするように少し鳴る。
空中を睨む女3。
ギターの音は緊張したようにやや乱れる。やがて、女3は「わかったか」というように勝ち誇る。観念したように、謝るように短く鳴るギター。
女3 『よろしい』
そのやりとりは、女達には見えていない。女達は少しだけ真面目なトーンになって話し続ける。
女2 「いや、別に今に不満があるわけじゃないんだけどさ」
女1 「なにか悩んでるの?」
女2 「悩んでるってほどでもないけどね。まあ考えるの好きなんだよ」
女1 「あたし、考えるの嫌い。あたしの最近の悩みなんか、スマホの着信音がどもるって事くらいだよ」
女2 「なにそれ」
女1 「どもるのよ。着信音が。普通は♪ポロリン位なんだけど、♪ポッポッポポポポポロリポロポロリンみたいになるの」
女2 「ああ。なんか友達もそんなこと言ってたな」
女1 「え?そう?よくある事なのかな?」
女2 「わかんないけど」
女1 「陽気なDJかっつーのってメッセージが来る度に思うのよ」
女2 「なんかその友達は、再起動?ってのすると直ったっていってたよ」
女1 「え?ウソウソ。直んないって。だって私したもん再起動」
女2 「そうなの?」
女1 「うん。したけど直んなかったよ」
女2 「そっか」
女1 「まあでももっかいやってみてもいいけど。(と再起動)ちょっと時間かかるから待ってね」
女2 「うん」
女1 「なんかさー。これであっさり直ったらさー、ちょっと気まずいよねー」
女2 「そう?」
女1 「そうよ。ウチの猫が芸をするから見に来てって自信満々で友達呼んだのに、いざ人が来ると、全然やらなかった。時みたいな気まずさを感じる気がするわ、私」
女2 「わかりにくい例えだなあ」
女1 「えーそう?」
女2 「うん」
女1 「そうかなー」
女2 「まだ?」
女1 「(みて)うん。まだ。もうちょっと」
女2 「そうか」
女1 「……」
女2 「……」
女1 「……で、なんだっけ?」
女2 「なんだっけ?とは?」
女1 「悩みよ」
女2 「いや、別に悩みってほどのことじゃ」
女1 「あ、ちょっと待って。終わった。ちょっとメッセ送ってみて」
女2 「え、あ、うん」(送る)
普通になる着信音
女1 「……」
女2 「……」
ちょっと見つめ合う二人。
女1 「鳴ったね」
女2 「うん」
女1 「悩みなくなっちゃった」
女2 「よかったじゃん」
女1 「うん。まあ」
女3 『……ほんとかなあ?』
女1 「……(ため息)」
女3 『ねえ、ほんと?』
女3は宙に向かって問いかける。少し探るような間の後、どこからかギターが鳴る。その音はいままでのものと違い、軋むような、重苦しいような、そんな旋律を奏でる。女3はそれを聞くと女1を眺めて。
女3 『私は騙せても、こんなに旋律が乱れてるんじゃまだまだ全然だねえ』
女1 「ねえ、さっきからなんかうるさくない?」
女3とギター、ギクリとする。ギターのような音もぴたりと止み、女3は両手で口を押さえ、ゆっくりと女1から離れてそっと身を潜める。
女2 「え?わたし?ごめん」
女1 「いや、そうじゃなくて」
女2 「なに?」
女1 「いや、なんか声みたいな」
女2 「声?」
女1 「うん」
女2 「(ちょっと耳をすまして)いや、なんにも」
女1 「そう?なんか聞こえるんだけどなー」
女2 「幻聴?やばいんじゃない?」
女1 「ちょっとやめてよ」
女2 「冗談だよ」
女3、少し離れたところでギターと会話をする。(今後、女3をコエ、ギターをセンリツと表記する)
コエ 『え?私たちの事聞こえてるのかな?』
センリツ (まさか?)
コエ 『だってさあ』
センリツ (偶然じゃない?)
