n度目の正直、何度でも兄

目々

RUMOUR. Open your ears; 9r"5j5&?OWTY Z0d

 じゃあ口のガムテは取りますけど、喚かないでくださいね。もう遅いし、近所迷惑なんで。あと暴れないでくれると助かります。手足はさすがに外せないんで、跡残るとしんどいことになるだろうし。……さっきも言ったけど、先輩には痛いことしないっていうか、本当事故うっかりだったんですよ。

 だから、聞いてください。話しますから。説明できる理由は一応あるんです、理屈はちょっと、っていうかだいぶ怪しいですけど。


 とりあえず結論を先に言いますけど、俺は兄さんを殺しましたし、まだ居間そこの床に死体が転がってますし、その状況で酔い潰れた先輩を部屋に連れ込みましたけど、別にあんたを殺す気はないです。状況、意外とシンプルですよね。問題点が明確だし。

 じゃあ、細かいとこっていうか事情の説明、するんですけど……そうですね、とりあえず全部うんうんって聞いててください。あんまり質問とかされても、俺もちゃんと分かってないとこ、あるんで。怒ったりはしませんけど、答えらんないんですよね。そういうの、気まずいばっかりじゃないですか。


 っていうか、うっかりなんですよね。どれがっていうと、大体全部が。

 兄さんを殺したのは今朝起きてすぐで、しかも今日は俺が一限から授業があったところにほんのり寝坊したもんだから片付けてる余裕とかなくって、とりあえず帰ってからなんとかしようってそのまま出たんですよね。そんで授業終わってからサークル室に顔出したら暇してた先輩方に飲み会に連行されて、ついでに先輩が潰れたからって俺が引き受けることになって、とりあえず床に転がしておけば大丈夫だろうぐらいのこと考えて部屋連れてきて、そうして朝に居間のローテーブルんとこに転がしたままにしてた兄さんのことやっと思い出したし先輩は叫び始めるしでびっくりした、ってことです。忘れてたんですよね、兄さんの死体があるの。あと今思い出したんですけど、帰りにサランラップ買ってくんのも忘れました。今日は全部駄目な日ですね、これ。

 で、先輩も酔っぱらってるから平気かなって思ってたら、見た途端にわあわあえらいことになっちゃったじゃないですか。暴れてたのは全然いいんです、酔ったまんまで腕とか振り回したところでへろへろだったし、そもそも先輩俺より貧弱ですし。でもここ一応上階なんであんまりばたばたされると困るから、ガムテで口塞いでから雑にぐるぐるしちゃったんですよね、だって全然先輩黙ってくんないから。じゃあしょうがないじゃないですか、時間的にも夜中ですから、若いのがぎゃあぎゃあうるさいとかで通報されたら困りますし。俺ここ気に入ってるんで、もうちょっと住んでたいんですよね。家賃とかもちょうどいいし、駅も便利だし、スーパー歩いて十五分だし。


 そうですね、後始末とかは別に大丈夫です。放っておけば消えるんで。――いや、別に比喩とかそういうんじゃないです。わざわざ死体を埋めたり捨てたりバラしたりしなくても、なんかいなくなってくれるんですよ。


 あ、ほら消えました、兄さん。

 なんかね、俺がこの部屋にには消えないんですよね。前に殺したときはサークルの合宿の前日だったんで、ちょうどいいやって風呂場にほっぽらしたまま出かけたんですけど、三泊四日の合宿を満喫してご当地Tシャツ買って帰ってきたら普通にありましたから、兄さんの死体。痛んでなかったんで助かりましたけど、それもよく考えたらおかしいんですけどね。

 どういう具合で消えるんだったら、俺が見てるときっぽいんですよね。兄さんの死体が視界に入るくらいの範囲、それでしばらく見たり見なかったり気にかけているうちにちょっと気が逸れたとかそういうタイミングでなくなる。ほら、ここの床とか見てもらえれば分かりますけど、血痕とか何かしらの汁とかも全然残ってない。そんなもん最初からこの世にありませんでした、みたいに。だからさっき言った合宿のときも、全然痛まないなでも消えないならどうすればいいんだろう、解体とかすげえやりたくないなとか考えて、嫌になって目ぇぎゅって瞑って開けたら消えてました。――うん、大人しくなってくれて嬉しいです。だって明らかに変なこと起きてますからね、俺がおかしいだけじゃないって分かったら、もう抵抗のしようがないですもんね。ありがとうございます、分かって諦めてくれて。


 じゃあ次、何で殺したかってとこの説明なんですけど。この兄さんじゃないんですよね、俺の兄さん。


 なりすましとか自称兄とかそういうんじゃないです。ちゃんとこれ、ここに転がってる死体は俺の兄さんで、それは勤めてる会社とか両親とか要するに俺以外にはきちんと受け入れられてるんだけど、でも俺はこの兄さんだと嫌だった、みたいな。

