第42話 狭霧の竹藪ダンジョン④トラウマってなんですか?
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蘇鳥の因縁は大怪我を負ったことだ。
左足を失い、左腕が動かなくなった原因こそ、二体のモンスターの竹刀武士と竹刀銃士のコンビだ。
「……はぁ、勝てないモンスターと戦う意味なんてないんだがな……」
「よし、ダンジョンの奥にレッツゴー!」
「聞く耳持たんか」
止木が先行してダンジョンの奥にずんずんと進んでいく。ダンジョンで一人置き去りにされると大変なので、仕方なく蘇鳥は追いかけるのだった。
ダンジョンを進むこと数分。目的のモンスターと出会った。しかも都合のいいこと(?)に、竹刀武士と竹刀銃士のセットだ。
通常、竹刀武士と竹刀銃士はセットになることがないモンスターだが、今も昔も蘇鳥の前にはセットで出現する。
止木は戦う意思はないみたいで、観戦モードに入っている。いざとなれば、サポートはしてくれるだろうが、最初は完全に一人で戦わせる気だ。
「はぁ、これは不幸と言ってもいいん罰は当たらんだろ」
「大丈夫?」
心配そうに聞いてくるが、こうなった原因はあなたです。蘇鳥は思いはそんな感じだ。
「大丈夫な訳ないだろがよっ!」
「輪ちゃんなら乗り越えられるよ」
バン、バン、バン。まずは竹刀銃士が遠距離で銃弾を放つ。
実を言うと、竹刀銃士の銃撃には法則がある。胴体、左腕、右腕、左足、右足、頭をそれぞれ順番に狙って撃つ。この法則を知っていたら、どこが狙われているか一目瞭然。盾でガードするのは容易だ。
蘇鳥が持つ盾、かなり性能がいいので銃弾をガードしても衝撃がほとんどない。もちろん、盾には傷一つない。装備品の性能がいかに大事かが一瞬の攻防で分からされる。
「そう来るよな」
竹刀銃士の弾丸をガードしている間に竹刀武士が距離を詰めてくる。
(あー。嫌だ嫌だ。この展開、見たことあるんだよ)
蘇鳥は【身体強化】に込める魔力を強めて、身体能力を大幅に上昇させる。この一年、冒険者としての活動はしていないが、ダンジョンには何度も入っている。
仕事をスムーズにこなすためにも、【身体強化】は必須となる。スキルの練度は落ちていないどころか、練習により高まっている。魔力効率が大きく向上している。
竹刀武士の攻撃を防御するのもお手の物……とはいかないが、少しの余裕をもって対処できる。
「ぐっ、きついのはきつい」
蘇鳥のスキルの練度は上がった。装備品もグレードアップした。しかし、足りない。左足が義足なので、踏ん張りが効かないし、左腕も動くようになったとはいえ万全ではない。
モンスターとの戦闘にはブランクがある。
蘇鳥は竹刀武士と竹刀銃士の連撃をガードするので精一杯だった。防戦一方、反撃する余裕は一切ない。
「輪ちゃん、大丈夫?」
「だから、大丈夫な訳ないだろ。さっさと助けてくれ」
蘇鳥は実力不足を自覚している。勝てないモンスターなので、すぐにでも助力が欲しい。
「輪ちゃんなら、大丈夫だって。絶対に乗り越えられるから、自分を信じて」
「いや、意味が分からん。乗り越えるって何を乗り越えるんだよ」
「そんなの決まっているじゃない。トラウマだよ」
「…………は?」
蘇鳥の時が一瞬、止まった。止木の言っていることが何一つ理解できなかったのだ。
(とらうま? トラウマって、あの心に負う傷のことだよな。どうして、それが今、出てくるんだ?)