コエ 『なんだ残念』
女1 「で?」
女2 「で?」
女1 「悩み。悩みの話」
女2 「いやだから別に悩んでないって」
女1 「ほんと?」
女2 「なに?さっきから?」
女2の口調はやや刺々しくなる。
お節介が単純に鬱陶しいわけではなかった。
もしかしたらそれは、この話題が続けば敏感な部分に触れざるを得ない予感による自己防衛のようなものだったのかもしれない。
思わず口調が激しくなり、女1は女2の言い方にやや飲まれた。
ややある、沈黙。
女1は考える。
『なんでもないやりとりからはなんでもない関係しか生まれない』
それは彼女にとって恐ろしい事ではあったのだが、勇気をだして一歩を踏み出すことに決めたようだ。意を決して。しかしそれを悟られぬよう、ゆっくりと口を開く。
女1 「おせっかいかもしんないけどさぁ。なんか気になるのよ。前からちょっと思ってたんだけどさ。あんた、なんとなく一番大事な言葉飲み込むみたいなとこあるじゃん。そういうのやっぱ寂しいっていうかさ……。なんか力になって上げたいって思うわけよ。まあ私は、あんたみたいに優しくないからさ、誰にでもそう思うってわけじゃないけど、……あんただからさ……、友達が苦しんでるならなんとかしてあげたい、くらいの事は思う訳よ」
女2はその言葉を聞いていた。目をそらす事なく。
やがて、女1をみて優しく微笑む。コエも嬉しそうにその様子を眺めている。
女2 「ありがと」
女1 「やめてよ」
女2 「ううん。嬉しいよ」
女1 「……、なんかさ。こういう事いうのなんだけどさ、あんたのやさしいのすごいって思うよ。みんなに気を遣って、いつでもみんなの事考えててさ、でもさ、やっぱいつ使うかわかんないようなもの、いっつも持って歩くのってちょっと普通じゃないじゃん。あんたがそうなっちゃったのなんでかなって考えちゃったんだよ。そんで、ひょっとしてそのことであんたがすごい苦しんでたりするんならさ、なんとかしてあげたいって思ったんだ」
少し長い沈黙。
女2は、呆気にとられたように、しかしどこか図星を指されたような、微かな痛みを抱える顔で女1を見ている。
その視線を真っすぐに受け止める女1。
女2 「……」
女1 「……うん、ま、……そういうこと……」
女2 「ありがと」
女1 「……いや」
女2 「なんか、めずらしいね」
女1 「え?」
女2 「いや、貴方がそんなこというなんて」
女1 「あはは。キャラじゃないのは自覚してるし、自分が一番びっくりしてる」
女2 「あはは」
女1 「うん」
女2 「……ありがと」
女1 「うん」
女2 「……うん……、確かにちょっとやりすぎかもね。私も自分でちょっとおかしいんじゃないかと思う」
そう前置きすると、少し、唇を湿らせたあと、女2はゆっくり語りはじめた。
女2「ちっちゃい頃さ、友達と遊んでてさ、こう、壊れた車が積んであるみたいな、ゴミ置き場みたいなとこで。で、ちょっとした不注意だったんだけど、そこに積んであった車やなんかが崩れてきちゃって……、友達がそれに巻き込まれてね。死んだりはしなかったんだけど、結構大きな怪我しちゃってさ。あれ、いまでも痕残ってるんだろうな……。で、まあ私が誘って遊びにいったんだったから、私、もうびびっちゃってさ。元々近づくなって言われてた場所だったから、親呼びにいくのも迷っちゃってさ……。そもそも二人とも両親共働きで家にいなかったし。そんで、友達は泣いてるし、周りはどんどん暗くなってくるし、段々お腹もすいてくるし。まあ私が一番いけないんだけど……、もう、なんにもできないことが悔しくてさ。……多分、そういう記憶があるからだよね」
女1 「…… そうだったんだ」
女2 「うん。多分ね。なにもできない。って状態が怖くて仕方ないの」
女1 「そっか」
女2 「あとはさ……」
女1 「ん?」
女2 「たぶんだけど、色んな事に気のつく自分、優しい自分って事に価値を見いだしてるんじゃないかな」
女1 「価値?」
女2 「うん。わたし、優しくなかったらなんでもないから」
女1 「なんでもないって?」