 とりあえずですね、。そこだけ大前提として飲み込んでください。俺が生まれたときから、ずっと兄はこの世界にいたんですよね。……当たり前ですね、兄ですから。弟よりは先に生まれてないと、名乗れない関係ですし。っていうか俺は生まれたときから弟としてこの世に存在することが確定してたってことなんですよね、要は。

 一番最初の兄さん、いいひとだったんですよ。中学のときとか勉強も分かんないとこ尋ねれば教えてくれたし、休みの日とかにコンビニ一緒に行ったら肉まん奢ってくれたり、誕生日とかも欲しかった本とかスタバカードとかで祝ってくれたりして結構好きだったんですよね。ただ、なんかちょっと陰気だったっていうか。身長そこまでないのに手だけ妙に大きくて指も長かったもんだから暗がりで見ると死にかけの蜘蛛みたいだったとか、俺の方を見るときに一回目を伏せてから恐る恐るって感じで見上げてくるとか、右の目元に泣き黒子があるとか、そういうのが嫌だったんですよ。

 そんで俺が十七のとき、両親が法事で実家帰ってた夜に階段から突き落としたんです。

 きっかけとか覚えてないんですよね、そんときはこの兄さんの顔を明日も見んのなんとなく嫌だな、ぐらいのノリでした。それでこう、二階に一緒に上がってじゃあおやすみって俺に背中を向けたところで、どんっと。そしたら悲鳴ひとつ上げずにがたがたがたって狭くて急な階段を転げ落ちて行って、それきり静かになっちゃった。

 さすがにショックだったんで、その日は何もしないで寝ました。一応は確認しなきゃなとは思ったんで、兄さんの死体が階段の下に転がって、妙に綺麗なままの真っ白な顔がこっちを向いてるのを二階から見下ろして、動くどころか呻きもしないからちゃんと死んだんだなって納得してから、部屋戻って寝ました。放っておいてもいいだろ、どうせ明日になったら親も帰ってくるし、そのとき全部始末がつくだろぐらいの勝手で自棄なことばっかり考えて、昏倒するみたいに。


 そしたら、翌朝普通に別の兄さんが起こしに来たんです。休みだからっていつまで寝てるんだ、朝飯作ったから食えって。当たり前に俺の部屋に入ってきて、ベッドの側に立ってました。


 外見とか全然違うんですよね、髪とか茶髪だったし左耳カフスついてたし、右の目元に泣き黒子がなかったし。でも、帰ってきた両親はその兄さんのことを普通に受け入れてたし、何より昨日の夜に突き落としたはずの兄さんはどこにも見当たらない。その茶髪の兄さんがいることで、何の過不足もなく生活が続いちゃった。

 その兄さんもコンビニで煙草買ってきた帰りにお土産ってアイスくれたり、俺が眠れなくって夜中に起き出したりするとぼんやり台所で夜更かしするまで付き合ってくれたりしたんです。でもその人、音楽の趣味がどうにも合わなくって……それ以外にも色々あって、俺がかっとなって鉈で頭割っちゃって、けどやっぱり次の日にはまた新しい兄さんが補充されてて。

 兄さんが補充、意味分かんないですよね。でもそうとしか言い様がないんですよ。何となくこの兄さんより別の兄さんがいいなって殺しておけば始末すれば、何事もなかったように次の兄さんが来る。欠品するとすぐさま補充が入るんですよ。どうしてそうなってんのかって聞かれても俺には分かんないし心当たりもないですけど、事実そうなんで、もうそういう仕組みなんだなって受け入れてるんですよ――あ。


 ああ、ごめん兄さん、夜中に騒いで。この人、大学の先輩。終電逃しちゃったから、泊めてあげてんの。――うん、大丈夫、これはふざけてただけだから。本当、もうガムテも剥がすし、静かにするっていうかこのまま俺の部屋で寝るから。布団とかは足りてる、枕はほら、バスタオル畳むから。分かった明日米炊いとくから、じゃあ、おやすみ。


 今の誰だって、兄さんです。さっきの死に顔と全然似てない、っていうか別人ですよね。あと俺にも似てない、しかし下睫毛うるっさい顔してたな……そこはまあ、実の兄弟だって似ないことは多々あるからいいんですけど。何でいるんだったら、さっき殺したのが消えたから、補充されたんです。物事の順序としては当たり前ですよね、兄さんがいて、いなくなって、また兄さんが来る。いるべきものがいつまでもいないと都合が悪いじゃないですか。何がったら俺とか、世界とか?


