第8話 光の中の名乗り
2XXX年11月
ネオグラッドストン州 州都アデナウアー市
古びた市民会館の2階ホールには、フラワー党の選挙対策本部が設置され、白と赤のバナーが揺れていた。
壁にかかった巨大な「フラワー党」ロゴが、誇らしげに天井灯の光を反射している。
壇上のテーブルには立候補者やネオグラッドストン州のフラワー党支部幹部が並び、その前に詰めかけた党員たちの顔には緊張と期待、そしてどこかしらのざわめきが浮かんでいた。
壇下にいるデネブ・フォスターは、後列の椅子に腰を下ろしていた。
手はひざの上で組まれ、指先は冷たく、呼吸は自然と浅くなる。
支持者の一人が彼女の肩を軽くたたいた。
「もう、勝ってる顔してるわよ」
「……まだ何も発表されてない」
「でも、目は輝いてる。前はこんな顔、してなかった」
軽口を交わす間にも、ついにマイクがオンになり、会場が静まりかえった。
状況は刻一刻と変化している。
前日までの世論調査では、デモス党のポーラ・バーグとの一騎打ちの様相で、僅差ポーラ・バーグが優位という結果がでていた。
それを跳ね返せるのか―
出口調査の途中経過が各社より報道されてくる。
FBCネオグラッドストン支社、アデナウアー・ケーブルテレビなどのニュースでは、デネブが有利、ポーラが有利と内容がバラバラだった。
そして、20時過ぎ。
州選挙管理委員から開票が終わったとの連絡がフラワー党州支部事務局に入る。
事務局からの結果を受け取って壇上に立ったのは、州支部長のバーネット。
眼鏡の奥の目が、珍しく潤んで見える。
「皆様、お待たせいたしました。開票結果が出たようです。2XXX年ネオグラッドストン州・上院議員選挙の結果は―1,500,345票獲得の我らがデネブ・フォスターの勝利です!」
しばらくは静寂。
まるで全員が、その数字を信じてよいのか確認しようとしているかのようだった。
「……やったわよ!」
次の瞬間、爆発するような拍手と歓声が巻き起こる。
「当選者、デネブ・フォスター!」
改めて、バーネット支部長が叫んだ。
選挙結果は、他に立候補していた無所属スピカ・リチャーズ、114,543票、デモス党所属ポーラ・バーグ、1,389,167票を押えての堂々の勝利だった。
支援者たちが駆け寄ってきた。
何人かが彼女を抱きしめ、肩を叩き、笑い、泣いた。
デネブは戸惑いながらも、その一人一人に「ありがとう」と繰り返した。
壇上に呼ばれた彼女は、深呼吸をしてから、マイクの前に立つ。
拍手が止み、静寂が再び戻る。
「……この日が来るとは、思っていませんでした」
声がかすかに震える。
「知名度もない、政治経験もない、ただの市民だった私が、ここに立っている。これは私の勝利ではありません。皆さん一人ひとりが、変わりたいと思った結果です。だから、これは“私たち”の勝利です」
「私には、夢があります。国を、社会を、もう一度“偉大にする”という夢です。この夢は皆さんも共有していただいていることと私は思っております」
「皆さんとの夢をかなえるため、我が国の治安を破壊しかねない移民の制限、伝統を破壊しかねない「多様性」推進の廃止などを実行するための数々の法律を形にしていきたい。それができたとき、本当の意味で祖国は偉大になると信じています」
会場からは再び、あたたかくも力強い拍手が巻き起こった。
その夜、市内のホテルで開かれた当選パーティーには、100人以上の支持者が詰めかけた。
バイオリンとピアノが軽やかに鳴り響き、ワインと花々の香りがフロアに立ちこめる。
デネブは、一人ひとりと握手を交わしながらも、ふと心の中でつぶやいた。
──クラウディウス、聞いてた? 私、ここまで来たよ。
夜は更けていく。
だが、彼女の物語は、まだ夜明け前にすぎなかった。
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