女2 「可愛いカッコもできないし、美味しいお店も知らないし、友達と行って楽しいとこもなんにも知らない。カラオケいってもボーリングしても楽しいと思った事ないし、人が楽しいって言うことがなんにも楽しくない。みんなが楽しい事が一緒に楽しめないのならさ、せめて人が楽しくない事を無くしてあげないとわたし、みんなと一緒にいられないんじゃないかって」
女2の声に合わせ、ごく控えめな軋むようなセンリツのギターの音が滑り込んでくる、軋むような静かな叫びだが、そこにはカタルシスの萌芽が見えるかもしれない。
女1は耐えきれなくなったように叫び出す。
女1 「そんな。そんなことないよ!そんなこと言わないでよ!だって、私はずっとあんたがうらやましかったんだよ」
女2 「うらやましい?」
女1 「うん。わたしは、いま、ここにない事を考える事がすごく苦手。いまここにいない人がどんな気持ちでいるかとか、わたしの言葉や行動でどれだけ傷ついているのかとか。そんな自分がイヤで、ここにいない人の気持ちまで考えられる貴方がとてもうらやましかった」
女2 「……うらやましい……」
女1 「でも、考えようと思っても、考えられないの。気づくのはいっつも誰かを傷つけた後。その事がホントに情けなくって悔しくってさ。だから……開き直るしかなかったんだよね」
女2 「開き直るって?」
女1 「開き直るは、開き直る……よ。私は私の楽しい事やっていく。私は私が気持ちよくなるために生きているんだってね」
女2 「……そっか……」
女1 「でもそれは仕方なくなのよ。楽しかったけど、でも虚しかった。楽しければ楽しいほど、その虚しさは大きくて……。喉が渇いてるときに海の水飲んでるみたいだった、飲めば飲むほど喉が渇いて、渇くからまた飲んで……。ずっと繰り返してるうちに本当はなにがやりたかったのかわかんなくなっちゃった」
いつからか、背景には強く優しい音楽が流れている。
それは、本当の音ではないのかも知れない。しかし、心の中に確かに存在する旋律だった。
音楽はゆっくり、ほんとうにゆっくりと高まっていく。
女2しゃべり出す。コエもそれに重なるように喋りだす。
コエ 『でも……』
女2 「でも……」
女2・コエ 『……でも、私は貴方がうらやましかったよ……、いつだって自分に正直で、あけすけで。それは私にはなかったものだから。私にないものを持っていて、私には出来ない楽しみ方をしている貴方がうらやましかった。うらやましかったけど、貴方と一緒にいるのは本当に楽しかったの』
女1 「……」
女2・コエ 『いつだって自分自身でいられて、いつだって自由な貴方に憧れていたのよ』
いつの間にか、心の中の音楽は止んでいた。
沈黙
しかしそれは、心地のよい静寂だった。
女1 「自由か……」
女1のその呟きに、触発されたかのように同じ言葉を繰り返すコエ。
その声は二人に届いたのか。
女1と女2は、突然、届いた声に驚く。
コエ 「自由」
女1・2 「え?」
突然聞こえてきた声に、驚いた女1と女2、キョロキョロと辺りを見回す。
コエ 「自由かー」
女1・2 「え?え?」
コエはいつのまにかテーブルの真ん中につき、話に加わっていた。
その姿は、まるで最初から三人で話していたかのようだ。
コエ 「自由って一体なんなんだろうねえ」
センリツ (さあね。とでも言いたげな音)
女1・2 「ん?ん?」
とまどう、女たち、コエは再び同じセリフを繰り返す。同じ音で、しかし意味はどこか深く。
コエ 「自由って一体なんなんだろうねえ」
女1と2、なにやら不思議な顔、コエの言葉が届きだしたよう。
しかし戸惑いながらも、「ま、いっか」というように受け入れ出す。
どうしようもない事は受け入れるしかない。そう観念したかのように見えてもよい。
女2 「自由?」
コエ 「自由ってさ、自分の自に由るって書くでしょ」
女2 「自由……」(と、机に自由の字をなぞる)
女1 「ああ、うん」
コエ 「これってさ、自分に由るってことなんじゃないかな」
女2 「自分に由る」
コエ 「そう、自分で考えて、自分で決めて、自分で行動する、で、自分で責任をとる」
女1 「責任」
コエ 「誰かのせいにしない。誰かの考えや行動に頼らない」
女2 「そうか……」
女1 「ん?」
女2 「誰かのためになりたいってのは自由だけど……、誰かに嫌われたくないってのは自由じゃない」
