風変わりな求人4

 予想外の言葉に、私はぽかんと口を開けた。

 

「りゅ、竜騎兵隊って……それも北方第三小隊って……北の国境線を守護する、エリート中のエリートじゃ……!」

「おっ、もしかして、俺らのこと知ってる? いやー、嬉しいねえ」

「この国の住民で、知らぬ者はいません……!」

 

 肥沃な大地と豊かな大河を抱え、気候も穏やかなこの国は、常に侵略の危機に晒されている。ここ最近は目立った戦争はないものの、国境地帯に築かれた砦には、戦闘魔法に優れる魔法兵や、龍を駆る竜騎兵が詰めて、他国への睨みを利かせていた。

 一年ほど前も、北の砦は小競り合いの舞台となっており、そこで華々しい活躍をしたのが、第三小隊だったと聞いている。

 

「……あなたがたが、私たちの生活を守ってくださってるんですね。ありがとうございます」

 

 ぺこり、と頭を下げると、ロラン隊長は息を呑んだ。息を吐き、頭をかいて、口にする。


「まいったな。ますますこの子を雇いたくなった。いや、雇うのは俺じゃないんだけど……さすがに、あそこに行けってのは酷だよなあ」

「そうですよ! 若い女性が行くような場所じゃないです! そもそもロランさんが来てくれないと、往復もできないような土地じゃないですか!」

「俺じゃなきゃ駄目ってことはないだろ。竜か天馬に乗れればすぐだって」

「……天馬、ですか?」

「うーん、まあ、ここよりちょっとだけ辺鄙な場所っていうか」

「ちょっとやそっとじゃないでしょうが」

 

 睨みつける職員さんと、へらへら笑うロラン隊長のやりとりは、どこまでも並行線だ。私が方針を決めないと、永遠にまとまらないだろう。

 それに、気になる点もある。

 

(……天馬)

 

 西国のペガサスのような翼は持たないが、天上を駆けることのできる馬のことだ。私にとっては、懐かしい響きの生きものでもある。 

 

「……ええと、ちなみに、職場は住所でいうとどのあたりでしょうか?」

「ないですよ、そんなものは」

「へ?」

「見てください、あの求人です」

 

 職員さんは半眼でロラン隊長を睨みながら、掲示板の一番目立つ場所にある求人広告を指さす。めったにないほどに上質な紙に、国公認の蝋印まで押された仰々しいそれには、とてもシンプルな内容が書かれていた。

 

「勤務地、アストラホルン東璧」

 

 アストラホルン。

 大山脈の奥深くに聳えたつ、この国最高峰の山だ。いちばん近い役場はこの町のものになるだろうが、それでも、普通の人に通勤できるような距離ではない。というか、龍や天馬を乗りこなせたとしても、早々往復できるような場所ではないはずだ。少なくとも、「すぐ」の距離ではない。

 

(職員さんの言うことが大げさだと思っていたけれど……これは、なるほど)

 

 一般的な感覚の人からすれば、「人の住む地」とは呼べないだろう。無論、ロラン隊長が詰める北の砦に比べれば、ずっとずっと平和だろうけれど。

 なるほど、と納得しつつ、職務内容を確認する。

 

(掃除と、洗いもの。可能であれば、作物の世話や、料理と洗濯……だいたいのことは、ワイナリーで学ばせてもらってるはず)

 

 そこからさらに下には、こんなことも書かれている。

 

(天馬、ペガサス、竜種の乗り手、飛行魔法の使い手は大歓迎。別途職務と手当について、応相談。また、寮に関しても応相談……)

 

 なるほど、なるほど、と頷く。おおかた、登山客用の宿か、山小屋のメンテナンスに携わる仕事だろうか。部屋の手入れをしつつ、たまに買い出しに行ってほしいとか、そんなところだろう。

 

(……とても、私に合っているのでは?)

 

 唯一気になるのは、『竜騎兵隊の小隊長が斡旋をしている』ことだけれど、役場の掲示板を利用したオープンな求人だし、どうやら求人元の人物と気安い仲のようなので、友人のよしみなのかもしれない。じっさいに働くかどうかはさておき、見学くらいはしてみてもいいだろう。応募者が多すぎててんてこまい、というのなら遠慮するけれど、むしろ、少なすぎて困っているようだし。

 

「よろしければ、こちらの職場、見学させてくれませんか?」

「えっ、マジで⁉」

「ま、待ってくださいアヤさん、ちゃんと読みました⁉ その、世捨て人募集! みたいな求人! アストラホルンなんて、この世の果てですよ!」

「大丈夫です、私の故郷の山のほうが、高く、険しかったですから」


 安心させようと口にすると、ロラン隊長が口元に手を当てる。

  

「アストラホルンより、ってなると、キミは国外の出身なのかな? たしかに、名前の響きは少し変わってる……顔立ちではあまり分からないけれど」

「父はこちらの人で、どちらかといえば父に似ているので、そのせいでしょう。……母は、かつて藩王国領だった、大テングリの出身で、私もそこで育ちました」

「藩王国っていうと、十年前の戦争で……」

「北の国に呑みこまれました。私の故郷にも、たくさんの竜騎兵がきました」

「……なるほど、それで避難してきたのか。ご両親は?」

「母はこちらの気候が合わなくて、病死してしまいました。……それから、父もあとを追うように」

 

 母は根っからの遊牧民族で、たくさんの天馬とともに山を駆け巡っていた人だった。この国の王都の喧噪が、気質に合わなかったのだろう。そして、よかれと思って彼女を連れ出した父――――もともとは、調査に訪れた文化人類学者だった――――は、愛した女を死に追いやったという自責により、また、病んでいった。

 残された私は、父の縁故をたよりに、この町のワイナリーで働くようになったというわけだ。駐在の職員さんは知らないようだが、この町に昔からいる人は、うっすらと察している話である。

 

(最初は言葉もおぼつかなくて、いろいろ言われることもあったけど、すっかり馴染めたんだなあ)

 

 第二の故郷と呼べるほどに、善くしてもらっている。けれど、同時にこうも思っている。

 

「山で育った身なので、もう少しだけ、空に近い場所で働いてみたい、とは思っていたんです。いまは天馬もいないので、お手を借りる必要があるのですが、ご案内、お願いできますでしょうか」

「もちろん。むしろ、こちらのほうがお願いしたいぐらいだ」

「よろしくお願いします、ロラン隊長」

「隊長なんて、よしてくれ。キミは部下じゃないんだしさ」

「……よろしくお願いします、ロランさん」

 

 ロランさんと改めて握手をしたあと、ふと、横を見ると、黙りこくっていた職員さんは、「アヤさんにそんな大変な身の上が……」と、若干涙目になっていたのだった。

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