第37話 統一後の世界
無血開城から、およそ半年。戦乱の時代は終わりを告げ、天下は統一され、新しい時代が始まっていた。街には、もはや戦の影はなく、人々は、穏やかな日常を享受している。それは、武力による統一ではない。もし血で統一されていたなら、今ごろは焼け跡と墓標ばかりが並んでいただろう。そうではなく、ただ、美と温かさと食という、月英の三つの知恵がもたらした、静かで、しかし確かな勝利だった。その勝利の余韻は、人々の暮らしの隅々にまで浸透し、新しい文化の芽生えとなっていた。
魏の都、許昌。かつては重苦しい空気に満ちていたこの街も、今では、活気に満ちている。市場には、蜀から届けられた、ふわふわとした綿布団や、軽くて丈夫な鉄製の農具が並んでいた。人々は、笑顔で、それらの品々を手に取り、その感触を確かめている。かつては、凍える夜に震え、飢えに苦しんでいた兵士たちが、今では、その綿布団の温かさを語り合い、感謝の言葉を口にしていた。
「おかみさん、この綿布団は本当に温かいね!去年の冬、これでどれだけ助けられたか……」
「ああ、そうだろ!この布団のおかげで、わしらの村では、凍傷で倒れる者が一人もいなかったんだ!」
そんな会話が、街のあちこちで交わされていた。それは、単なる商品の評価ではない。それは、戦のない、平和な暮らしを実感する、確かな喜びの声だった。人々は、もはや戦場で武具を振り回すことではなく、新しい農具を手に、畑を耕すことに、生きる喜びを見出していた。ある農民は、軽くなった新しい鍬を手に、隣に立つ息子にその使い方を熱心に教えていた。「いいか、こうやって土を耕せば、来年はもっと豊作になるんだ」その言葉には、未来への希望が満ちていた。
呉の都、建業。港には、蜀との交易で潤った船がひしめき合い、市場は、活気に満ちている。女たちは、美しく着飾って街を歩き、お互いの肌の艶を褒め合っている。かつては、夫の出世のため、美を競い合っていた彼女たちも、今では、純粋に美を楽しみ、そして、その美を分かち合っていた。
「あら、奥様のお肌、以前にも増して艶やかですわね。もしや、蜀から届いた、新しい香油を?」
「まあ、素敵!この香油のおかげで、夫もとても喜んでくれるのよ。最近は、夜に寝床を共にすることが、以前にも増して楽しくなって……」
その会話は、もはや社交辞令ではなく、彼女たちの生活に根ざした、確かな喜びだった。蜀から届けられる化粧品や、綿の衣類は、彼女たちの生活を豊かにし、その心に、平和な安らぎをもたらしていた。それは、呉の民が、蜀の美という文化に、心を開いた瞬間でもあった。市場の片隅では、何人かの男性が、こっそりと香油の瓶を手に取り、その香りを確かめている。彼らの顔には、妻を喜ばせたいという、ささやかな、しかし確かな愛が満ちていた。
そして、蜀の都、成都。街の食堂では、納豆と、それを使った料理が、人々に振る舞われていた。強烈な匂いに、顔をしかめる者もいるが、一度口にすれば、その栄養価と、滋味深い味わいの虜になる。かつては、兵士の体力増強のために作られた納豆は、今や、人々の生活に欠かせない、大切な食べ物となっていた。
「なぁ、お前。この豆を食うと、力が湧いてくるって本当か?」
「ああ!これで俺たちは、天下統一を成し遂げたんだ!」
人々は、笑顔で、納豆を頬張り、その美味しさを分かち合っていた。それは、納豆を食べるという行為が、天下統一という、壮大な歴史の一部を、自分たちが担っていたという、確かな誇りを感じさせるものだったからだ。食堂の一角では、一人の男の子が、納豆の匂いに顔をしかめ、母親に「いやだ!」と叫んでいる。しかし、その隣に座った妹は、納豆のネバネバを口の周りにつけながら、満面の笑みで「おいしい!」と叫んでいた。
(やばい、やばい、やばい……本当に、全部うまくいっちゃった!武力で天下を統一するはずの三国志が、美と温と食で統一されちゃった……これって、私が得意の「幕の内弁当」方式じゃん!だって、納豆と化粧水と布団だよ?一見、バラバラで、全く関係ないはずなのに、全部が完璧に噛み合って、一つの物語を紡いじゃったんだもん!いやいや、こんなの、普通のプロットじゃありえない!でも、孔明は、この「幕の内弁当」を、最初から作ろうとしていた……!やだ、イケメンすぎる!)
私の思考は、孔明の愛に触れ、さらに暴走していく。それは、ただの妄想ではない。私の行動すべてに「必然性」を与える、新たな価値観の再構築だった。
私は、孔明に目配せを交わし、小さな声で呟いた。
「孔明様……この平和な世界は、本当に、孔明様と私の『幕の内弁当』ですね」
孔明は、私の言葉に、静かに頷いた。
「ええ。あなたの知恵がなければ、この『幕の内弁当』は、決して完成することはなかったでしょう」
孔明は、私の手を取り、その温もりを私の手のひらに伝えた。その温かさは、まるで、二人の愛が、この平和な世界を支えているかのようだった。
「戦を避けることも戦略であり、あなたが支えてくれたおかげで、多くの民は未来を得たのです」
孔明は、そう言って、私を優しく見つめた。その言葉には、私の知恵をただの道具としてではなく、平和を導く光として認めてくれた、深い信頼が満ちていた。
二人は、夜空の下で、未来への希望を語り合った。
夕焼けに染まる空は、まるで、平和な未来を象徴しているかのようだった。その光は、私の心を照らし、前に進む勇気をくれた。
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