女1 「え?」
女2 「それ、知らないうちに縛られてんだ。他人に、他人の気持ちに」
女1 「あ、そうか。じゃ……自分の好きなことをするのは自由だけど、好きなことをするしかないのは自由じゃない」
女1と2なにかに気づいたように見つめ合う。
それは、とても、すっきりとした表情。
それをみて、にっこりと笑うコエ。それに応えるようにギターの音が流れ出す。
コエ 「自由には二種類あるの。やらなくてもいい自由とやってもいい自由。束縛からの自由となんでもしていい自由」
女2 「やらなくてもいい……自由?」
女1 「やってもいい……自由」
コエ 「人は勝手に縛られる。これをしたら嫌われる。これをしなかったら私の価値が無いってね。目をつむって、耳を塞いで、大きな声で繰り返す。だから心のコエも心のセンリツも聞こえなくなっちゃう」
女1 「……」
女2 「……」
コエ 「私もセンリツも、ずーっと喋ってるのに」
女2 「そっか……」
コエ 「なんにもしなくてもいい。なにをしてもいい。本当に自由なのは、なにに縛られるかさえも選べることなのよ」
その言葉がじんわりと心に染み渡る。そんな音さえ聞こえるかのよう。
女1 「選んでいいんだ……」
コエ 「いいの。ただそれを自分で選んだかどうか」
女2 「自分で……選ぶか……」
女1 「いわれてみれば確かに……、自分で選んだ事ってほとんどないかも……」
女2 「自分で選んだって思ってても、『本当に』それがしたかったのか……っていわれると……ね」
二人は、過去の選択を思い出しているのかもしれない。しかしコエはそれを遮るように語り出す。
コエ 「それが生きる事」
女1 「生きる……」
コエ 「おんなじものを見ていても見る方向によって全然違う形に見えたりするでしょ?同じ方向から見てたって、月みたいに満ちたり欠けたりするものだってある。全然違うものだと思っていても、あんがい似たものだったりするものよ」
女1と女2はお互いをみやる。
お互いの瞳に映るものは、もしかしたら、自分に一番似ていないもの。しかし、ある意味では一番自分に似ているものなのかもしれない。
最も欲した。手が届かなかった。そう思った。
しかし、もしかしたらそれは最初から近くにあったのかもしれない。
コエ 「どんなにたくさんあっても満ち足りない時もある。すごく些細な事なのに心が全部満たされる時もある。でもそれっておんなじ物が違う見え方してるだけなんじゃないかなあ」
女1と女2は、コエに視線を送る。
二人にはもうコエの姿が見えているように見える。
コエ 「楽しいも苦しいも自分で選んだのなら全部楽しいの。同じになる事なんか一個もない。全ては月みたいに満ちたり欠けたりしながらグルグル巡る。だったら結果がどうなったっていいじゃない、精一杯生きたのなら」
にっこりと笑った、コエは、二人に向かって手を伸ばす。
女1と女2はその笑顔をうけ、にっこりと笑いを返す。
手を伸ばしたのは、どちらからだったのだろうか。
やがて、3人はお互いの、その手をつかむ。コエも笑う。
コエ 「歌っちゃお」
二人は意味を掴みかねて、きょとんとした表情をしている。
しかし、声はそれを気にせずに、虚空に向かって声をかける。
コエ 「センリツ」
コエのその声に導かれたように、ギターの音が入る。
それは静かで優しく、でもどこか陽気な音楽かもしれない。
最初に声を発したのは誰だったのだろうか。
いつしか、声は三重になり、歌声が重なる。
その歌には、生きることの楽しみと生きる事への決意が感じられるとよい。
三人は歌い、生きている事を感じ、楽しみ、そして最後に覚悟する。
それは、なにが起っても『自分がそれを選び取った』と信じる覚悟。
しかし同時に、受け取った幸せを、周りの人に分け与えるように見えても良い。
分け与えた幸せは力を増し、また自分に降り注ぐだろう、全ては循環し、うねり、エネルギーを増していく。
それは世界の仕組みだった。
そうして、この物語はここで終わる。
三人の晴れやかな笑顔とともに。
終わり
声は月に届くか タビサキ リョジン @ryojin28
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