第1話(7) 運命のめぐり合わせ

ノームは穏やかな声で、手にしていた衣服を司に差し出した。

厚い掌の温みの上で、茶色い布がかすかに擦れて小さな音を立てる。

「……ほら、これを着なさい。」


司はその衣服を受け取り、指先で生地をなぞった。

ざらりとした繊維が肌を逆なで、ところどころ手縫いの糸がほんのわずかに盛り上がっている。

新品の張りではなく、何度も洗われてくたびれた感触が布越しに伝わった。


それは脱衣室で脱いだのと同じ、茶色の布製の服と革靴だ。


これは誰の服だろう?

さっき脱いだ服は箱の中に入れたはずなのに、ここにあるわけがない。


司は服を着ながら、司は首をかしげてちらりとノームを見上げた。

「ねえノーム、この服ってさ、どうしたの?」


司は疑問に感じ素直にノームに質問してみた。

ノームは一度視線を落とし、唇の端をわずかに動かした。

沈黙が降りた。


ノームの表情は読み取りづらく、考え込むように眉間が固く寄っている。

その周りだけ空気が少し重く、呼吸の熱が淡くこもって見えた。

(聞かない方がいいのかもしれない)そう思いながらも、好奇心がそれを押しのけた。


司の背後からタカギが「ノーム、隠してもバレるぜ。さっさと教えてやれよ」と、含みのある態度でニヤリと口元を緩め、ノームに話しかける。


タカギがニヤニヤしているのは意地悪なことを考えているのだろうと、これまでの付き合いでわかってきた。


ノームは短く息を吐き、腹を括るように頷いた。


「……そうだな」

ノームは短く頷き、低く落として話し出す。


「さっき脱衣所で脱いだ服を箱の中に入れたろ?

