「……おひめさま? だっこ」

 王都までの距離不明。通りすぎる町の数、四町――。その中には、悪い噂のある町もあるらしい。


 騎士団と鉢合わせすることから逃れたアレスたちは、整備された道から山道を歩いていた。幼女は竜族だけあって平坦な道と変わらない足取りで先を歩いていく。アレスも身体強化と体力によって涼しい顔をしていた。


 愛読している【初心者用の野宿】だと、やはり山では川など水源を見つけることが大事らしい。


「また川か……。わらべは匂いを失っているからな」

「フェリちゃん、わかるよお。あっち、あっち」


 一度川を見つけている小鳥は意気揚々と左の羽根を前へ伸ばす。先には生い茂る木しかなく、川らしい姿や水音もしない。けれど、歩いている方向が正しい道かも分からないため、小鳥の言う方へ足を向ける。

 少し歩いていくと、太陽の位置が頭上に昇っていた。昼を過ぎた頃、チョロチョロと流れる音がして歩みを速める。


 たどり着いたところには川というより、岩肌から滴る湧き水が流れていた。水質を調べながら魔力を込めてみる。魔法は使えないが、この世界の人間が魔力を宿していること。自然にも溢れているのは肌で感じ取っていた。


「……これで少しはマシになるか」


 不純物を極力体内へ入れないように……。


 前回読んでいなかった愛読書に水は大事だが、排出物や穢を含んでいる可能性も書かれていた。大した書物だと感心したアレスは、大半信じ切っている。どこか少し抜けているアレスを、つぶらな瞳が凝視していた。


「フェリちゃん、しあわせのとり。だいじょうぶ」


 双翼を広げてバタバタと音を立てて主張する。小鳥のことはまったく信用していないアレスは、押し潰すように雑な手つきで頭を撫でた。

 小鳥の力によって漆黒の細剣が瑠璃色へ変わったにも関わらず……。


 少しだけ口をつけて水分を補給した。幼女も水は元々味がないからか気にせず飲んでいる。水を飲むことに集中しすぎたのか、途中でよろけて顔から地面へ突っ込んで服を濡らして思考を停止させていた。


 ため息をつきながらも首根っこを摘んで移動させたあと、少ししたら起き上がってブルブルと体を震わせ水を払ってアレスのローブを濡らし拳骨をもらう。


 優しさと無縁なアレスは、使えるものはなんでも使う主義だ。


「それじゃあ、山の出口を探してこい。小鳥には荷が重いか?」


 ずっとアレスの肩へ止まっている小鳥には荷が重いと思って言わなかったことを提案する。鼻で笑うようなアレスを凝視したあと、小鳥は再び双翼を羽ばたかせて無言で飛び立った。

 心配そうな顔で小さ手を伸ばす幼女より遥かに高く、風に乗って見えなくなる。


 まだ山の終わりまで大分先なら、水のある此処で野宿すべきと考えたからだ。

 アレスはもちろん、幼女も竜族だが変身しないと飛べない。しかも獣化の呪いが気になるところ――。

 エルフの美少女タレイアから聞いた話によると、十歳以上で一部の獣化できる種族に限ったことだった。竜族は三段階あるらしいが、幼女は十歳未満。アレスの要望で羽根を出そうと試みたが、駄目だった。


 多分獣化したら一部だけ竜へ変化して能力が増す。稀に暴走するというのは、能力ちからが体に追いつかない場合だろうと推測していた。


 しばらく小鳥の帰りを待って携帯食で繋いでいると、急降下してくる小さな影が肩へ止まる。


「お? 戻ってこられたか」

「フェリちゃん、てんさい。さき、ひとのみち」


 馬鹿にした態度でも大人の対応をするような小鳥はビシッと羽根で指した。まるで人の手が入っているかのように……。


 小鳥の話を詳しく聞いて、出口が近いと察したアレスは腰を上げる。ローブについた葉などを払ってから歩き出した。


 しばらくして小鳥の言うように草木を抜けて、整備された道が見える。ただ、小鳥は一つだけ失敗していた。


 生い茂る木を抜けた先は小石が下へ転がる場所。高さは約十メートル。黄昏たそがれ時になったら綺麗な景色が見えるだろう……。

 小鳥が連れて行ったのは崖の上であり、整備された道までたどり着く道順が分からない。自慢げにバサバサと羽音を立てる小鳥へ据わった目で息を吐く。


 一度崖から飛び降りた経験もあるが、あれは追われていたからで好き好んで危険な真似はしない。


「……小鳥は小鳥だったか」

「フェリちゃん、ことりちがう」


 どうしたものかと思案しているアレスのズボンを引っ張る手に視線が下へ向く。当然そこにいるのは幼女であり、小さな手を離すと両手で何かを持ち上げる仕草をしていた。


 考えなくても察したアレスは嫌な予感しかしない幼女から一歩下がる。ジリジリと歩み寄る幼女の顔は真顔で、獲物を見つけてギラついた目のハンターにすら感じられた。


「貴様には無理だ……いや、しなくていい」

「フェリちゃん、さんせい」

「この鳥……余計なことを」


 幼女の力がアレスの比じゃないことは分かっている。ただ、背丈も倍近く違う大人を運ぶのには不安しかない。むしろ、あのときと同じくアレスが幼女を抱えて飛び降りるか、互いに駆け下りるべき場面。それにも関わらず引く気がない幼女は、アレスよりも素早い動きで背中と太ももへ小さな手を添えて持ち上げられた。


 体が浮かび上がって文句を言う前に、幼女は崖から飛び降りる。まったくアレスの言うことを聞かない幼女によって無事、整備された道へ降り立った。


 いままでの余裕が失われたように、気持ち悪そうな顔をするアレスは満足顔の幼女へ鋭い瞳で刺す。緊張したような顔でアレスを降ろした幼女は視線を下げた。


 怒る気にもならず、ため息混じりで歩き出したアレスは一言だけ零す。


「ハァ……落ち込むほどのことじゃねぇ」


 視線とともに下がっていた短い尻尾もピンとして、顔を上げた幼女は駆け足でアレスを追いかけた。

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