「輪ちゃんは今日ここで、竹刀武士と竹刀銃士への苦手意識を克服するんだよ。ここに来たのはそのためなんだから」
「ちょっと待て、俺はそもそも竹刀武士と竹刀銃士にトラウマなんて抱えていないぞ」
「……え? うん? そうなの?」
蘇鳥はダンジョンのモンスターにより大怪我を負った。それは間違えようのない事実だ。しかし、それでモンスターに対してトラウマを持つようなことはない。
そもそもの話、モンスターにトラウマを持っていたら、ダンジョンと関わる仕事なんて選んでいない。大怪我を負って、それでもダンジョンとモンスターと関わる仕事をしたかったから、ダンジョン再生屋を始めたのだ。
最初は苦肉の策で始めた仕事だったが、今では誇りを持って依頼を受けている。
つまり、止木は盛大に勘違いしているのだ。
勝手に蘇鳥がトラウマを持っていると間違って認識していたのだ。
「じゃあ、ここでトラウマを克服して、冒険者として復帰するストーリーはないの?」
「ない。当たり前のように、ない。そもそも前提が間違っているんだから、絶対にない」
「やっぱり冒険者って楽しいな、って思い直すこともないの?」
「ない。ここ最近、色々な冒険者を見てきたが、特に羨ましいと思ったことはない」
「あれれ~」
蘇鳥も怪我をした直後は冒険者をまたやりたいという願望を持っていた。しかし、その願望、今は欠片も残っていない。
蘇鳥が好きなのはダンジョンそのものだ。冒険者はその一手段でしかない、と気づいたのはダンジョン再生屋の仕事を始めてからだ。
モンスターと血沸き肉躍る戦いも、決して嫌いではないが、なくてもいい。ダンジョンそのものと関われるのなら、それで幸せなのだ。
「そろそろ、手伝ってくれ。さすがに厳しい」
蘇鳥は止木と会話をしながらも、竹刀武士と竹刀銃士の攻撃を捌き続けていた。パターンがある程度決まっているとはいえ、相手は格上のモンスター。いつまでも攻撃を捌き続けることはできない。
体力にも限りがあるし、スキルを使えば魔力が減る。集中力が途切れたら、攻撃を受け止めきれない。
「言っとくがな、トラウマはなくても、死の恐怖は感じているからな」
一瞬の油断が命取りになる世界。強敵モンスターとの戦闘には常に死の気配が漂っている。格上との戦いには死の恐怖との戦いでもある。
「はーい。今行くねー」
軽い調子で止木は答えて、戦闘に参加する。そして、赤子の手をひねるかのごとく、竹刀武士と竹刀銃士の二体のモンスターを楽々と倒す。モンスターに近づいて剣を振る、それだけで終わりだ。
「やれやれ、才能のある冒険者は一味も二味も違うね」
「終わったよー。さっき、何か言った?」
「何も言ってないぞ」
「そうなのね……」
思惑は外れたというのに、止木の表情は明るい。
もう、ダンジョンに用はない。二人はダンジョンから引き揚げるのだった。
そして、来週もダンジョンに行くというのだ。どうやら、止木による蘇鳥の冒険者復帰作戦はまだ続きがあるらしい。
蘇鳥としては付き合う気はないのだが、リ・バースポーションを提供してもらったし、勝手に用意したとはいえ装備品も貰ったのだ。もう少しだけ付き合うことにする。
何より、現在ダンジョン再生屋に仕事が入っていない。まったくもって暇なのだ。お金を稼ぐためにも、ダンジョンに入ることは悪いことではない。
稼げるときに稼いでおかないと、いつ金欠で困るか分からない。
ただし、止木に付き合うのは次が最後だ。それ以上は付き合えない。
TIPS
バンブーブルーム
古びた竹箒の姿をしているモンスター。地面を掃き掃除しながらダンジョンを徘徊している。
地面を掃いて埃を舞い上げて攻撃したり、落ち葉や小石を飛ばしてくる。風を巻き起こすこともある。
集団の場合、竜巻を起こす。
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