『聖戦記エルナサーガ』を布教したい!

月代零

『エルナサーガ』を語りたい

 突然だが、『聖戦記エルナサーガ』を布教したい。しよう。ということで、この文章をしたためよう。

 この文章は読まなくてもいいから、少しでも『聖戦記エルナサーガ』が気になったら今すぐ検索だ!



『聖戦記エルナサーガ』は、堤抄子つつみしょうこの漫画作品である。エニックス(現スクウェア・エニックス)の漫画誌「月刊Gファンタジー」にて、1993年から1999年にかけて連載された。単行本は全13巻で、2002年に新装版全8巻が同社より発売された。


 私がこの作品と出会ったのは、当時夜麻みゆきの『刻の大地』にハマり、連載を追いかけたくて「Gファンタジー」を買ったのがきっかけだった。その時は確か、続編である『聖戦記エルナサーガⅡ』の連載が始まり、コミックスの新装版が発売された頃だった。買って読んだが、すごく面白かったのを覚えている。


 そして引っ越しやら何やらで、紙の本は手放してしまったのだが、最近SNSでその一コマが流れてきたのを見て、また読みたくなった。検索したら電子版があったので、全巻購入。ちょっとずつ読もうと思っていたのが、気が付いたら一気読みしていた。

 当時はただただ「面白い! 好き!」と読んでいたが、大人になってから読み返すと、その魅力に改めて驚かされた。SF的なリアリティのある重厚な世界観、過不足のない完璧とも言える構成、そして登場人物は主人公から脇役まで魅力に溢れ、魔法の詠唱は全ファンタジー好きの琴線に触れるであろう格好良さ。語りたい所がたくさんある。

 紙の本は現在入手困難であるが、電子版が各サイトにて配信されている。BOOK WALKERなら、カクヨムリワードをコインに交換できてお得だ。読もう!(何コイツ)



 さて、まずは物語のあらすじを紹介させてもらおう。世界ギムレーと呼ばれる、魔法が存在する中世風の世界が舞台。


 かつて、フレースヴェルグという魔獣がいた。フレースヴェルグがその長大な翼で死の魔風を起こし、世界を滅ぼさんとした時、一人の勇者が立ち、これを北の魔境に封印した。

 しかし、フレースヴェルグはその後も傷口から魔風を吐き続けたため、勇者はノルズ山の頂に封魔剣「聖剣グランテイン」を突き立てた。すると魔風は剣を避けて東西に分かれ、その風下に広大な「守られた土地」が生まれた。それがギムレーである。


 時は流れ、世界には再び魔風の脅威が忍び寄りつつあった。そして、ノルズ山の麓の国・アーサトゥアルは、自分たちが勇者の子孫であるという伝説を楯に世界の盟主を名乗り、各国への干渉を深め始めていた。


 そのアーサトゥアルの姫エルナは、全てのものが魔法で編まれたこの世界の中で、一切の魔法を帯びない。そのため、神の加護を持たぬ「闇の姫御子」と呼ばれていた。

 そして、聖剣は魔法で編まれた全てのものを切り裂き、普通の人間は近付くこともできない。触れることができるのは、「闇の姫御子」のみ。エルナは「聖剣を抜く」と全世界を脅迫する道具として、ノルズ山の離宮に移されようとしていた。そうなれば、各国はアーサトゥアルに従うしかなくなる。


 その時、敵対するアンサズの王子シャールヴィが、エルナを暗殺するために単身乗り込んでくる。

 しかしそこで、アーサトゥアルの大魔導士ヴァーリと一戦交えたシャールヴィは、エルナはここで殺さず、生きて他国で名乗りを上げて、アーサトゥアルは世界を脅迫などできないことを示すべきだと方針を変える。かくしてシャールヴィはエルナと共にアーサトゥアルを脱出し、各地で戦を止めるために戦う。


 戦いの中で、エルナは「戦うことが本当に正しいのか」と、常に思い悩む。そして、本当に世界を救うには、フレースヴェルグを倒し、魔風の恐怖から人々を解放することだと結論し、フレースヴェルグとの戦いに挑む。

