「……あぶない」

 早朝から町を出るアレスの肩には、見慣れた光景と化している小鳥が止まっている。どこか懐かしい景色を見ているようで、静かな時間ときが流れる中、半日もかからず王都にたどり着いた。


 要塞と呼ばれた評判の悪い町よりも巨大な白い門がある。城壁に囲まれた町の中は見えず、壁の上にも通路があった。

 門番の二人と、上の二人で四人体制らしい。しかも、上の一人は珍しく杖を持っている。つまり、この世界で数が少ない攻撃魔法を覚えている者だ。

 魔法自体も【魔法録】がないと覚えられない貴重なもの。その中でも攻撃魔法は精霊たちによって数が限られているらしい。この世界では精霊が神みたいなものかと他人事のように鼻で笑った。


 王都の衛兵は肩の小鳥にも気を止めることなく、長い槍を交差する。要塞とは違った検問らしい。


「いま王都は規制されていて、出身者に親族や知り合いがいないと入れない」

「……規制? そんな話は聞いてないぞ」

「規制は二週間ほど前からだ。理由を述べることは出来ない」


 王都で何か大事件でも起きたのか、無関係者なアレスは入れなかった。目的地を目の前にして入れないのは迷惑でしかない。仕方ないとばかりに簡単な事情を説明する。その瞬間、衛兵たちの顔が強張った。

 まさか、アレスの目的である呪い師に関連したものとは思わず眉を寄せる。呪い自体そこまで大したものじゃないが、呪い師は貴族と同じ身分だった。なぜなら、魔法が限られる中で、秀でた能力を持っていること。呪い師は呪いを調べたり、解呪したり、逆に呪ったりするだけじゃない。何かを対価に敢えて呪いをかけることで、魔法に近い人知を超えた能力ちからを付与出来る。

 その人体実験は、主に奴隷を使って行われているが……王都にいるマイスターの称号を持つ呪い師は、自分の人体で行っていた。


 この世界で自分が誰か証明出来るのは一握りしかいない。一番は貴族。家名があるため、証明しやすい。アレスのような旅人は一番難しい部類だった。


 幼女について話しても証明出来ないため、立ち往生していると、小鳥が羽根を広げる。


「フェリちゃん、まいすたー『クラトス・マルディシオン』のぺっと」

「え…………」


 二人の衛兵が絵に描いたような顔で、口を開いたまま停止した。その様子からして小鳥を飼っていた事実はないが、アレスの目的であるマイスターの名前を知っているのはごく僅かな人間だと読み取る。

 まさかの吉報に思わず口元が緩むアレスは言葉を失った衛兵の代わりに口を開いた。


「ああ、そうだった……。呪い師に個人的な用もあるが、この小鳥を届けるためでもあったな」


 アレスの言葉でハッとした衛兵二人は姿勢を正す。

 そして、質問するでもなく勢い良く開門を告げた。


 呆気ない行動に思わず小鳥へ視線を投げるが、小さなくちばしで羽根の毛づくろいをしている。

 とにかく王都へ入れることは願ってもないため、衛兵の気が変わって止められる前に中へ入った。入ってすぐ再び閉められる門へ振り返り、中へいた門番に呪い師のことを聞いても教えてくれず、小鳥の案内するまま歩いていく。


 確か、小鳥が身につけていた紙の地図は王都内の道を示していた。空を飛んで小鳥が道案内してくれるのだから良いかと地図は出さず進んでいく。


 王都は要塞よりも当然華やかで、街の屋根は青で壁は白く統一されていた。愛読書のあとがきによると、なんでも昔から青や白は幸せの象徴らしく、国王が色を指定したらしい。

 そのため、当然遠くに見える巨大な城も青い尖った屋根に、白い壁で出来ている。


「おい……鳥。貴様、何者だ? ただの喋る鳥じゃないだろう」


 しばらくして、路地裏へ入ったことで人がいなくなった静けさの中、門番とのやり取りを問いただした。

 だが、小鳥は静かに肩へ止まって何も語らない。

 もう一つ、アレスは違和感を覚えていた。毎度、飽きずに行われていた幼女へ対する嫌がらせ――もとい、不運の呪いが発動していないこと……。


 呪いを理解していない幼女は、不運が起こらないことに関して何も考えていなかった。王都へ入れなくなりそうだったことは不運だが、町に入ったわけじゃないから違う。


 しばらく無言のまま、街外れまで歩いていくと小鳥が羽根を伸ばした。


 こぢんまりして青い尖った屋根に、大きな窓が一つある家。他の家屋とは離れて寂しそうにポツンとしている。

 はっきり言って違和感しかない。


 バサバサと羽ばたいて窓の縁に止まる小鳥はちいさなくちばしでつつく。


 罠でもありそうな雰囲気の家まで歩いてくると、窓から中を覗き込んだ。玄関からは怪しい気配はなく、幼女の反応からも魔力的な罠はない。


 所狭しに置かれた本棚には、びっしりと様々な分野の資料で埋め尽くされている。奥に見える長机にも魔法紙が散乱していて、研究者の家……という感じに見えた。


「ほぅ……。ここが、例の呪い師の家か。姿は見えないが……」

「……フェリちゃん、なかはいれない」


 人間用の扉を開けて入れるわけがなく、大きな窓も開閉式じゃない。人間の作法に基づいて、扉の呼び鈴を鳴らす。

 しばらく待っても中から応答はなく、事件の匂いしかない。


 面倒臭くなってきたアレスは、開くか分からない扉を押す。すると、音もなく扉は開いた瞬間――。羽ばたき音と共に勢い良く小鳥が侵入する。アレスはもちろん、後ろにいた幼女も目を大きく見開いた。


 何があるか分からないため、とっさに伸ばしたアレスの手が小鳥へ触れた瞬間。耳をつんざく爆発音がして白い煙が周囲を覆う。


 一連の動作がスローモーションのようにアレスの脳内へ再生された。

 爆発音と白い煙に襲われた直後。片手で顔を覆うアレスに対して、危険を感じた幼女が背中から飛びかかった。竜人とはいえ幼女の軽い体で成人男性であるアレスを押し倒すことは不可能。幼女は思いきり両手に力を込めて倒していた。

 そして、アレスが触れたはずの小鳥は手の中にいない……。


 気づいたときには床へ伏せていたアレスの体を、小さな幼女の身体が覆いかぶさっていた。


「――いやぁ……。僕もこんなことになるなんて、驚いたよ――ごめんね?」


 キーンとして聞こえにくい耳へ、知らない男の声が聞こえてくる。

 何に対しての謝罪なのか、上辺だけでしか聞こえない男の単調だが透き通ったアレスよりも高い声。


 白い煙が晴れると、アレスを見下ろすような白髪はくはつに青い双眸の男は、目に悲しみの色が混じっていた。

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