真夜中の月が見守る感想戦への応援コメント
この句の情景は素敵ですね。
真夜中の月が出てる時間に感想戦とは、とても長い勝負の果ての敗着の起点の確認。とても静かな戦いの熱の余韻が響いています。
もう少し抑えると、もっと良くなる気がします。
「……が見守る」ここが説明しすぎかな。
参考になるかどうかわかりませんが、僕ならのこうしたの一句。
真夜中の月や感想戦の棋譜
普通は感想戦に棋譜はありません。もっと個人的に敗着を噛み締める姿が、季語に合う気がします。
元句に刺激されて、一句詠んでしまいました。
3月のライオンは面白いですよね。長女と次女、そして、姉の三者の恋の行方が全く読めない。なんせ、はちクロの作者ですからね。主人公は報われないかもしれません。
作者からの返信
大和田よつあし様
コメントありがとうございます( ᴗˬᴗ)
確かに「見守る」は悪手でしたね。ご指摘感謝します。詠嘆はいいですね。例えば「真夜中の月が覗くや感想戦」だったらマシだったでしょうか(*^^*)
零君の恋は叶えてあげたいですけどどうですか(^_^;) おねいちゃんは幸せになって欲しいなあ。義姉も。あのクソ親父だけは地獄に落ちてしまえですw
芋の葉の露で書く文字「愛してる」への応援コメント
こんにちは。
「芋の葉の露」の季語は面白い。調べてみたら、「七夕」の子季語なのですね。風情のあるとても美しい言葉と風習です。
恥ずかしながら、全く知りませんでした。
来年、使ってみます...φ(.. )メモメモ
芋の葉の露で書く文字「愛してる」への応援コメント
いとうさん、おはようございます。里芋の葉にたまった朝露で書くと字が上手になるという話も聞いたことがあります。中国では、蓮だったとか。蓮は確かに水滴がたまりますが、集めるのが大変ですよね。教えられた子供たちは、里芋が近くにあった田舎の子なのかしら。
作者からの返信
九月ソナタ様
コメントありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
この逸話が生まれた頃には、割とどこにでも里芋があったのかもしれませんね。あのコロコロとした大きな水の玉は、科学が未発達な昔の人からしたら何か特別な意味を持ったかもしれません。
旧暦が新暦になって季節がズレてしまい、この時期はまだ里芋の葉がないみたいです。季節と季語が添えば、俳句の世界も変わるんでしょうね。
我先と奪いし毬栗は軽しへの応援コメント
ユーモラスでほのぼのした感じもあります。軽い毬栗は、実の入っていない栗ですね。そんな毬栗を取り合っているのは、子供達でしょうか。
作者からの返信
アイス・アルジ様
コメントありがとうございます( ᴗˬᴗ)
毬栗ってそばに行ってみないと実が入ってるかどうか分からない時がありますよね。栗拾いは複数人で行くと子どもに限らず競争心が湧いて取り合いになる気がします。他の人が捨てた空の毬栗を拾うとガッカリですw