「……あわぶくぶく」

 戻ってきてすぐ三人のいる宿屋へ向かう。

 テーブルに置いた麻袋から取り出した素材『透花』は当然目で見えない。手探り状態で優しく触れるクラトスも初めてだったらしく、感動して興奮していた。

 数は多かったため、他の二人も指で触れて騒いでいる。


 アレスは部屋の椅子に座って寛ぎながら欠伸をした。人間の体は疲労を覚えるため、それなりの運動量だったらしい。


「えっと……お疲れさま。早速作るから、それまで寝てて良いからね。ちょっと効果が出るまで時間かかるし」

「分かった」


 椅子から立ち上がったアレスは自分の部屋へ戻り、ベッドに寝転ぶ。後からついてきた幼女の気配や、視線を背中に感じていたが振り返ることはしない。


 そのまま眠りついて、誰も起こしに来ることなく目を覚ます。体を起こして窓から差す、夕焼けに大体の時間を把握した。隣のベッドへ幼女の姿もなく、代わりに扉近くの床で絵本を読んでいる。

 アレスに気づいた幼女がパァァァと明るい顔で近づいてきた。


わらべ、貴様は元気そうだな」


 アレスの言葉で強く首を振り魔法紙に何かを書き始めたとき、扉を叩く音で幼女は書くのを中断して背伸びながら開ける。

 廊下にいたのはクラトスで、何やら指で持った小瓶を揺らして見せてきた。

 ただ、小瓶は液体の入っていない空の瓶にしか見えず、幼女は大きく首を傾けている。


「素材が透明だったからさ。これも目では見えないんだよ」


 魔法具とはいえ、魔法薬に近いかもしれない。但し、この魔法具は同じ効果を反発させて相殺させるものだという。属性で言うところの火や水に近いのだとか。

 早速、ラックエールに向かった一同の視線を浴びながらクラトスは地面へ膝をつく。


「それじゃあ、やるよ……」

「早くしろ」


 辛辣な言葉で項垂れるクラトスが中の液体を垂らすではなくそのまま湖に投げ入れた。瓶から魔法具らしく、水に触れると分解されるという。

 しばらくして水面から白濁色の泡がボコボコと音を立てながら浮き上がってきた。


 泡は大きく広がっていき、数分の内に湖全体が白く濁っていく。静かに見届けていた人魚姉妹も、喜びを表現するように抱き合いながらぴょんぴょん跳ねていた。

 それから数時間経ち、疎らだった人の姿も無くなり辺りは暗くなる。人魚の姿を誰かに見つかるわけにはいかないからだ。

 周囲を警戒する中、二人が湖へ足から沈んでいく。


「成功したのは良かったけど、これでキミたちの依頼は達成なのかな?」

「ああ、そうだな。漸く解放された」

「そしたら、もうお別れですね……。私も、アレスさんたちに同行したのが此処へ来る目的のためでしたし……」


 タレイアの目的を聞いていなかったが、別に知る必要を感じていないアレスは聞いているのか分からない表情で湖へ視線を向けていた。

 再び水面へ小さな泡と共に、人魚の姉妹が現れる。


「改めまして、私たちを救ってくれて有難うございます」

「ありがとうございます!」


 二人共に人型だったときの衣服を捨て去り、胸元を布で隠した水中で動きやすい姿をしていた。本来の姿じゃないと会話が出来なかったため、タレイアと幼女は礼とともに抱きしめられている。

 漸く解放されたアレスが立ち去ろうと背を向けたときだった。


「あ、あの! その……アレスさん達に御礼がしたくて。私達の都へ招待したいのですが……」


 背中越しに声をかけられたことで、一度足を止める。内容としては関わりたくないアレスは背中越しで返した。


「不要だ。貴様たちの依頼をこなしたが、人間との関わりはなかったからな」


 新たに関わったのは犯罪者や、奴隷商だけ。アレスにとっての実りはなかった。

 再び歩き出すアレスの後を幼女が走って追いかける。そんなとき、パンッと手を叩く音がして立ち止まったアレスへ興味を引く誘惑の言葉が聞こえてきた。


「良いのかなぁ……。もしかしたらまた、呪いが解ける可能性もあるのに」

「――どう言うことだ」


 クラトスの誘惑に惑わされたわけじゃない。教わった呪いの解き方が人間じゃないアレスにとって難解で、呪い師マイスターのクラトスの言葉は的を得ているだけだ。

 

「簡単な話さ。今回も欲を出さず、キミが他人を助けたのなら……感謝されるだろう? 呪いを解く条件はそれなんだから、感謝されるために必要なのはだよ」


 人魚は特殊な環境で暮らしていて、血の繋がりだけじゃなく一人一人の絆は強く感じられる。滅多に他種族を自分たちの縄張りに入れることもない。

 軽く説明を受けたアレスは振り返り、人魚姉妹へ目を向ける。


「分かった。少しだけなら付き合ってやる」

「それじゃあ、みんなでお邪魔しましょう! 人魚さんの都とか、楽しみです〜」


 空気を読んで無言だったタレイアも喜びの声を上げた。

 泳ぎについては人魚姉妹が連れて行ってくれるらしく、心配なのは湖からの酸素についてだった。思ったよりも深くて、亜人種以外

の人間の息が続く距離ではないらしい。


 アレスの見てきた世界でも魔法や魔法具はとても便利だった。但し、この世界では便利道具も制限が多くて一般的じゃない。


「不便極まりない世界だ」

「ははっ……そこは同意するかな。空気魔法が使える人間はいないからねぇ」


 人魚姉妹も固有能力である変身以外使えないらしく、息が続くのは幼女くらいだろうと言う結論に至る。そんなとき、中心からブクブクと異常なほどの泡が湧き上がった。

 一度避難するため陸へ上がる人魚姉妹を下がらせて、アレスは細剣を掴む。幼女もやる気満々で息を吸い込んだのだが――。


 水中から姿を見せたのは透明な魚のヒレと、半球体の硝子で覆われた小型船にしか見えない乗り物だった。

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