第51話 六畳一間ダンジョン②力を吸い取る

「いぇーい」

「ばっちこい」


 蘇鳥がダンジョンの新しい価値を考えている間に女性陣は仲良くなったらしい。握手してからハイタッチしている。何があったか分からないが、雰囲気がいいのはいいことだ。


(なんでこの短時間で仲良くなったんだ? まあ、仲が悪いなら問題だが、仲がいいなら放置だな)


 二人の女性を一瞥して、蘇鳥はもう一度思考の海に潜る。女性同士の会話に男が割り込んでもいいことは起こらないのが世の常だ。


(それじゃあ、ダンジョンを調べますか)


 蘇鳥は今一度、ダンジョン内を観察する。

 ダンジョンの中に何もなく、あるのは背後の隔門だけ。それ以外は壁に囲まれている。ダンジョン故、謎の明かりが確保されているので暗くない。それだけだ。他に何もない。

 ダンジョン内を数歩移動して、壁を観察する。ダンジョンの壁の中には貴重な素材が眠っている可能性がある。

 ダンジョンを調べるなら、まずは壁だ。ダンジョンを調べる人になりたいのなら、絶対に覚えておこう。


(うーん、特に変わった部分はないな。至って普通の壁だ。……壁の奥を調べてみても、特に貴重な素材はない、か。貴重な素材を採取するのは難しいか。そうなると、とうとう新しい価値を見つけるのが難しくなるぞ)


 ダンジョンを活用するのも無理、モンスターを活用するのも無理、素材を採取するのも無理。


「これは本格的にヤバい、か」


 モンスターの出現が少ないのなら、燈火村ダンジョンのように魔力草を育てるのに向いている。しかし、部屋が狭いので大量に育てることができない。

 水海村ダンジョンには貴重な素材が眠っていたが、六畳一間ダンジョンでは貴重な素材が確認できていない。

 林護町ダンジョンには珍しいレアモンスターが出現したが、そもそも普通のモンスターでさえ出会うのが難しい。仮にレアモンスターが出現するのだとしても、出会うのが難しすぎる。

 絵似熊市ダンジョンでは、不可思議なことがたくさん起きていたから、不思議なことが起きてもおかしくなかった。ここはただ狭くてモンスターが出現しないだけ、不思議ではあるが新しい価値になるような不思議は期待できない。


「困ったな、何もない」


 何かがあれば、それを取っ掛かりに新しい価値を考えることができる。しかし、何もないと考えることさえできない。

 何もないことを有効活用するしかない。


「何もない空間、静かな空間、か。……瞑想する場所としては、使えそうか? でも、わざわざここでする必要がないんだよな。……はぁ」


 溜息を吐いた蘇鳥、今回ばかりはお手上げだ。


「ねぇねぇ蘇鳥、スキル使ってもいい?」

「んあ?」


 女性二人にどんな会話があったのか不明だが、どうやら氷織がスキルを使うことになったらしい。


「ああ、いいぞ」


 ここはダンジョン、スキルを使うことに問題はない。ただ、六畳一間ダンジョンは極端に狭いので、フレンドリーファイアに気を付けなければならないだけだ。


「輪ちゃん、こっちこっち」


 壁際にいた蘇鳥は止木に呼ばれて、少し移動する。六畳一間しかないダンジョン、移動はほんの少しだ。

 氷織は蘇鳥の移動を確認するといつものスキルを使用する。


「【アイスランス】」


 氷の槍が即座に生成され、壁に向かって射出され、一瞬で着弾する。


「へぇ、生成スピードがとっても速いね。それに威力もすごいね。生成スピードは見習いたいかも」

「えっへん」

「生成スピードは負けるかもしれないけど、威力は私のほうが強いかな」

「ふーん……全然本気じゃないし」


 スキルの確認をしている女性陣を横目に蘇鳥は違和感を覚えていた。


(さっきのスキル、いつもと違ったような……でも、何が違ったんだ? わかんねえ。俺もまだまだだな)


 違和感を覚えても、その違和感の正体にまでは思い至らない。


「ねぇねぇ輪ちゃん、この前のあれってどうなったの?」

「あれ、って何だ?」

「ピカピカドラゴンが落とした魔道具だよ」


 ああ、と蘇鳥は止木の言いたいことに思い至る。

 ピカピカドラゴンとは都会の都市ダンジョンで出会ったデータサイエンスゲーミングドラゴンのこと。あれとは、ドラゴンが落とした電脳龍製小型汎用計算機のこと。

 電脳龍製小型汎用計算機はダンジョンで使えるスマホみたいな魔道具だ。ダンジョン専用なため、ダンジョンを調べる機能なども含まれている。

 だからこそ、蘇鳥がゲットするに至ったのだが、蘇鳥はその存在のことが頭から抜け落ちていた。

 というのも電脳龍製小型汎用計算機の扱いが難しいからだ。そもそも魔道具ということで、日本語が使えない。ダンジョン文字と呼ばれるダンジョンが現れるまで確認されていない言語が使われている。

 UIも地球のデザインとは異なるので、扱いにくい。

 手に入れたはいいが、使い方にあくせくしているのが現状だ。


 ダンジョンが現れてから早20年。ダンジョン文字の解読は進んでいる。それにダンジョン文字を翻訳してくれるアプリもある。時間をかければ使えないこともない。


「そうだな、せっかくの機会だから使ってみるか」


 蘇鳥はスマホを取り出し、ダンジョン文字翻訳アプリを立ち上げる。スマホの画面越しに電脳龍製小型汎用計算機を操作する。


「えーっと、まずは電源をいれて、なになに、これがダンジョンを調べる機能だったかな。……で、これをダンジョンに向けて待っていると解析されるのか」


 蘇鳥は魔道具をたどたどしい手つきで操作する。その様子は、スマホをおっかなびっくり操作する老人みたいだった。

 ダンジョンの解析機能を使って待つこと数秒、結果はすぐに出た。


「えーっと、このダンジョンの壁は…………祝いの、泥? 普通の素材じゃなかったのか? 効果は、力を吸い取る」

「力を吸い取るって、どーいーこと?」

「わからん、この素材は初めて見る。少なくとも俺の知識には、ない。もしかしたら新素材かもしれん」

「すごいね輪ちゃん。新しい素材を発見したらなら、名前が知れ渡るね」


TIPS

ダンジョン文字

世界中のダンジョン内で確認されている文字。

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