あれはただの箱ではなく、底がないんだ。

箱の下には穴が空いていて下の階層に繋がっている。

そして、落ちた服は…」


ノームの声がそこで細く切れた。

言葉が喉で止まる。こめかみがぴくりと揺れ、視線がタカギへ滑る。

「悪い。タカギ、代わってくれ。……想像すると、どうにも気分が悪い」


タカギは頭をガシガシ掻き、笑みをしまうと鋭い目で司を見る。

「……まあ、気分のいい話じゃねえな。いいか司、聞いても引くなよ」

司が固く頷くのを見て、タカギは低く続けた。

「落ちた服はな――さっき俺たちが浴びたシャワーの水と泡で洗うんだ」


「え?」

驚きにも疑問にも似た声が司の喉からこぼれる。

タカギの言葉がうまく理解することが出来ない。

いや、理解を拒んだというほうが正しいのかもしれない。


どういうことだ?と、司は視線を落として考えているとタカギがより詳しく説明してくれた。


以前タカギとノームはここの洗濯場で働いたことがあり、

仕組みはこうなっている。


脱いだ服は例の箱から下の階層へ落ち、冷たい石壁に当たって布が擦れるざらりとした音を響かせながら、斜面を滑り落ちていく。

落ちてきた服を下の階にいる異人が拾い集める。

足元は常に濡れていて、ぎしぎしと木の台が鳴る。

濡れた靴が床に吸い付く音、石鹸と鉄の匂い、ぬるい蒸気の肌触り。

彼らは汗をたくさん吸い込んだ濡れた服を抱えたまま、隣のシャワー室の下まで運び出す。


シャワー室で異人が浴びた温水は床の穴を抜け、下の階層の五つの大釜へと落ちていく。

釜の水は常に百度まで熱せられ、表面は白い泡がばちばちと弾けている。

熱気が喉に刺さり、湿った金属の匂いと古い布の蒸れた匂いが絡み合う。

そこへ脱いだ衣服を放り投げると、ぐらりと湯が波立ち、腹に響くような低い音が立つ。


十分ほど煮たのち、長柄の鉤で衣服を引き上げる。

湯気が一気に立ちのぼり、視界が白く煙る。

衣服は熱を帯びたまま干され、冷めるのを待ってから乾燥室の下の階へ運ばれる。


乾燥室の下の階では天井まで伸びる物干し竿に軽く絞った服が並んで干され、壁の穴から出ている八十度ほどの温風で水気を飛ばしていく。


最後は屋外で天日干しをする。

眩しい陽光が規則正しく並べられた茶色の服を薄く透かし、濡れた部分だけが濃い影を落とす。


こうして異人も服も同時に洗えて、一石二鳥というわけだ。

ここが洗濯場と呼ばれる本当の理由である。


話を聞き終えた司は、そっと視線を落とした。

今、自分の身を包む服が、やけに重く感じる。


誰が着たのかわからない服を着回す――それ自体は、まだ理解できる。

一人一人に新しい服を用意するより、全員で使い回したほうが効率的だ。

風呂の残り湯を再利用するのも、節約としては理にかなっている。


そこまでは、納得できる。


だが、これは、違うだろう? と心から司は叫びたくなった。

人の汗や汚れが溶けたその水で、服が洗われる。

想像した瞬間、背筋に冷たいものが這い上がってくる。胃のあたりがきゅっと縮み、気分が悪くなった。


誰が考えても気持ちのいい話ではない。

汗、汚れを落とした泡水を使って洗濯をする。


しかも、異人が洗濯をしているが、当人達も気分は良くない。

鉄の釜の熱、湯気にむせる咳――司の脳裏に、タカギの言葉が描いた光景が音を伴って流れ込む。

事実、体調不良で倒れる異人も少なくはないらしい。


だからノームは現場を思い出し言葉に詰まったのだ。

司は横目でノームの拳が固く握られているのに気づき、言葉より先にその重さを理解した。


青ざめた司を見て、タカギは背中をぱしんと叩いた。

叩いた手のひらは、いつもより少しだけ優しかった。


「あんまり深く考え込むなって。嫌なことばっかり考えてるとそこにしか目がいかなくなぞ。するとどんどん気分が落ちていってよ、悪いことばっかり考えて頭の中がグルグルして、思考が止まらなくなぞ」

言いながら、タカギは自分の頭の上で人差し指をくるくる回す。


「だからな、笑って前を向けば、いいことが見えてくるって」

タカギは笑顔で続けた。声は乾いた木の床に柔らかく反響し、重かった空気が少しだけ軽くなる。


「これだってそうだ。

もし、ここがなかったら俺たちはずっと汗だくで埃まみれの服を着て、寝起きすることになるんだ。


そんなの病気になっちまうよ。だけどシャワーを浴びることで体の芯から温まってさ。綺麗になった服を着て、気分よく眠るんだ。」


胸の奥の気持ち悪さはまだ残っている。

けれど、タカギの前向きな言葉を聞いて不思議と少し気持ちが落ち着いた司がタカギを褒める。


「タカギってさ、いつも元気だよね。……ちょっと羨ましい」


フッと笑い、タカギは答える。

「当たり前よ。どんなことも笑って吹っ飛ばすんだ。笑顔が一番って言うだろう? よく覚えておくんだな」

言いながら、人差し指でトントンと自分の頭を叩く。

小さな音が澄んで響き、司はその仕草を見て、さっきまでの暗い想像が少しだけ遠のいた気がした。


司とノームはタカギにならって、口角を上げる。

作り笑いでも、頬の筋肉が動くと、呼吸が少し深くなる。

互いの顔を見て、溜めていた息が同時にほどけ、小さく笑いがこぼれた。


「確かに、笑うと嫌な気分がどこかに行くようだ」

ノームが照れくさそうに言う。

低い声が温度を帯び、冷えかけていた空気に、かすかな暖かさが戻ってきた。


しかし、新たな疑問が2つ浮かんできた。

昨晩渡された部屋の箪笥に入っていた服はなんだったのだろうと二人に聞いてみる。


ノームはあれは新人が入ってきた時や、どうしても着替えが必要になった時の予備だと教えてくれた。


なるほどと司は納得してもう一つの疑問点を投げかけてみる。


シャワー室の大量の水と乾燥室の風はどういう仕組みだろう?

