(俺、メンヘラ過ぎるな……)


 レンジでチンした音がする。リビングテーブルに案内された俺は突っ伏して、未だ穏やかじゃない精神状態に呆れ果てていた。昔の事をグルグル思い出しては心を害す、自分で思ってる以上にPTSDになってんのかな。仕様しょうもねぇ。


「ごめんね、手料理できないタイプで」


 島貫さんの声が近付いてきたので顔を上げる。目の前に提供されたのは、ホカホカの冷凍宅配弁当。それは【鶏肉の洋風煮】だ、匂いヨシ、見た目ヨシ、普通に美味うまそう。


「これ、最近話題の健康志向メシETUイーツですか?」

「そうだよ、私は去年から利用してる」

「タイパ最高らしいですけど、冷蔵庫に入りきらないってネットで言われまくってるような」

「毎週届けられるから場所取るんだよねぇ、だからETU用に31Lの冷蔵庫買っちゃった」


 島貫さんが見る先に、コンパクトな四角い家電が見えた。ETUを使いこなせたら食生活の栄養バランス整うし、調理もレンチンだけ、ゴミも容器を捨てるだけ、外から目線だと魅力的に感じる。


「でも、おもてなしでコレは流石にないよね……」

「いやいや! 前からETUってどんなもんか興味あったんで、俺的には有難いですよ」

「自炊、しなきゃとは思ってるけど」


 社会的な女性印象を気にしてるのか、島貫さんは不甲斐なさそうに言った。将来性がどうのこうの言われるだろうが、現代は物価高に低賃金で家事に手間暇かけてる場合じゃない。


「手料理なんて余裕ないと、出来ない時代ですから」

「ETUやスーパーのお惣菜買って思うけど、凝ったものは作るより買った方が、安上がりなんだよね」

「俺なんて、家じゃそうめんばっかりで」


 すする姿を想像してくれたのか、彼女はクスッと笑いながら米をよそう。ご飯だけはIHジャー炊飯器で食べてるみたいだ、にしても部屋の機材といい家電といい、良い物買い揃えてるな。実家が太いのか、それなりに貯金があるのか。


「はい。ご飯と、飲み物は麦茶ね」

「あの……、本当にメシ頂いていいんですか?」


 俺が遠慮し始めると、島貫さんが「ん」と、スマホの画面を目の前に押し付けてきた。視界に入ったのはデリティ配達員の評価ページ。


「デリティって、配達員にチップ贈れるでしょ。だから、食事はその代わり」


 任意のシステムを利用されては、納得するしか無い。この飯代で、利用一回分相場のチップ代くらいにはなる。ちなみに悪天候の日とかに貰えると、かなり配達員から喜ばれるので、是非。


「は〜、お腹すいた。食べよ食べよ」


 島貫さんは俺が配達した海鮮丼としらすサラダを広げて、割り箸を俺に配る。チラッと家の中を見てみた。散らかってなくて綺麗だけど、まとめられた段ボールと弁当容器やペットボトルが目につく。現代人っぽい生活感で、親近感を抱きつつ前を向いた。


「やっと、一緒にご飯食べれる感じ」


 着席したと同時に吹き込まれた声に「牛丼食いに行ったじゃないですか」と動揺を背筋伸ばしで止める。言いたいこと、ちょっと分かる、休憩時間の腹拵はらごしらえっていうか。落ち着きの共有っていうか。


 お互いに手を合わせて「いただきます」をする。目の前にあるのはレンチンして湯気が立つ冷凍弁当。手料理ではないが、仕事の後というスパイスが鼻を掴んで離さない。柔らかい鶏肉と玉葱を口に放り込み、米を追って詰め込んだ。


「んん、うまいっすね」

「企業努力を感じるよね。私のおすすめは、チーズIN豆腐ハンバーグ」

「メニューってその都度、選べるんですか?」

「サイトから好きに頼めるよ」


 ETUの事や、値引きをよくするスーパー、お互いに生活において役に立つ情報交換をしながら、箸を進めていく。タイパを極めて囲む食卓は、まさに今を生きるって感じだ。


「リーダーさんはバイト一筋だけど、実は起業する為にお金稼いでたりして」

「俺が、野心燃やすような男に見えますか」

「んー……。でも、リーダーシップはあるよ?」

「人生は、中の下くらいが楽なんです。だから俺は、死ぬまで今の働き方を貫きます」


 気が付けば、俺の会話を取りつくろうメシが減ってきていた。完食したら、またさっきみたいに保てない俺が出てくるかもしれない。それだけはもう避けたい、だから頼った。背中をしっかり押してくれる労働力を。


「あの、島貫さん」

「ん?」

「応募しようと思ってる、短期バイトがあって……。もし、都合が合うなら」


 言葉が、緊張で途切れ途切れになる。断られた時の事なんか、断られた後に考えろ。働きたいんだろ、だったらダラダラするな。


「俺と一緒に、どうですか?」


 言い切った、が、照れが湧いてきて視線を落とし、閉じ口を震わせる。短期バイトに誘うだけなのに、なんでこんなに返事待ちでドキドキしてんだよ。


「うん」


 島貫さんの相槌。それが良いのか悪いのか、分からなくて顔を上げると「いく、一緒にいく!」と前のめりに了承してくれた。

 まるで欲しいゲームを買って貰えた子供のように生き生きとした表情を向けられて、俺の心臓が跳ね上がる。島貫さんは席を立って、テーブルに手を付いた。


「それって、どんなバイト⁉︎」

「あ、えっとちょっと待って下さい……ジャングルショップの、ゴールデンウィークセール求人なんですけど」


 今や日本で知らない人はほぼいない、大手通販サイト【ジャングルショップ】通称、残暑ジャンショ。スキマイアプリにあるお仕事情報を画面に表示させて、見えるよう前に出す。


残暑ジャンショの仕事? 見せて見せて!」


 スマホを取られて、スワイプで確認した後「ありがとう」と返して貰えたけど、俺の指紋がベッタリ付いてる画面だったと気付いて、慌ててシャツでガシガシ拭く。最悪だ、こんな汚ねえの触らせちまって。


「すごく、楽しみです」


 働きに行く期待で胸を一杯にしたような仕草。俺より色々大人びてるのに、好奇心の度合いが幼くて、ギャップにやられる寸前だった。

 チップを頂いた後は長居せずに島貫さん家から引き上げ、追加の宅食をせずに真っ直ぐ原付で帰宅。互いの事を知るスキマバイトが、また一つ増える。だから、身体をしっかり休めようと思った。

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