第30話 絵似熊市ダンジョン⑧待つ
絵似熊市ダンジョンの一階層には通路と小部屋が存在する。二人は他の調査員の邪魔にならないように、人気の少ない小部屋に移動する。
そして、じっと待つ。何もせず。
「……」
「……」
二人は身じろぎせず、じっと待つ。ひたすらに待つことで、何かが起きるかもしれない。
「…………」
「…………」
二人は身じろぎせず、喋りもせず、じっと待つ。喋らないことが重要かもしれないので、ひたすら何もせずに待つ。
「………………」
「………………」
二人は身じろぎせず、その場で待つ。動かずに待つことでフラグが立つかもしれない。
「……………………」
「……………………」
二人がじっと待ってから、長い時間が経過した。5分、10分、20分と、どれだけ時間が経過しただろうか。
何もせずにじっと待つ、というのは案外つらい。しかも、人気のない場所に来ているので、他の調査員の足音や声も聞こえない。
静寂な時間が二人を包んでいる。
(やはり、何も起こらないか。そろそろ、引き上げるとするか。何もしないのは精神的につらいな)
スマホでも使って、気を紛らわせることができたら、静寂な時間ももっと楽に過ごせただろう。しかし、何もしないことに意味があるかもしれない以上、スマホも使えない。
本当に苦行な時間を過ごした。精神的にもつらくなっているので、そろそろ潮時だ。これ以上、無理をする必要はない。
ダンジョンから引き上げるべく、蘇鳥は氷織に声をかける。
「……こーー」
声をかけた瞬間、それは起こった。
突如、銀色の壁から、ぬるっとモンスターが現れ、一目散に蘇鳥を向かう。あまりにも突然な出来事に蘇鳥は反応できない。脳の処理が追い付かず、体が動かない。
「蘇鳥っ! 【アイスウォール】」
氷織が瞬時に反応し、蘇鳥の目の前に氷の壁を作り上げる。
「ガアアア!」
モンスターが氷の壁に攻撃を行い、容易く破壊する。氷の壁ではモンスターの攻撃を完全には防ぐことができず、攻撃は蘇鳥にも届く。
「ぐぅ!」
即席の氷の壁といえど、氷織がスキルで作ったものだ。簡単に壊せるものではない。
つまり、それだけ威力が高い証拠だ。
氷の壁で威力が大きく減衰しているというのに、蘇鳥はモンスターの攻撃で吹き飛ばされる。
「がはっ!」
吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。大きなダメージが入るが、死んでいない。本当に間一髪だった。氷織の防御が間に合わなかったら、蘇鳥の命は失われていたことだろう。
蘇鳥にとって氷織は命の恩人だ。二度も命を救われた。
「【アイスランス】【アイスランス】【アイスランス】」
モンスターが二度蘇鳥を襲わないように、氷織がスキルで牽制する。氷織が前線を引き受けている間に、蘇鳥はポーションで回復する。
いかにポーションといえど、完全には怪我を治せない。大きな痛みは残っているが、我慢すれば動けないほどではない。
「よしっ!」
蘇鳥とて、かつては冒険者をしていた。脅威を認識した以上、戦闘モードになる。だが、左足は義足だし、左腕はまともに動かない。その上、痛みも残っている。前線で戦うのは不可能だ。
氷織の邪魔にならないこと、氷織への乏しいサポートがメインとなる。
ここで、ようやく蘇鳥はモンスターの見た目を確認できた。
ダンジョンの壁から現れたからか、全身が銀色をしている。人型のモンスターだが、ねじれた角、コウモリのような翼、鋭い爪、まるで悪魔のような姿だった。
とりあえず見た目から、蘇鳥はそのモンスターを暫定的に銀色の悪魔と呼称する。
そして、銀色の悪魔についても調べる。
「【モンスターアナライズ】」
モンスターアナライズとは文字通りモンスターを調べるスキル。使用することで、モンスターのステータスが判明する。
だが、欠点もある。自身と同格か、格下のモンスターでなければまともな情報は得られない。少し格上くらいならぼんやりと情報が見える。
「ちっ! まったく分からん」
蘇鳥はスキルを使うも、銀色の悪魔の情報は何一つ得られなかった。攻撃力、防御力、速度、使用するスキル、何一つ情報はない。
分かったことと言えば、銀色の悪魔が飛び切り強いということだけだ。そんなものはスキルを使わなくても、氷織が瞬殺できていないことから分かっている。