この世界に来て一日しか経っていないが、この世界に機械があるとは思えなかった。

明らかに文明レベルは司がいた元の世界より低いと思われる。


するとノームが俺たち異人には詳しいことはわからないが、と前置きをして説明してくれた。


世界の中心に広がる“巨大湖バルト”。

その深く暗い地下湖の底で、光を宿す鉱石が見つかる。

それが”絆石(はんせき)”と呼ばれるものだ。


絆石は、ピンポン玉ほどのものからソフトボール大まで、形も大きさもさまざま。

外見は透き通るように透明で、ただの美しい球体にしか見えない。

だが、この石には「縁付け(えんづけ)」と呼ばれる特別な加工を施すことで、驚くべき性質が目を覚ます。


技師が石の表面に刻印を掘り、対となる二つの絆石を“縁”で結ぶ。

その瞬間から、二つの石は目に見えぬ繋がりを持ち、

空間を超えて、片方が取り込んだものを、もう片方が吐き出すようになる。


たとえば、水を扱う縁付けを行えば、

片方の石が水を吸い込み、もう一方から同じ水が流れ出す。

風を扱う加工なら、片方の風が、遠く離れた場所で再び吹く。

――まるで、宇宙におけるブラックホールとホワイトホールの関係のように。


この仕組みは、石の大きさに左右されない。

小石ほどの絆石でも、世界の端から端まで繋がりが途切れないと言われている。

どこまで離れても絆が絶えない特別な鉱石

古くからこの世界ではライフラインを支える生命線として使用されてきた。


「ねえ、あの部屋の水晶玉も……絆石なの?」

司はタンスの上で黄色く光っていた球体を思い出す。


「ああ、あれも絆石だ。あれを電話の様に使って看守室に連絡が出来る」

ノームは穏やかに答える。


そして司は一つの妙案を思いついた。

「その石があれば、どこへでもワープできるかな?」

絆石が互いに結びついているのであれば、ゲームのようにワープ移動が可能ではないだろうかと思いついたのだ。


タカギは「?」という顔で首をかしげる。


ノームが笑いながら首を振る。

「たしかに良いところに気が付いた。

しかし、生き物や固形物を送ることは出来ない。あくまで、形のない水、風、火、音といったものだけだ」


「そっか……」

司は残念そうに肩の力を抜き、今着ている袖口を鼻先に寄せる。

日向で乾いた温もりが残っていて、気持ち悪さが薄らいでいく。

「……お日さまの匂いだ」

司は、ぼそりと呟いた。


全員が着替え終わると出口に向かい、看守に報告をする。

開いた扉の隙間から、ひやりとした空気が足首を撫でた。

湿り気の残る洗濯場の匂いが背後に置き去りになり、土の地面に靴音が乾いて響く。


洗濯場を出て、今朝入った食堂を目指す。

通路には夕方の冷たい風が細く流れ、袖口から忍び込む冷えに肩がすくむ。


角を曲がった瞬間、司の鼻先に温かい匂いがふっと触れた。

炒めた玉ねぎの甘さ、香辛料の尖り、湯気に混じって様々な匂いが嗅覚を刺激する。

司の顔がぱっと明るくなる。


匂いの正体はすぐに理解できた。

夕食はカレーライスだ。

カレーライスは司の大好物だ。

普段のご飯ならおかわりをしないが、カレーライスだけは二杯いける。


司は思わず空高くジャンプした。

周囲のざわめきが一瞬だけ止まり、看守がギロリと睨み付ける。

ノームはもういいやと諦めの境地で報告を済ませ、小さくため息を吐いたが、口元だけがわずかに緩む。


やがて食堂の入口。

湯気と熱気が帯になって押し寄せ、頬の表面がすぐに温まる。

そしてカウンター前で、司が顔を上げて大声を出す。

「えっ……おかわり出来ないの??」

肩を落とす司の横で、それに便乗したタカギが身を乗り出す。

「一杯きりってマジかよ。育ち盛りと働き盛りが並んでんだぜ? せめてルーもう一杯だけ、サービスしてくれや」二人の声と皿の擦れる音、カレーのスパイスの匂いが混ざり合うなか、前に並ぶノームは目を細め、心に刻んだ。


