第4話 乾いた拍手
週末の午後、リシュリュー市のタウンミーティング会場。
折りたたみ椅子が並べられた小さな集会所には、ざっと見て40人ほどの聴衆がいた。
年配者が多く、フラワー党のロゴ入りキャップをかぶった者もちらほら見える。
壇上では、フラワー党の地元支部長が最後の紹介を終えた。
「……それでは次に、上院議員候補として立候補予定のデネブ・ムーン氏から、ご挨拶いただきます」
デネブは、黒のパンツスーツに身を包み、ゆっくりと壇上へ向かった。
掌には練り込んだ原稿の断片的なメモ。
マイクを調整し、会場を見渡す。
「みなさん、こんにちは。デネブ・フォスターです。今日は、お集まりいただきありがとうございます」
軽く会釈をし、間を取ってから本題に入る。
「私は、現行の「多様性」の推進、無秩序な移民受け入れ、そして巨大化する官僚機構のいずれにも、深い疑念を持っています。国の理念が、国民の手を離れつつある……」
彼女は、いつものように丁寧に、論理的に話した。
MBA仕込みの構成、会社勤務のマネージャーとしての現場経験、それらを織り交ぜながら語る政策提言。
だが──
会場の空気は、乾いていた。
頷く者もいれば、腕を組んでつまらなそうにする者、隣とひそひそ話す者もいる。
予定の8分間を終えた頃には、薄い拍手がぽつぽつと起こり、それもすぐに途切れた。
壇を降りると、やや遠慮がちに一人の女性支持者が近づいてきた。
中年で、フラワー党のバッジを胸につけていた。
「フォスターさん、お疲れ様でした。内容は……まあ、正しいと思います。ただ……」
「ただ?」
「フォスターさん、お疲れ様。正しいことは言ってたと思うわ。でも……」
「でも?」
「面白くなかったの。響かなかった、って言えばいいのかしら」
ズバッと言われて、デネブは絶句した。
「でも、頑張ってくださいね」
そう言いながら、女性は財布から10ドラー紙幣を取り出し、募金箱にすっと差し入れた。
「わたし、あなたの“考え”は伝わったから。それに、若い人が頑張ってくれないとね」
苦笑するデネブに、女性は軽くウィンクして去っていった。
会場の隅に腰を下ろし、コップの水を飲みながら、デネブは小さくため息をついた。
「……やっぱり、駄目なのかな」
彼女の心には、ひとつの言葉が何度も響いていた。
──無味乾燥。
どうすれば心に届く言葉が語れるのか。
答えは出ないまま、日が暮れていった。
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