「……さくせんのかなめ」
案内されるまま客間へ通されたアレスはソファーの真ん中へ座る。両サイドに幼女を腕へ抱くタレイアと人魚が座り、正面に老人が着席した。
奴隷の少女も隣へ座っている。最初から思った老人の奴隷に対する扱いは全く違った。本当に孫娘のように思える異様さだ。
「あれを持ってきてくれ」
「かしこまりました」
執事に何かを告げた老人は終始穏やかな笑みを向けてくる。そこに裏は感じられない。
すぐに戻ってきた執事は両手で収まるほどの木箱を持ってきた。装飾がされた高級そうな箱をテーブルへ置くと、老人は少女に開けさせる。
開かれた箱の中には闇の象徴のように黒い【従属の首輪】が入っていた。
「あっ……」
思わず言葉を発したタレイアは両手で口を押さえる。まさか本当に用意してくれるとは思ってなかったため、アレスも老人へ興味を示した。
「これはとても高価な物だろう。以前、魔法具店で値段を見た」
「ああ、そうだな……。だが、必要なのだろう? それに、君達がしようとしていることは私達にとっても利益になる」
「オレたちを信じて騙されたら?」
「そのときは私の見る目がなかったと諦められる。これは、君への投資だと思ってほしい」
驚いているのはタレイアと人魚だけで老人側も顔色一つ変えない。奴隷は使う者以外が聞いたらまったく良い側面を感じないだろう。それでも、未だに闇が巣食い大金も動く事業だ。但しリスクもある。だから、実質他の魔法使いより数えられるほど数はいるが、奴隷のための魔法具を提供している封印の魔法使いは一人だけらしい。
つまり、その中でも使いやすい【従属の首輪】は金貨百枚で買えるかどうかの代物だ。
それを簡単に投資として渡せる老人はやはりただの貴族じゃない。
「因みにだが、コレを使うのに関して気をつけるべき点はあるか?」
「危険か……それなら一つしかないな。信頼関係がない相手とは奴隷契約を結ばないことだ」
老人も信頼関係は重要だと話す。そして、信頼関係があることで奴隷は一生奴隷じゃなくなると――。
だが、こうも言う。相手に対してなんの感情もない場合、精神面での支配は生まれない。
一生奴隷は相手に悪い心があるかどうかでも左右される。
施しについて相変わらず感謝を述べることはなかったアレスへ変わって幼女たちが頭を下げていた。
ひょんなことから【従属の首輪】を手にしたアレスたちが宿へ戻る途中、思わぬ人物と再会する。
「おや? こんなところで会うなんて、奇遇だね」
肩につかない程度で伸ばされた金髪に黄昏色の瞳を持ち、爽やかな笑みを浮かべる騎士団長のユースだった。昨日会ったばかりのフウルは驚いて目を見開いている。
アレスの嫌な予感は当たってしまったらしい。再会を祝して夕食の誘いを受けるアレスは、話を聞かず歩きだす。
背後の男がどんな顔をしているか分からない中、断られるのは予想していたらしく続けざまに甘い誘い文句を口にしてきた。
「君たちの情報源。証明できる証拠を持っていると言ったら?」
「え……ハッ! すみません……」
思わず反応してしまったタレイアが涙目で謝罪する。振り返るアレスは、わざとらしく迷惑そうな顔を作った。これも最初の頃なら出来なかっただろう変化だ。
「貴様の目的は」
「うーん……実は、少人数で乗り込みたくてね。良い駒がいないんだよ」
「――このオレを駒にしようなんて、貴様は怖いもの知らずだな」
笑顔を崩さないユースの目は相変わらず笑っていない。人間のことを理解し始めてまだ浅いアレスより、この男はやり手だ。目的は一致していることから、ため息が漏れる。
人数の多さから、夕食と称して連れて来られたのはユースが泊まっている宿だった。
アレスたちが泊まっている宿よりも広く、高級さを漂わせている。
一部屋で二部屋分ある室内のソファーへ腰を下ろしてすぐ頼んでいたらしい夕食が運ばれてきた。いたれりつくせりな様子で翻弄されても、アレスと幼女だけは真顔だった。
内容は重いだろうに夕食をしながら話し出すユースが何を考えているか全く分からない。
「要は、君たちも掴んだ情報は本物だよ。王都で大勢の貴族や組織の人間が捕縛されたからだろうね」
「――つまり、貴様たち王国騎士団の失態か」
「まぁ、そうなるだろうけど……君たちも関わってるからね? どこから情報が漏れたかは調査中だけど」
関わりに関しては黙りで、フウルが『インパラーレ』を訪れた理由も今回の件だった。
フウルが荷物から取り出したのは同じ形に装飾のある木箱。当然その中に入っているのは【従属の首輪】だった。
「貴様たちの考えがオレたちと同じなのは分かった。だが、同じことを繰り返し行うことは可能なのか」
こちら側はアレス以外にフウルの事情を知る者はおらず、なんとなく言及を避ける。アレスの気遣いに会ってから表情を変えることがなかったユースも目を丸くしていた。
フウルは嬉しそうな様子で自分のことを打ち明ける。三人娘は衝撃を受けたが、本人は笑って誤魔化していた。
「私は、ユース団長に救われてから仕えるべき主君だと思っているので問題ありません!」
「それって……」
“奴隷は一生奴隷”を地で行っている。ただ、本人は嬉しそうにしているため口を挟んだりはしない。
ユース自身は「やれやれ」と言うように肯定や否定もしなかった。
「僕は彼女の意思を尊重しているつもりだよ。勿論、この仕事が解決したらすぐ奴隷契約も解除する。僕に奴隷は必要ないからね」
「えっと……彼女も一緒に解除してくれるんですか?」
「必要なら勿論。僕も仕事柄、奴隷は沢山見てきたけど……その子は大丈夫だよ」
幼女へ注目が集まる。本人は重大さを理解しているようでしていない顔をしていた。
深く考えるのも良くないと助言を貰う。そして、協力関係を結んだのだから助言は惜しまないと、この場で初めての奴隷契約を交わすことになった。
不安そうに見守るタレイアと人魚へ振り向くことなく、老人から貰った【従属の首輪】を取り出す。
持っているだけでも感じる禍々しさに眉を寄せるアレスは、繋ぎ目を開いてから幼女の細い首へ嵌めた。
金属同士が触れ合う音をさせて、幼女の細い首には似合わない黒い枷を見ても一切動揺しないアレスは以前聞いた“魔法の言葉”を口にする。
「童よ、このオレに
【従属の首輪】へ触れて教えてもらった通りに魔力を流し、呪文を唱えた瞬間。幼女の首輪は形を変え、鈍い音をさせて細い首へ綺麗に嵌まる。そして、禍々しい黒い首輪から靄のような何かが溢れると、幼女の体を包み込んだ。同時に血のような赤い文字が浮かび上がり、首輪へ刻まれていく。
獣の主、“アレス”と――。
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