(こいつらいつか、殴ってやる。)

その瞳には、灯に反射した小さな炎がきらりと宿っていた。


席に座ると二人はとても美味しそうにカレーライスを頬張る。

湯気が顔に当たってまつ毛をしっとり濡らし、スパイスの熱が鼻の奥をくすぐる。

金属のスプーンが皿を擦る軽い音がリズムよく続く。

司は頬をふくらませ「うまい!」と何度も呟き、タカギは豪快にかき込むたび、湯気が肩越しにふわりと揺れた。

揚げ玉ねぎの甘さ、油の丸い匂い、ほんの少しの辛さが、食堂の温い空気に重なって漂う。


二人の姿を見てノームは思う。

(こいつら本当に落ち着きがないな。歳が倍ほど離れているのに、まるで兄弟だ。)

気づけば口の端が、ゆっくり上がっていた。


食堂から出ると、空は夕焼けで赤く染まっていた。

赤は縁に向かって橙へ、さらに高みで群青へとほどけ、食堂の外壁は火をまとったように輝く。

斜めに差す光が地面に長い影を引いている。

風がわずかに香辛料の名残を運び、さっきの温かさを遠くで思い出させた。

肌を撫でる風は薄く冷たいが、頬の内側にはまだ、カレーの熱が残っている。

三人はその温度差を胸に、ゆっくりと異人棟への道を踏みしめた。


歩きながら司は考えていた。

この二人と出会えていなければ、司は今日一日を乗り越えることも難しいのではないのだろうか。

元の世界に戻りたい。

家に帰って風呂に入り母の手料理を食べて自室のベットで眠りたい。

なぜ自分がこんな目に合うのだろうかと運命を恨んでいたが、今では決して出会うことがなかった二人に会わせてくれたことを運命に少し感謝する。


この世界にまだ迷い混んで一日しか経っていないが、司はそんなことを考えながら帰路に着く。

これからのことを考えると胃が痛くなってくるが、しかしタカギの「笑顔が一番。」という言葉と、ノームが教えてくれた「強く願えばきっと叶う。」

これらの言葉を胸に刻み明日も頑張ろうと司は決意する。


(よし、明日もがんばろ。……まずは寝坊しない。二人にもう迷惑かけない。)

