第1話への応援コメント
たね胚芽さんが私の作品を読んでくれていたので、私のたね胚芽さんの作品を読みたいと思って読みました。
この作品には深みがあると感じます。そして、私の浅い経験ではその深みを十分に読み取ることが出来ていないように思います。
部分的には感想を言語化できそうに感じているので、いくつか感想を書かせてもらいます。
作品の記述の通りだと、たね胚芽さんにはお子さんが3人います。
それが覚悟を持っての決断だったにせよ人生の成り行きであったにせよ、たね胚芽さんは現在、三人の人間に最も深いかかわりを持つ存在として対峙しています。
それを、私はとても偉大だと感じます。
私は、一人の人間と少ない時間関わることでさえ満足にこなせている気がしません。苦手だからって逃げがちです。
だから、三人もの人間の母親であるたね胚芽さんは私から見て偉大な存在だと感じます。
たね胚芽さんは作品のなかで「私は判断を間違えてきた」と言っています。
私はこれに対して、人生で生じる選択肢は全て正しくないこともあるよな。と思いました。また、短期的中期的に見れば負であっても長期的に見ればプラスなこともあるよなと思いました。
しかし、「苦しむことが努力」という考え方は確かに勘違い、というより物事をこなすにあたって有用に働きにくいなと思いました。苦しむことに耐えるための力を使う分非効率だからです。
「人生は思い通りにならない」との文言が作品内にあります。この文言にはすこし、思うところがあります。
私は、人生は思い通りにならないにせよ、思い通りになるよう行動せざるを得ないように思います。
「人や動物に善をもって、何かを返し」たいのなら、「ボランティアでもなんでも」実行せざるをえないように思います。
「善の塊」を還元する存在になるという思い通りの自分になれるにせよなれないにせよ、思い通りにへ近づくように行動せざるを得ないように思います。自分の欲求の向く方へ行動せざるを得ないように思います。
私は、過ごした年月の割には経験が浅いです。
たね胚芽さんのこの作品に感じる深みを十分に読み取れていないように思います。
この作品を読んで持つことができた感想を言葉にしてみましたが、たね胚芽さんの視点からだと幼稚かもしれません。
作者からの返信
お読みいただき、ご感想までありがとうございます。とても寄り添って読んでくださって、とても嬉しく思いました。このエッセイはこれからの私を考えた時に、決意のような思いを忘れないようにと書きました。私の人生を振り返り、子供たちが無事健康に成人を迎えられたこと、それだけで肯定されるものなのかも知れません。
そしてここから。仰られているように、善の塊を還元できるように、生きていきたい、選択していきたいと思います。それが思ったようにならなくとも、そう思いながら生きたということは、未来の私を支えるはずだと思います。
本当に本当に、ご感想ありがとうございました!
第1話への応援コメント
(偉そうに聞こえたらすみません)
様々な経験を経て、その様な結論に辿り着けたのって凄いことだと思います。近親者に「全部周りが悪い! あんたたちのせいで私は不幸だ!」と喚き散らした人がいたので……(その人はもういません。亡くなりました)。
私もたまには「あの人がいなければ……」「あれがなければ……」と考えてしまうことあります。
納得出来ないこと、理不尽なこと含めて私の人生なんだと思いました。自分の出来ることをコツコツ頑張るしかないですね。
ありがとうございました。
作者からの返信
コメントありがとうございます!人生は本当に浮いたり沈んだりですね。これからもいろんなことがあると思いますが、できるだけご機嫌で過ごしていきたいと思っています!
第1話への応援コメント
先ずは、「生きていてくれてありがとう」と、あなたに言いたいです。
私も同じように、幸せになるためには、子どもたちを育てて行くためには、自分が犠牲になればいい……と思っていました。
結局、子どもたちの心は助けられませんでしたが……。
友だちには「関わりたくない」と裏切られ、今はひとりも友人はいません。
そんな中、SNSでしか繋がりのないあなたとの、些細なやり取りは楽しいです。
創作に関する事でのやり取りはありますが、何気ないやり取りが出来る相手はとても少ないのです。
もしSNSでの関係が途切れたとしても、あの些細なやり取りは、私にとって貴重な楽しい思い出になります。
本当に、出逢えて嬉しかったです。
だから、ありがとうございます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。違う人生を歩む切由さんとの交流は楽しくあたたかく、楽しみにしています。
人生願ったとおりには進みませんね。その中でも笑顔でいれたらいいですね。
これからもよろしくお願いします!
第1話への応援コメント
「幸福とは幸福を感じる能力である」どこかで聞いたこの言葉が折々に頭に蘇ります。
推察するにたね胚芽さんは、世間で言う大人になった(成人した)の次の段階の大人になられたのだと思います。
まだなったことの無い自分が言うのはおこがましい気もしますが……。
また、簡単には言い表せない苦労の後ではありますが、今のたね胚芽さんにお子さんとご友人がおられて、そして幸福の下地があることを私は嬉しく感じます。
自分はまだまだ我儘で悩みの多いままですが、それでも少し見習って、八方美人にならない様注意しつつ周囲に小さな善意を振りまく姿勢を続けたいと考えました。無理にならない程度を保ちつつ。
作者からの返信
お読みくださり、あたたかなコメントもいただきまして、ありがとうございます。思考を練れば練るほど、本能的に感情的に生きる方が、正しいのではと考えたりもします。人間であるのだから、利己的で我儘でもそれが本来の姿なのかも知れません。そして善とは、優しさだけで出来ているものではないとも考えます。手の届く範囲で、大切な人たちを笑顔にできたなら本望です。
ありがとうございました!!