 果たして、エルナの、そして世界の命運は!?――というのが、この物語である。


 それでは、この作品の魅力を語っていきたいと思う。これから読む人のためにネタバレは避けたいところだが、まあ三十年ほど前の作品なので(その事実にもびっくりだが)、検索すれば何かしらのネタバレは踏んでしまう可能性が高いだろう。なので、ネタバレありで語ってしまおうと思う。ネタバレなしで読みたい人は、ここから先は読まなくてもいいので、とにかくエルナサーガを読んでくれ。

 


 では、語らせていただく。


 まずは何と言っても、主人公エルナを巡る物語が、とても美しい。

 エルナは魔法を使えず、同時に自身も魔法にかかることがない。この世界では、王族は特に強い魔法を持ち、回生呪かいせいじゅという自動回復魔法をその身に刻んで、不死身とも言われているが、エルナにはそれがない。傷を負っても、治癒魔法も効かない。

 それ故か、戦の最中にあっても、目の前のたった一つの命を見捨てることをためらう。目の前の一人と大勢の民、どちらを救うべきかと問われれば、両方と答える。そんな姫だ。


 その思想は、綺麗事かも知れない。甘いかもしれない。それでも、理想を諦めない意志と行動が、世界を変えた。その純粋な心に、胸を打たれる。この混迷の時代にこそ、今一度読まれてほしい物語だと思う。


 剣と魔法の世界というと、昨今のゲーム世界のようなファンタジーを想起させるかもしれないが、この世界は一貫してシビアでリアリティに満ちている。人は容赦なく死ぬし、戦いでは血しぶきや首が飛ぶ。グロテスクなクリーチャーも出てくる。Gファンタジーの読者は女性が多いと思うが、描写に容赦がない。全ては人の業がもたらしたものだが、だからこそ、エルナの清い心がより輝いて見えるのだと思う。


 そして、一物書きの視点で見ると、物語の構成に、無駄も隙もないことがわかる。登場人物全てに役割があり、あれもこれも伏線になっていたのかとわかった時の興奮たるや。野木亜紀子氏が脚本を書いた、ドラマ『アンナチュラル』や『MIU404』のように、語られた全てが最後に一点に向かって収束していく美しさがあった。一度でいいから、こんな物語を書いてみたいものである。


 改めて読むと、物語はずっとシビアで、長期連載にしばしばある「温泉回」のような息抜きもない。それでも、細やかな演出によって、登場人物の魅力が表現されていて、どのキャラクターも血の通った人間だと思える。エルナもシャールヴィもどこかお茶目で、それが読者をほっとさせる。これがキャラを立たせる演出かと、脱帽する思いだ。


 そんなキャラクターたちの中で面白いと思うのが、シャールヴィである。

 ヒロインの相手ポジションといえば、細身のイケメンが王道だろうが、このシャールヴィは、ゴリゴリのマッチョ、巨漢である。性格は良く言えば豪快、悪く言えば粗野。物腰柔らかなエイリーク(エルナの従兄弟。アーサトゥアルの王位継承者)とは正反対のタイプであり、エルナも「同じ王子でも全然違う」と憤慨する場面がある。


 戦場では前線に立ち、勇猛果敢に敵を屠る武将であり、斧を振り回し、エルナを肩に担ぐ。偉大な精霊・雷精ソーロッドに「巨大ゴリラ」と言われるほどだ。ヒーローの造形としては珍しいタイプではないだろうか。