口には出さず、心の中で小さく宣言した。

夕焼けの赤が薄れ、二人の足音に自分の足音を重ねながら。


ノームは今日一日を思い返していた。

とても忙しく慌ただしい一日であった。肩に残る重だるさが、それを物語っている。


しかし、なんだか楽しい一日でもあった。

司とタカギが面倒を起こすたびに眉をひそめたが、その騒がしさが、胸の奥の冷たい部分を少しずつ溶かしていった。


毎日見た景色、毎日歩いた道のり、同じ日々の繰り返しだった。

けれど今日だけは、わずかに違った。

司の笑い声が混じったからだろう。


司が来たことで変化がなかった真っ黒な奴隷生活に別の色が足された気分だった。

(こんな楽しい日はずっと続くことはないだろうな)一瞬そんな弱気な考えが脳裏をかすめ、ノームは静かに息を吐いた。

(齢を取るとこうも弱気になるものか タカギを少し見ならないとな。)と自分に言い聞かせる。


司とタカギ、この二人にこれからも苦労をかけられるだろう。

でもそんな毎日はきっと楽しいだろう。

苦労の数だけ、笑いも増えるはずだ。

ノームはこの幸せが永遠に続くことを強く願うのであった。


部屋に帰り、三人は川の字に布団を並べて敷いた。

入口に近い手前からタカギ、真ん中に司、奥の壁際にノーム。

司は真ん中の布団に倒れ込み、そのまま肩を上下させてすぐに寝息を立てた。

無理もない、異世界に飛ばされてから休まる暇などなかったのだから。


寝息は規則的で、息を吐くたびに薄い布団が胸の上でわずかにふくらむ。

張り詰めていた空気が、そこから少しずつ緩む。


タカギは入口に背を向ける形であぐらをかき、腕を組んで司を覗き込んだ。

ノームは奥の壁にもたれ、膝を立てて座り、二人の様子を見守る。


「気持ちよさそうに寝てるぜ。心配してたがどうやら必要なさそうだな。」

タカギは顎を上げ、組んだ腕のまま口角を上げて嬉しそうに言う。


「ああ、だがまだ初日だ。これから肉体的にも精神的にも相当参ってくる。

俺たちが支えてやらないとな。

それと、司と一緒にはしゃぎすぎだ。看守に目をつけられると何かと面倒だ。」

ノームは声を落とし、壁にもたれた背をわずかに離して諭すように言った。

言葉は棘を含むが、視線は眠る司の顔を見て微笑んでいる。


タカギは肩をすくめ、頭の後ろを掻きながら小さく前ににじる。

「不思議なんだよな。今日会ったばかりなのにもうずっと前からのダチって感じがしてさ。つい一緒にはしゃいじまった。」


ノームはそれに頷き、膝に置いた手を一度握ってから開く。

「不思議な少年だ。彼はもしかしたら我々異人の運命を変えてくれるかもしれない。」


「大袈裟だろ」とタカギが片手をひらひら振ると、ノームは姿勢を正し、視線をタカギへ移す。


「いいや、大袈裟なものか。私は大勢の人間を見てきたが彼は特別な気がする。

一日しか付き合いがないが、こんなに一緒にいて楽しいと思えた人間は彼が初めてだ。

しかし、司の優しさは時には危険かもしれないな。

この世界は、決して優しくも甘くもない。いつ牙を向いてくるかわからないんだ。

私は司をそんな脅威から守りたいと思っているし、場合によっては心を鬼にする必要すらあるだろう。」


言い終えるとノームは再び司の方へ視線を戻す。

その顔を見ながら、タカギはあぐらを解いて膝立ちになり、静かに頷いた。


タカギにとってノームは心から信頼できる男だ。

初めて会った時から嘘偽りなく接してくれた。

育ての親を除けば、ここまで信頼できる人物は他にいないだろう。

タカギにとってノームは父親同然でもあった。


だからこそノームの思いに応えたい。

それにタカギにとっても司は既に特別な存在になろうとしている。


「ああ、同感だな。俺たちが守ってやろうぜ。」

タカギが手を差し出すと、ノームは身を乗り出してその手を固く握り返した。

二人の手が一瞬だけ影をつくり、誓いは小さな握手の重みとして確かに残った。



次の日

部屋中に水晶玉から起床アラームが鳴り響く。

タカギの往復ビンタで司の肩がびくりと揺れて目が開いた。

「おはよう!」と司が布団から半身を起こして元気に言う。

ノームは疲れ切った顔をしており、片手で額を押さえながら短くため息をついた。

タカギは立ち上がり、指先をぶらぶら振って自分の手の痛みを追い払う。


なんで、こいつこんなに起きないの?と二人は考えていると、

司は寝癖のついた頭を掻きながら、きょとんと首を傾げる。

「今日の朝ごはんは何かな?卵焼きが食べたいな」などと呑気なことを話す司を見て、昨日の二人の誓いは必要ないのかもしれないと考えを改め始めた。


ノームが司の正面に膝でにじり寄り、穏やかな声で確かめる。


「おはよう司、昨日の疲れは取れたか?」

昨日あれだけ老人看守に絞られたのだ、今日は筋肉痛だろうと思っていたら、司はその場で腕を大きく回し、膝を屈伸して見せる。

「うん、全然平気。ウソみたいに元気なんだ」と司が全身を動かしてアピールした。司の目はきらきらしていた。


「そうか」

ノームは小さく頷き、立ち上がって布団を畳み脇へ寄せる。


しかし、司は知らない。

今日も老人看守によるスペシャルコースが待っていることを。

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