小噺1 スカーレットの視点

 あの天使が去った後、城の空気は再び静寂に包まれた。しかし、その静寂は以前とは違って、微かな不穏さを孕んでいた。僕は、過日の傲慢な一族が来た時でさえ、これほどの感情の揺らぎを感じなかった。だが、あの白い天使がジェイドに触れようとした時、胸の奥から、理由の分からない、強い怒りが込み上げてきた。


 あの白い天使とは、僕が感情を失う前からの付き合いだ。彼は、僕が感情を失った後も、変わらず僕の傍にいた。しかし、それが何故なのか、僕には分からない。きっと何か、彼にとって都合の良いことでもあるのだろうと、ただそれだけを思っている。

 そして、セルリアンが死に、僕が感情を失ってから、永い時が流れた。帝国の滅びすら、僕の心には虚無だけがあった。


 スノウは、ジェイドを「呪い」と呼んだ。違う。ジェイドは呪いではない。彼女は、僕の凍りついた心に、光をもたらしてくれる、僕のひだまりだ。


 僕は、彼女を失いたくない。彼女の存在は、僕にとって、永い時の中で初めて手に入れた、かけがえのないものだ。彼女を守るためなら、僕は、あの白い天使さえも滅ぼすだろう。


 僕の中で、何かが音を立てて変わっていく。これは、呪いでも、運命でもない。これは、僕が自ら選んだ、僕の意志だ。

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