陽国財歌

第1章 料理戦争、東京 vs 大阪

夕暮れの商店街は、人々のざわめきと屋台の香ばしい匂いに満ちていた。たこ焼きの香り、鉄板に広がるソースの匂い、焼きそばの煙……その中心で、一際大きな声が響き渡る。

「おい見ろや! こっちのがお好み焼きや! 粉もんの王様やでぇ! 大阪人の誇りや! もんじゃなんか、ただの水溜まり焼きやろが!」

大阪は鉄板を前に仁王立ちし、両手を腰に当てて豪快に叫ぶ。

すかさず東京が負けじと声を張り上げる。

「はぁ? 何言ってんの。繊細なもんじゃ焼きの奥深さが理解できないなんて……やっぱり味覚が大雑把なんだよ。大阪は派手さだけで中身がないんだよ!」

「なんやとぉ!? こっちはキャベツ山盛りにしてソースとマヨのハーモニーで勝負や! お前のもんじゃなんか、鉄板掃除してるみたいなもんやんけ!」

「掃除だと!? ふざけんな! もんじゃの醍醐味はだな、ヘラでちまちま取って食べる、その粋にあるんだよ! あの焦げた部分の香ばしさを知らないなんて……人生の半分損してるよ!」

二人は皿をぶつけ合う勢いで言い争い、屋台の鉄板から飛んだソースが通行人の服にまで飛んでいく。

「ちょ、ちょっと! 服にソースついたんですけど!」と慌てる主婦。

「まぁまぁ、見なはれ。これが東京と大阪の永遠の戦いやねん」と笑って受け流す老人。

観衆は唖然としながらも、次第に「どっちが美味いんだろう?」と興味津々で集まってくる。

少し離れたベンチでは、日本とドイツが二人を眺めていた。

「東京と大阪……今日も元気ですね」

日本はやや困ったような、しかし微笑ましい眼差しで言う。

「……元気、という表現でいいのか」

ドイツは眉間に皺を寄せ、両手を組んで座っていた。

「見ろ、日本。あの二人、客を取り合っているようで実際は互いに食べ合っているだろう」

「確かに……」

実際、大阪は「ほら東京! これ食うてみぃ!」とお好み焼きを無理やり東京の口に突っ込み、東京は「お前こそ、これ食べろ!」と熱々のもんじゃを大阪に押し付けていた。


第2章 笑い合う二人

一方、少し離れた街角。絆川と七歌は人だかりを避け、冷静にその様子を眺めていた。

「相変わらずだな、あの二人」

絆川は腕を組み、苦笑する。

七歌は小さく肩を揺らし、口元を隠して笑った。

「ふふっ……でも、ちょっと面白いよね。あんな真剣に食べ物で喧嘩するなんて、普通じゃ見られないよ」

「まぁな。退屈しないのはいいことかもしれんが……巻き込まれると厄介だ」

「そうだね……でも、なんか安心する。あの二人が騒いでると、街全体が元気になる感じがするんだ」

絆川はふっと息を漏らし、横目で七歌を見る。

「お前、よくそんなポジティブな解釈できるな」

「だって、本当に楽しそうなんだもん」

七歌の目は輝いていた。まるで子供が祭りを見てはしゃぐように。

「……まぁ、確かに。面白いことは否定できないな」

絆川は肩をすくめながらも、口元に小さな笑みを浮かべていた。


第3章 現れる影

その時、空気が一変した。まるで冷たい風が吹き込んだように、ざわめいていた商店街の人々が一斉に振り返る。

黒いローブをまとい、幾何学模様が刻まれた杖を手にした男が現れた。足音はなく、影のように滑るように立っている。

「静かだと思えば……愚かな人間ども」

低く響く声が場を支配する。

「私は財団幹部、ピタゴラス。貴様らの“力”は我らが頂く!」

その瞬間、周囲の空気はさらに重くなり、子供の泣き声や屋台の鉄板の音が一斉に消えたように感じられた。

七歌が椅子を蹴るように立ち上がる。

「また財団か……! 本当にしつこいな!」

絆川もすぐに拳を握りしめ、前へ出る。

「来るなら来い! お前らのやり口、もう見飽きた!」

通行人たちは一斉に避難し、賑やかだった商店街は一瞬にして戦場の舞台へと変わった。


第4章 激突、ピタゴラス

ピタゴラスの杖が地面を叩くと、空に無数の三角形の光が現れた。まるで万華鏡のように回転し、互いに組み合わさり、街を覆っていく。

「幾何の理に従え! 魂解三位一体・完全定理!」

光の三角形が雨のように降り注ぎ、地面を穿ち、屋台の布を切り裂く。

「ちっ……厄介な技だな!」

絆川は紙一重でかわし、拳で三角形を打ち砕こうとするが、硬質な光に弾かれる。

「でも、負けられない!」

七歌は鋭く叫び、短剣を取り出して飛び込む。三角形の光と刃がぶつかり、火花のような閃光が散る。

ピタゴラスは不気味に笑った。

「無駄だ……幾何の理は絶対。人間の力ごときが、この完全定理に届くものか」

「理屈はどうでもいい! 俺たちは仲間を守るために戦うだけだ!」(絆川)

「正義の味方ってわけじゃないけど……お前みたいな奴を放っておけないんだ!」(七歌)

激しい攻防が続き、商店街の通りは光と影に飲み込まれた。


第5章 予想外の救世主

「……うるさいねん!!!!」

突然、怒号が戦場を突き破った。振り向けば、大阪が鉄板を片手に突撃してくる。

「俺の鉄板でな、全部受け止めたるわぁぁぁ!」

大阪は三角形の光を次々と弾き飛ばし、ソースをまき散らしながら突進する。

続いて東京が割り箸を両手に持ち、飛び込んできた。

「俺たちの喧嘩を邪魔するな! 勝手に戦場にするなよ!」

「お前みたいな奴、ソースまみれにしたるわ!」(大阪)

「ヘラヘラ笑ってんじゃねぇぞ! 割り箸で串刺しにしてやる!」(東京)

二人は互いに息が合っているのかいないのか、めちゃくちゃな連携を見せる。大阪が鉄板で三角形を弾き、東京がその隙に割り箸でピタゴラスの杖を叩き落とす。

「ぐぬぬ……! 計算外だ……!」

ピタゴラスは一方的に殴られ、蹴られ、吹っ飛ばされる。

最後に大阪が「粉もんスプラッシュ!」と叫びながらソースをぶちまけ、東京が「もんじゃクラッシュ!」と追撃する。

ピタゴラスは三角形の光を残して姿を消した。

「今日は退いてやろう……だが次はないと思え!」

静まり返った商店街。

呆然と立ち尽くす絆川たち。七歌がため息をつく。

「……えっと、結局……東京と大阪が勝ったの?」

絆川は苦笑いを浮かべた。

「みたいだな」

観客の誰かが小さく拍手をした。それは次第に広がり、商店街全体がざわめきと笑いに包まれた。

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