「……うごく」

 幼女は一つ肝心なことも忘れている。


 【従属の首輪】をつけられた時点で亜人種としての能力は失われていることだった。

 王都のような活躍は出来ない。そんな幼女を試すように、ユースは稀な話を持ち出していた。


「獣化が出来る亜人種は、獣化出来るらしいんだよね。滅多にいないし、幼い子供でもない限り誘拐なんてされないだろうけど――」


 幼女も竜人のため獣化は出来るらしい。但し、年齢が達していないようで本人も頑張っていたが無理だった。


「だから諦めろ」


 悪役に徹するのも大人ならではだと愛読書じゃない本も言っている。

 話をしている間に無情な競りは始まっていた。


「金貨百枚から。早速二百が出ました――他に名乗りを上げる方」


 次々に札が上がり、金貨の枚数を提示される。本当に王都とは違って上品でいておぞましい光景だ。きっと何も知らない国民なら、静けさの中で行われている競りとしか思わないだろう。


 やっていることは人身売買だが――。


「この奴隷たちはどこで捕まえてきているんだろうな」


 疑問を口にするアレスへ応えてくれる相手はいない。あの要塞で見た亜人種たちも大人しかいなかった。闇市で売買される奴隷は殆どが抗争に関係ない子供か、女である。

 確か、亜人種の町や村があると聞いた気がしたアレスは競りの様子を眺めながら考えていた。


「――金貨一千万枚。他にはいないようですので、こちらの商品は落札となります」


 主催者の言葉で反応したのは商品の少年と幼女だった。

 この闇市でおぞましいことはもう一つあったらしい。


 落札したと思わしき人物がおもむろに舞台へ上がる。手にしていたのは皮の鞄だった。主催者は鞄を受け取るとすぐ中身を確認して頷いている。


 怯える少年に一歩ずつ変態男が近づいていった。


「まさか、本当にその場で奴隷契約をしているのか。ある種の見世物だな……」


 足が人型じゃないからか盛大にひっくり返る少年を熱い視線が刺さる。ただ、馬鹿にして笑い出す者はいない。静かな中で少年の声だけが響く。

 動き出そうとする幼女へアレスは無慈悲な命令を下した。


「動くな」


 一瞬で幼女の動きが鈍くなる。だが、変態男の指先が首輪へ触れたとき、懇願する少年の声で幼女に異変が起きた。

 それは舞台にいる主催者や変態男も注目して動きを止める。


 風のない中で幼女の腰まで伸びた赤い髪がふわりと宙へ舞い、短い二本の角が伸びて尖っていった。

 背中に張り付いているだけだった蝙蝠のような翼も服を突き破り姿を見せる。そして、黄金の瞳は光に照らされたような輝きを帯びていた。


 アレスの言葉によって沈んだ体を強制的に動かして一瞬で舞台へ上がる。少年の首輪へ触れる変態男の後頭部を握り、木の板へめり込ませた。

 声を上げそうになる主催者は幼女の威圧で腰を抜かして倒れ込む。

 騒ぎそうな客は幼女の黄金に輝く瞳を見て、魔物へ襲われたかのように言葉を失って身動き一つしなくなった。


「フハッ……嘘だろう」


 幼女は十歳近い少女ほどの体に成長してみえる。

 明らかに『獣化の呪い』だと分かったアレスは立ち上がり、反対側を向いた。さすが団長だけあるユースも威圧に屈していなかったようで立ち上がって視線を投げてくる。代わりにフウルは鳥族だからか、ブクブクと泡を吹いて気絶していた。


「いやー……驚きだよ。彼女、まだ獣化出来る年齢じゃないよね……」


 もう正体がバレてしまったアレスに対して、敢えて知らない振りをするではなく動き出したユースにも考えがあるようだった。

 ゆっくりと舞台へ上がるユースは笑顔を向けたまま主催者の襟首を掴んで顔を合わせる。


「――このまま続けてくれるかな? を全員連れてくるんだ。いいね……」

「は、はい……!」


 幸い裏方には会場の出来事は伝わっていなかったことで、少年を舞台袖へ下げると、簡単に後片付けを済ませて次の商品を運ばせた。

 主催者には幼女をつけることで変な気は回さない。アレスも舞台袖へやってくると渋々監視をしていた。


 少年や商品たちは意識を取り戻したフウルが安全な場所で待機させている。

 最終的に商品として売られそうになった奴隷は四人だった。


 そして、待ち焦がれた最終にして目玉商品である水槽が運ばれてくる。何も知らない裏方以外は、演者とも言えるだろうか。的確なユースの指示で普通に競りをしている異様な空気が流れている。


 人魚の少女は終始震えて声も出せない様子だったが、顔は依頼人の人魚を幼くしたように瓜二つだった。人魚の横へ立つ幼女は、魔法紙を向けている。

 『もう、だいじょうぶ。おねえちゃんがまってるよ』

 一瞬困惑した人魚だったが、少しして会場の恐怖した異様な空気に気づき涙を溢れさせた。


「……やっぱり、食えねぇ野郎だ」


 会場をコントロールしてしまったユース・ティティアという男。

 終始笑顔で口調も変わらず優しいはずなのに、この会場の客よりも異質で恐ろしい存在かもしれない。

 但し、敵も多そうだなと思うアレスは変身姿でないユースの顔を思い出す。


 いまのユースは茶髪に同色の瞳と言う庶民にありふれた顔立ちをしていた。それでも隠せない輝きで眩しく感じられる。アレスとは違った魅力だ。


「ふぅ……。これは想定外だったけど、結果的に穏便で良かったのかな?」

「貴様の目にはこれが穏便なのか。面白い男だ」

「それを言うのなら、君こそ面白い男だけどね……。彼女のによる成長のことも」


 核心をついてくる食えない男に話すことはなく、無言のアレスへ追撃せず立ち去るユースが見守る中、無事に闇市は終焉を迎える。

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