「【アイスランス】【アイスランス】。ん、まったく、効いてない。嫌になる。【アイスソード】と【アイスソード】」
氷織は氷の槍をいくつも作って、銀色の悪魔に放つ。攻撃力が高いもの、素早いものなど、多様な攻めを展開している。しかし、どれもこれもダメージにはつながっていない。
銀色の悪魔は時に素手で氷の槍を払い、時にスキルを使って脅威を排除する。氷織のスキルが当たればダメージが入るだろうが、そのような隙を晒すモンスターではなかった。
氷織はこのままではジリ貧だと考え、攻め方を変える。手に持っていた杖をしまい、氷の剣を二本作り、銀色の悪魔に近接戦を挑む。左手には少し長めの氷の剣、右手には少し短い氷の剣を装備する。
本来、氷織は後衛でスキルを使ってモンスターを倒すのが役割だ。だからといって、近接戦ができないということはない。
ここ最近は、和奏や柚木のアドバイスもあって、近接戦の技量が上がっている。銀色の悪魔に一方的にやられることはないが、苦戦していることに変わりはない。
「くそっ、速すぎる。俺がサポートできれば……」
蘇鳥も冒険者として前線で戦っていたことがある。戦闘の心得はあるのだが、目の前の戦いが高度過ぎで、介入する余地がない。
下手にサポートしたら、氷織の足を引っ張ることになる。指を咥えて見ているしかできない。
蘇鳥が少しでも氷織のサポートができていたら、状況も変わっていただろう。護られてばかりの役目が、今ほど恨めしいと感じたことはない。
(どうする。どうすれば、氷織のサポートができる。考えろ、考えろ。俺にできるのは、前に出て戦うことじゃない。いかにサポートするかだ)
蘇鳥は氷織をサポートするため、何かできないかと頭を回転させる。下手に動いたら、氷織の邪魔になる。銀色の悪魔と氷織の動きを観察して、上手くやるルートを探す。
(銀色の悪魔のランクは5か、いや氷織が苦戦しているということは6に達しているか。5と6でここまで違うものなのか)
氷織は上級の実力を持つ冒険者。モンスターランク5のモンスターなら、ガチ装備で挑めば、楽に倒せる。しかし、一つ上がった6には苦労する。
たかが一つの違いと思うかもしれないが、5と6では大きく違う。
モンスターランク0は誰でも倒せるような無害なモンスター。
モンスターランク1~3は初級の冒険者が戦うモンスター。
モンスターランク4と5は中級の冒険者が戦うモンスター。
モンスターランク6となると、上級の冒険者が戦うモンスターとなる。
氷織も上級の実力を持っているが、まだまだ上級の中ではひよっこだ。銀色の悪魔と正面から一対一で戦って勝てる実力は持ち合わせていない。
(このままだと、ジリ貧だ。どうにかしないと)
「もう、硬いんだから。【アイスケージ】からの【アイスウォール】。最後に、これでも食らいなさい【パニッシュメントアイスランス】」
氷の剣を振るう氷織だが、銀色の悪魔には一切のダメージを与えられていない。業を煮やしたのか、氷の檻を作って、銀色の悪魔を閉じ込める。しかし、閉じ込められる時間は刹那に等しい。
だが、氷の壁も作って、さらに閉じ込めている。簡単に壊されるとはいえ、少しの時間は閉じ込めることが可能だ。
その稼いだ少しの時間で、特大の氷の槍を作って、銀色の悪魔に放つ。
「おお、これなら通る」
特大の槍を捌き切れなかった銀色の悪魔は肩に氷の槍が刺さる。即座に引き抜かれるが、ダメージが入ったことに変わりはない。
氷織でも銀色の悪魔にダメージを与えられることが判明した。
状況は変わらず厳しいが、わずかな光明はある。氷織の特大のスキルでもダメージを与えられなかったら絶望だったが、ダメージを与えられるのなら倒すことも可能だ。
どうにかして、氷織の特大のスキルを銀色の悪魔にぶち込みたい。
同じ攻撃をしようにも、スキルは大量の魔力を消費する。頻繁に打ち込むことはできない。それに、銀色の悪魔だって同じ攻撃を食らうようなアホではない。あの手この手で攻めないと難なく対処される。
「蘇鳥、作戦ある?」
銀色の悪魔の攻撃の隙を縫って氷織は下がり、蘇鳥に端的に確認する。
TIPS
パニッシュメントアイスランス
氷の大槍を飛ばすスキル。アイスランスの上位互換のスキル。
攻撃力・速度が非常に優れているが、扱うには高度な魔力制御能力とたくさんの魔力が必要になる。
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