 補充で色んな兄さんが来るんですよ。

 前髪長めの吊り眉垂れ目でマルボロの赤しか吸わないけど電化製品に強くてテレビとかPCが調子悪くなるとぱぱっと見てなんとかしてくれた兄さんとか、派手めの金髪束ね髪でぎょろっとした三白眼でカスカスの荒れ声なのに土曜日の昼に暇してるとチャーハン作ってくれてそれがそこそこ美味かった兄さんとか、髪短くて眉薄くて目がキツネみたいにつりあがってて全然喋んないし表情も分かんないけど誕生日とかお土産とかで絶対俺が喜ぶもん買ってきてくれてお礼言ったときだけちょっとだけ笑ってくれた兄さんとか。結構幅がある感じで来るんですよ、外見とか内面とか。一度だって同じ人は……今んところ来てないですね。一時期やたらべかべかの派手な柄シャツ似合う系が来るとか目元に隈濃いやつが連続するみたいなのはありましたけど、みんな別の兄さんでした。ああ、目立つやつだと一回耳欠けてる人が来ましたね。右耳の先が結構ざくっと欠けてて、何だって聞いたら俺が小さい頃にふざけて婆ちゃんちの縁側から突き落としたときに、みたいなこと言って笑ってました。覚えないですけど、やりかねないなって納得しましたね。先輩も――ですよね、やりかねませんよね、俺。記憶にはないですけど、心当たりがなんかある。

 そうですね、キャラクリめっちゃ頑張ってる感がありますよね。

 ひたすら兄を生成して、それを送り付けられてるみたいだなってのは、思います。それならこんだけ色んな兄さんが来るってのも分かる気がします。だって人間、外見だけだってパーツの組み合わせが死ぬほどあるじゃないですか。輪郭とか目鼻口髪質肌色、要素の数が多いし組み合わせに制限とかもないだろうから、パターンがいくらでもあるわけで。

 キャラクリ系のゲームだとそういう売り文句のやつ、ありますよね。組み合わせは千差万別、あなただけの世界に一人のキャラクターを作ろうみたいな。俺の兄さんもそんな感じなら、今まで補充されたのがみんな違うのも納得はできるじゃないですか。……誰がどこでそんなことしてんだってのは、まあ。できるわけないと分かるわけないと知りたくもない、揃い踏みって感じですね。


 毎回殺して、んで思ってたのとは大体外見からしてかすりもしないのが来てがっかりして、けどこの兄さんのこともひょっとしたら大事にできるかもしれないって、しばらく頑張るんですよ。

 でも大体駄目ですね、一か月くらいでそれこそ箸の持ち方が気に食わないとか映画の趣味が合わないとかうがいの音が耳障りとかのどうでもいいことでがっかりするんですよ。で、嫌になってえいってやっちゃう。次の兄さんはどんなだろうな、って考えながら。ここの部屋だと階段ないんで、もっぱらどつくか絞めるかですね。結構上手くなってるんですよね、多少はどたばたしちゃうんですけど。やっぱ慣れって大事だなって思います。――ああ、怪我とかはあんまりしたことないですね、そこまで積極的な抵抗みたいなの、兄さんはしないんで。


 別に完璧な兄が欲しいとかそういうんじゃないんですよ。それこそ気の合う兄さんが来たら、もうそれで満足っていうか。こんなリセマラみたいな真似する理由、明確なやつは持ってないですね、俺。

 しいていうなら、一番最初にうっかり殺しちゃった兄さん。右目のほくろが辛気臭くて嫌だったけど、優しかった兄さんがやっぱりよかったなって、今更思ってるのはありますね。兄さんから教えてもらったバンドの曲聞いてるときとか、コンビニで肉まん買って齧ってるときとかに思い出しちゃうんですよ、やっぱり。一番最初の人だったから。

 もう一回、あの時と同じ兄さんが補充で来てくれないかな、みたいな期待がうっすらあるんでしょうね。確率としてはゼロじゃないと思うんですよ、要素の組み合わせが死ぬほどあって補充される兄さんがめちゃくちゃ種類があったとしても、あの兄さんの組み合わせはどこかに存在し続けてるわけですから。いつかの補充のときに、たまたま同じ兄さんが来る率は存在するはずですよね。――何回やれば叶うのか分かんないし、そもそもどういう仕組みなのかってのも分かってないですけど。ダブりありかどうか、確認のしようがないんですもん。


 でも、さっきの兄さんも大事にしようとは思ってますよ、俺。一番最初の兄さんとは違いますけど、今のところ俺の兄さんなんで。だったらそれらしく、弟らしく接するのが礼儀みたいなもんでしょうし。どのくらい持つか、分かんないですけど。

 願掛けとかお祓いとかした方がいいんですかね、やっぱり。なんかこう、神頼みの領分っぽいじゃないですか。それとも今度は先輩が引き直してみます? ほら、ガチャも当事者プレイヤーじゃなくて他人に引かせた方が当たるっていうじゃないですか。

 やってみます? どうせ補充されるし、この部屋でやる分には俺が黙ってればバレませんし。ね?

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