③
フォークリフトは歩行者に衝突せず、果実部を横切っていく。スキマバイトから来た二人が、この瞬間に難を逃れた事を、市場で働いてる奴等は誰一人知ることはないだろう。
「はぁ〜……ッ、運転士確認すらしてねえし」
右手が動かず全身で止めに入った俺は、緊張の糸を解いて島貫さんの右肩に顎を乗せる。動く左腕で後ろから彼女をホールドして、それ以上前に行かないようにしたが、怪我の功名とはこの事だな。
「島貫さん、大丈夫でしたか?」
事故の一歩手前だった事に間違いはないから確認で顔を上げると、お互いの頬っぺたがピタリと密着する。人って温かいもんだけど、なんか、思ったより、熱々というか。
「だ……ッ大丈夫ッ、ぁ、ありがと」
ゴムボールが弾けたように拘束から抜け出られて、罪悪感がジワリと腕に乗る。現実がどう転ぶかは分からなかったけど、危険を感じた上だったから後ろから抱き付く他にやりよう無くて。
「すいません! 声より先に、体が」
真横から覗き込んで謝罪した瞬間、脊髄反射で焦りが引っ込む。両指で顔の熱さを確かめようとする、赤面した島貫さんの横顔があったから。
「ごめんね……、ちょっと、色々、びっくりしちゃってて」
「し、仕方ないかと……」
俺は一歩後退りして、目元を左手で覆った。——島貫さんの照れた顔、めッッちゃ可愛い。恥ずかしがる女ってなんでこんなに唆られるんだ——口元が緩むが、休憩時間が削られるという現実に引き戻されて顔が元に戻る。
「危ないですから、一緒に、渡りますか」
「そう、しよっか」
隣に戻り、首の後ろを撫でながら提案をしてはみるがまだ照れてるって思うと、顔を合わせる事が出来なかった。並んで歩いているのに会話が挟まらなくて、前後左右の安全確認が
「……」「……」
鼻を抜けようとする空気が停滞して、無意味に出ていく。俺にその気があるせいも相まって、緊張から手汗と唾液がジワアと
「なんか、途中から検品もしてなかった?」
「あー……。文句言われるくらいなら、俺がやるってなってました」
「それでやり切っちゃう所が、しごできなんだよね」
「穴埋めのスキマイ勢とか、使い倒しとけってのはよくある認識ですし」
「でも前半の働きぶりは、小林さんより断然上に見えちゃうんだけど」
「そうだとしてもですよ」
やっと言葉を交わし始めたのに、俺が主導権を掴み上げる。これはスキマバイト人間になった時から、ずっと念頭に置いている価値観だ。
「都合よく仕事入る俺より、正社員さんは遥かに偉いですから」
相手の能力がどうであれ、それだけは覆らない。俺の持論を口にした直後に肩をトントン叩かれ、左を向くと島貫さんの人差し指が頬っぺたに触れた。
「お仕事って【偉い】と【賢い】と【凄い】の三通りあると思ってるんだけど」
話す島貫さんと、今やっと顔を見合わせる。赤面はいつの間にか落ち着いていて、思ってる事を先に言いたそうな目で俺を見上げていた。
「少なくとも私の中で
相手の言葉を聞き入れた後、指で肌に触られてる現実が柔く伝わってきて顔が加熱する前にスイッと一歩前に出る。この小学生の時に流行ってた肩ポン指ふにゅ、なんて名前か知らないけど久々にやられた。やばい、意中の人からだとお
「俺は、雑用しか出来ませんから」
咄嗟に出た言葉が自身を下げる言葉だが、後ろから両手で背中を押される。前に踏み出す度に「はいはい、しごでき。しごでき」と呆れにも聞こえる言葉が後に付いてくるが、気付けば市場の外に出ていた。
◇
事務棟にある休憩室は、コンビニと併用したイートインスペースがある。近所には無いので、新鮮な気持ちで昼飯として選んだのは【わかめカップ麺】のビッグサイズ。
ネットで調べると候補にネガティブが絡むメシだが、健康オタクには勿体無い湯気立つエネルギー源だ。スルスル入るし、食としての満足感もある。一時凌ぎに感謝して、いただきます。
「……」
俺が座って麺を
半分くらい摂取した所で隣を見ると、島貫さんがスマホを手に取って画面を目で追っている。なんか——表情が辛そうに見えるのは、気のせい、じゃない、絶対に。
「島貫さん、何か心配事あります?」
「え? あ、ううん。大丈夫、だけど……」
先に驚きはしたけど、やっぱり何か問題があったみたいに視線は下に向いてる。やっぱり動画の事で、依頼者と折り合い悪かったりするのかな。
「もし」ダメだ「良ければ」彼女に「俺」から優しくするのは「……」そういうの。もうやめろ。
「
自惚れを麺に絡めて、俺は勢いよく啜る。相談相手になろうとしてたのがマジでくどい「うッ、ぶッグフッグフゥッ⁉︎」気管に麺と汁が侵入したッ。
「ちょ、ふッ大丈夫⁉︎」
立ち上がった半笑いの島貫さんに背中をさすられる。むせ返りながら口の中にある麺を飲み込みきったが、咳き込みが止まらない。みっともねえが俺はこれでいい。何も言わずにいろ、頼むから。
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