 決して彼がイケメンではないと言っているわけではない。むしろ、これほどの漢がいるだろうか。


 当初はエルナを暗殺しに来たシャールヴィだったが、次第に彼女に感化され、彼女を守り、最後には共にフレースヴェルグを倒すために戦う。

 最終話では、盛大に死亡フラグっぽい言動をかますも、死闘の末に生き延びる。あっぱれである。


 もちろんシャールヴィだけでなく、登場人物全てに魅力がある。


 シャールヴィと同様、エルナを殺すために追っていた敵国グードランドの女騎士、ラヴァルタ。彼女がエルナの前に膝を折り、剣を捧げるシーンは、心が震えた。


 盗賊団の下っ端で、目先の金儲けしか考えていなかったラタトスクも、エルナに心を動かされ、傭兵を集めてエルナの元へ合流する。ひたむきに進んだエルナの元へ力が集まってくる終盤は、王道の展開だろうが、だからこそ胸にくるものがある。


 それから、もう一方のキーパーソンであるエイリークとシグルーンについても触れておこう。

 エイリークは、エルナの従兄弟に当たる。物語の始まりでは、エルナに聖剣の柄を握らせ、戦を進める立場だった。だが、次第に苛烈に戦を推し進める大魔導士ヴァーリの姿勢に疑問を抱き、彼を止めようとする。そしてヴァーリに魔法戦を挑んだエイリークだったが、無残にも敗れ、実権を全て奪われ、幽閉状態となってしまうのだった。


 そこに寄り添ったのが、シグルーンという少女だった。彼女はヴァーリの謀略によって姉を殺されたが、その元凶がエイリークだと定め、彼を殺すために王城に乗り込んだ。しかし、エイリーク本人によって放免され、その後は彼に仕えるために王城に上がる。


 尚もエイリークの命を狙っていたシグルーンだが、彼の心に触れ、最後まで彼の運命に添うことを選ぶ。こちらもエルナとシャールヴィ同様、命を奪いに来た方が、相手に感化されて共に生きることを選ぶ。この対比が面白い。


 二人の結末は、涙なしには読めない。ぜひ、自分の目で確かめてほしい。



 それからもう一つ、この作品の魅力は、呪文詠唱の格好良さだ。ファンタジー好きなら覚えて唱えたくなる。

 一つ、一番数多く使われている「雷撃ソールスラーグ」の呪文を引用させていただこう。


『暗黒の玉座もて来たれ風の精霊

 古き御力の一つ今その御座みざに来臨す

 闇の王にして光の王 闇より出でて其を打ち砕く者

 九十九つくもなる光の蛇にて我が敵を打ち滅ぼせ

 撃てスート 雷撃ソールスラーグ


 何という格好良さ。こんな呪文を作ってみたいが、やろうとしたところでパクリにしかならない気がする。

 この呪文は、ストーリーの伏線にもなっている。そこもまた、痺れるのである。



 そして、彼女たちの物語が遥かな伝説となり、魔法も失われた未来の世界で、続編の『聖戦記エルナサーガⅡ』は紡がれる。


 こちらは携帯やパソコン、ネットもある、現代社会のような世界で生きる女子高生のエルナが主人公だ。魔獣フレースヴェルグというラスボスがいた古の世界と違い、人が増え、複雑に組み上がった社会では、一つの問題を解決すれば世界が平和になる、というようなシナリオはない。


 平凡に育った女子高生のエルナは、ある日自分が古の英雄の血を引く王女であることを知る。そして、その強大な魔法力を利用せんとする謎の勢力に狙われ、戦いに巻き込まれていく。


 神とは、祈りとは、信仰とは何か。そして、人としてどう生きるべきか。エルナたちは、戦いの中でその問いに向き合う。

『Ⅱ』は前作より容赦のない絶望が描かれている部分もあるが、カルト教団が容易に人々の信仰を集め、世界に影響をもたらしていくなど、今を生きる私たちにも通じるテーマがある。こちらも必見である。


 一貫しているのは、自分の力で悩み、行動した先に、掴めるものがあるというメッセージだと思う。人間には、悩みながら進み、よりよい未来を掴み取る力があると。


 彼女たちの物語を読み終えた後、自分も少し頑張ってみようかと、力を分けてもらえる気がする。これこそが、物語を読む醍醐味ではないかと思う。


 私の稚拙な文章では、この作品の魅力を語り切れないだろうが、とにかく皆、エルナサーガを読もう!

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