十七歳・ひと夏の冒険1972

Youlife

第1話 退屈な夏休み

 一九七二年 七月――

 東北地方の田舎町にある女子高校では、終業を告げるチャイムが鳴り響いた。

 生徒たちは校門から吐き出されるかのように続々と家路についた。

 部活動に所属している生徒たちは部室に向かい、校庭や体育館からは吹奏楽部の練習の音や、体育会系の部活動の掛け声が聞こえてきた。

 三年生の小野田おのだルミは、いつものように鞄を手に文芸部の部室に向かった。

 部室に入ると、二年生たちがまるで部室を占拠するかのように机を取り囲んで席を並べ、本を読んだり小説や論文を書く姿が見られた。以前ならば机の周りは三年生の席であり、二年生以下は部室の隅っこや、場合によっては部室以外の場所に追いやられることもあった。


「ちょっと、あんたたち。何でそこにいるのよ? そこは私たちの席でしょ?」


 すると椅子に座っていた二年生たちは一斉にルミのいる方向を向き、軽蔑するかのような白い目で見ていた。


「何でって、センパイ達はもう役目を終えたからでしょ?」


 二年生の三坂由美子みさかゆみこが、机の上で腕組みしながら呆れ顔で声を出した。


「県の文芸コンクールは誰も受賞者がいなくて、全国に行く準備も必要なくなったし、文化祭は学校からのお達しで今年は中止だし……今後はもう大きな行事が何もないから、部長の藤井ふじいさんが『三年生は七月の定例会を持って引退する』って発表したんですよ?」

「藤井って、薫子かおるこが? 私、全然聞いてないけど」

「だって、小野田さんはいつものように定例会をサボってたからでしょ? 部長、今回は三年生にとって大事な話をするのに、何で来ないんだって怒っていましたよ、小野田さんの事」

「……だって、定例会なんて、下らない事務連絡しかしないと思ってたからさ」

「とにかく、定例会でセンパイ方の引退が決まったんですから。小野田さんの席はここにはありませんので、悪しからず」


 由美子が得意げな表情でそう言うと、二年生たちは口に手を当ててクスクスと笑っていた。怒りが収まらないルミは「勝手にしろ!」と大声を上げると、部室のドアを激しく音を立てて閉めた。

 部室を出て、歩くたびに音を立ててきしむ廊下を進むと、ルミの同級生で演劇部に所属する滝口照代たきぐちてるよが、部室棟の出口で立っていた。


「どうしたの、照代」

「私の居場所がなくなったのよ。部室に入ったら、先輩の場所はありませんよって言われてね」

「えっ、私と同じだ! あんたも部室を追い出されたの?」

「まあね。こないだの県の演劇コンクールで予選落ちして、三年生はそこで自動的に引退ということになってたの知らないで部室に入っちゃった」

「県大会ダメだったの? 全国に出しても全然行けるって自信満々だったのに」

「そう。今年はちょっと前衛的な要素を入れて、だいぶ冒険した内容だったんだけど、審査員をしていた県のお偉方の先生達には受け入れられなかったみたい。ホント、考え方が遅れてるよなぁ。東京ではこういうのが今の主流なのに」

「アハハハ、照代はアングラ演劇が好きだもんね」

「そう。私が脚本を書いて演出もしたんだけど、照明や音楽がおどろおどろしすぎるとか、ストーリーが怖いとか言われてね。でも、あえて押し通したの。これが自分のやりたいことだからって」

「すごいね、照代のそう言う所は尊敬しちゃうよ」

「ルミだって、そのまま映画に使えそうな小説書いてるじゃない。こないだの高校生文学賞も余裕で金賞だったんでしょ?」

「アハハ、それがね、酷評されて入賞すらできなかったんだよね」

「どうして?」

「登場人物がみんな何かしらの不幸を抱えて、救いようがない終わり方だって。ハッピーエンドじゃなくて読後感が良くないってさ」

「救いようがない? どうして最後にみんなニコニコした終わり方じゃないと評価されないのよ? おかしくない? それって」

「照代ならそう言うと思った。でも今思うと、入賞しなくて良いと思ったよ。目が腐ってる時代錯誤の審査員に評価されてもしょうがないって思ったから」


 二人は部活動での愚痴を言い合いながら、肩を並べて、校門へと続く道を歩いて行った。

 灼熱の太陽が照り付ける中、教師たちが敷地内を隅々まで何度も旋回していた。

 昨年、すぐ近くの男子高校で激しい学生運動が勃発し、ルミの学校からも何人か運動に共鳴して参加した生徒がいた。運動自体は沈静化したものの、参加していた生徒達はその後も学校の改革を訴えていた。それ以来学校側では校内の見回りを強化し、過激な思想を持った生徒に占拠されないよう生徒総会には教師を何人も配置して監視の目を強め、更には毎年秋恒例の文化祭を中止する決定まで下していた。学園の自由を求めた運動のはずが、逆に内部統制を厳しくする結果になったのは何とも皮肉であった。


「ねえ、ルミは夏休み中ずっと勉強?」

「まあね。それしかやることがないから。親は大学には行っとけって口煩いし」

「私もだよ。でもね、一つだけ楽しみにしていることがあって」

「ふーん、何なの?」

「新宿とかで活動しているテント劇の劇団『蜥蜴トカゲ』がやってくるんだよ。一度生で見て見たくて、チケットも手に入れたんだ」

「へえ、『蜥蜴』って、アングラ演劇の?」

「そうだよ。ルミも観に行く?」

「……いいよ。一度は観てみたいと思ってたから」

「やった! じゃあ、ルミの分のチケットも買っておくね」


 照代は笑顔で手を振り、ルミを残して一目散に校門から走り去っていった。

「夏休み」……そう、明日からは一カ月にも及ぶ長い休みに入る。

 部活動は強制的に引退させられ、かといって自由に遊びに出かけたりアルバイトをすることも許されず、受験勉強に打ち込むしかない夏休み。

 学校で授業を受けるよりは気が楽だけど、退屈な毎日が続くと思うとるみは気が重くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る